第20話 1-20
機械の巨人が担ぐ、まるで冗談のように大きな鉄の板の上。そこには、様々な家屋が建ち並んでいた。
歩くたびに、靴底が鉄製の床を叩き、小気味良い音が響いた。その反響に釣られるように、建ち並ぶ家屋の隙間から人が這い出るように現れ、そしてまたどこかへと消えていく。
【フェルノ洞窟街】と名付けられたこの街は、一般的な都市とはまた違った活気と趣がある。
試しに見渡せば、様々な建物が波のように連なり、通りを形成している。
鍛冶作業用の道具が並べられた店もあれば、さまざまな鉱石を店先に並べ、道行く冒険者たちに展示している店もある。その奥には工場もあり、入り口から中を覗けば、屈強な男たちが汗を流して金槌を振るい、武具を作っている姿が見えた。
豊富に存在する坑道との中心点を生かした工場街。それこそがフェルノ洞窟街の真髄だ。
そしてその街の中心には、フェルノ洞窟街のシンボルとも呼べる大きな塔があった。
三十階建ての塔の屋上からは街の全体像が一望でき、どこで何が起きているのか把握しやすい構造となっている。これは治安維持を名目に、フェルノに住まうファウンダーたちの共同出資で建てられたもので、ファウンダーであるならば自由に出入りすることができる。
サカキたちは迷わず塔に入り、受付に用件を伝えた。
案内は不要とそのまま階段を上り、三階の大部屋へと入った。
大部屋は、普段は講義用の教室として使っているのだろう。教壇とそれに向かい合う長机と椅子が、規則正しく置いてあった。
「お、や~っと着いたのか。待ちくたびれたぜ」
サカキたちよりも先に着いていたカツジが、だらけた姿勢で椅子に座ったまま、挨拶をしてきた。
「お前は、もう少しまともな挨拶ができないのか?」
カルナから叱責に近い言葉が投げかけられると、しかし金髪の不真面目青年は、
「何を言ってるんですかカルナさん。親しい仲には礼儀なんていりませんよ」
おどけた様子でそう言い切った。
「逆だ馬鹿者。『親しき仲にも礼儀あり』だ」
「そうでしたっけ~? まあ、いいじゃないですか~」
へらへらと笑い続けるカツジの姿に、カルナは半眼で腕を組んでは、人差し指で二の腕を軽く叩き、苛立ちを表している。
「まったく、お前という奴は……何度言ってもこれだ」
「申し訳ありません! 何度も気にかけていただき、恐悦至極に存じます! ――……こういう感じでいいですか?」
「もういい……普通にやれ」
のんべんだらりとかわす青年のその姿に、赤髪の美女がついに折れ、深くため息をついた。
「はは、意外とうまくやれているようですね」
「でしょ?」
「ええ、心配は無用でした」
「まあ、カツジだからこそ成立する仲だよ」
納得顔のセツナに、サカキが同調する。
現在、部屋の中には五十人ほどの人がいた。
部屋自体はかなり広いため、手狭に感じることはなかった。だが、皆一様に真面目な顔つきで椅子に座っており、室内にはピリリとした緊張感が漂っていた。
無論、サカキたちは遊びでここに来たわけではない。【
約束の時間になると教壇にひとりの大男が現れ、マイクを使って低い声で挨拶をした。
「おはようみんな。今日はわざわざ集まってくれて感謝する。今回の打ち合わせでは俺が議長をさせてもらうことになった。外はあいにくの天気だが、気にせずにいきたいと思う」
大男の名はショーデル。白髪交じりの短い頭髪に、彫りの深い容姿。それほど整った顔立ちとはいえないが、芯の通った魅力を感じさせる男だ。体格はいかにも重戦士といった風体で、いざ戦いとなれば、そのなりに似合った格好と荒々しい戦い方をすることで有名なファウンダーだ。
彼は、この【フェルノ洞窟街】における頂点の連盟――【鉄血商団】の連盟長をしている男だ。
今回の招集会議は彼が主導しており、連盟の幹部と、連盟外の上位ファウンダーを中心とした傭兵しかこの場には呼んでいない。
「こんな暗くてジメジメした洞窟に、外の天気なんて関係ないだろ? 挨拶までカビ臭くしなくてもいいって」
カツジが茶化すと、周りから失笑が漏れた。
「ハハハ、まあそうだな。たしかにいつもどおりだ」
ショーデルはひと笑いすると、さっそく教壇上に三次元投影式の画面を映し出し、説明を開始した。
今回の会議の題目は、後日行う予定の、大規模エリア攻略の事前打ち合わせだ。
当日ともなれば、連盟内外を合わせて総勢千人を超える大部隊を編成すると聞いている。これほどの規模を動員した攻略は、サカキが知る限りでは一年に数回あるかどうかだ。
人数の多い部隊はその分、指揮系統が複雑化する。そのため、前日のうちに部隊分けと役割確認、ルート構築方法などを決めておく必要がある。
「第一軍が本隊だ。もし敵に【
ショーデルはてきぱきと説明し、わからないことがあれば、各合間に質問を受け付けた。
今回踏破するエリアの名前は【フェルノ
フェルノ洞窟街の最下層から入ることのできるエリアで、大昔は坑道として使われていた場所だ。六十年前のブラッドエネミーとの戦いによる弊害で坑道のあちらこちらが埋まり、いまでは複雑なダンジョンと化している。
まずはブラッドエネミーが本来いた場所を目指し、そしてその奥にある遺産をいただく――というのが今回の目的らしい。
全員が慣れた熟練の冒険者たちなので、進行は滞ることなく、会議は予定より三十分以上早く終わった。
「――これで今日の会議は終わりだ。みんな、当日はよろしく頼むぞ」
議長役をこなしていたショーデルが、無事、会議が終えたことを宣言した。
しかし、冒険者たちはすぐに部屋を出るようなことはしない。情報を交換、もしくは取り決めをするためにほかの者たちと集まり、深い話し合いを始めた。
会議の説明では不十分だったと感じた者たちがショーデルの元に集まり、何事かを聞いては、それを男が納得のいくように答えている。
「私も奴に聞きたいことがある。用がないなら先に帰っていろ」
第四軍の軍隊長を任命されたカルナは、赤髪を揺らして教壇の元へと行き、ショーデルたちとの会話に混ざった。
「んじゃあ、オレもちょっくら、別の隊の奴らと決め事してくるわ」
カルナからの指名で軍隊長補佐役を賜ったカツジは、そう言い残すと、ほかの隊同士の連携確認に向かった。
「俺はやることがないからもう帰るけど、セツナはどうする?」
「特に疑問点は無いので、すぐに帰ろうと思います。当日に同行する人たちに、僕から説明をしなければいけないので」
第四軍はほとんどが傭兵だ。隊に足りないと思う人材があれば、各々が知り合いを誘って用意する必要がある。
「俺も、ディセットさんとフミコさんに説明しないとな……」
今日のサカキとセツナは、カツジの付き添いでやってきたということになっている。
サカキ自身は誰かを誘う気はなかった。だが、ミナとフミコにその話をすると、ふたりが付いて来るという流れになったのだ。
あとで、この街にやってくるふたりに説明をしなければいけない。
サカキはセツナと塔の外に出ると、ちょうどよく、ミナからメッセージが届いた。
メッセージには可愛らしい装飾が施され、丸々とした文字で「いま、街の入り口に着きました」と書いてあった。
「ふたりとも着いたらしいから、迎えに行って来るよ」
「はい、それではここで。また後日会いましょう」
「うん、また」
そうして別れると、サカキとセツナはそれぞれの行き先へと向かった。
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