第16話 1-16

 用事を済ませ、そしてカツジからは見事に「仕事、行ってくる」との敗北メッセージが届き、結局、三人で街を出ることになった。

「あれ?」

 街を出る際、入り口近くで広げられていた露店のひとつが、サカキの目に留まった。

 その店先に、ひとりの少女がいたのだ。

 くすんだ銀色の髪と翡翠の瞳。猫の耳。和装の姿をしたその少女は、店主と一言二言を交わし、店に並べられた宝石のいくつかを袋に入れてもらっていた。

「あの人、フミコさんだよね?」

 傍らに立つミナに問いかけると、彼女は「うん」と同意した。

「今日は用事があるって聞いてたけど、私たちと同じ街に用事があったんだね」

「なるほど、この街には露店が多いから、それ目当てかな」

 互いに納得しあうと、ミナが代表として手を振り、フミコの名前を呼んだ。

 ミナの声に、猫目族キャッツアイの少女は耳をピンと立てた。そして三人の姿を見つけると、ひまわりのような明るい笑顔を見せた。

「これは皆さん、お揃いでどちらへ行かれるのでしょうか?」

 のんびりとした足取りでフミコがやってきた。

「サカキ君と、これから狩りに行くところだよ」

 にっこりとした顔でミナが答えた。

「なるほどー、セツナさんもご一緒なんですね。もしかして、セツナさんも狩りに出かけるのでしょうか?」

「ええ、僕が、サカキさんたちとチームを組んで頂けるようにお願いしたんです。その一貫として、まずはお互いのできることを確認するために、一緒に狩りに行くことになりました」

「ほうほう……。もしお邪魔でないのでしたら、わたしも一緒に連れて行ってくれませんか?」

「フミコさんも? 別にいいけど、時間は大丈夫?」

「用事があったのでは?」とサカキが心配すると、フミコは「はい! 暇になったので構いません!」と思い切り右腕を振り上げた。

 本人がそう言うのなら大丈夫だろうとサカキは納得すると、簡潔な説明のあとに三人を連れて街を出た。





 異世界【ルインズアーク】は浮遊大陸の集まりで構成されている。

 中央大陸レムア、北大陸ラヘル、そしてサカキたちの住んでいる西大陸アルリア。この三大陸が中心となっている。

 巨大な雲に乗った浮遊大陸群。そのすべてを囲うように存在するのが【斥力場発生燐光円】グリントリングだ。グリントリングの斥力によって初めてルインズアークは浮遊大陸としての形を成し、空へと浮かぶことができる。

 よく晴れた日ならば、空の果てで波打つ微かな虹色の塵を見ることができるだろう。大陸の外端に向かうほどそれは顕著となり、そして地形の変容も顕著となる。

 空に浮かぶ岩盤や樹木、不安定に流動する重力など、その変容は数多だ。

 そして人が住むには適さないその環境こそが、ヴィラルエネミーの隠れ潜む巣窟となる。





 平原の上空には、箱状の浮遊岩が大小様々な形で浮いていた。

 浮遊岩は人工物であるというのか。岩の表面には規則正しく溝が彫られており、その溝の隙間からは植物の蔦が幾重にも生え、地面へと垂れ下がっていた。

 蔦の雨が降り注ぐその草原では、四人の男女とヴィラルエネミーの戦いが繰り広げられていた。

「ディセットさん! 後ろに下がって!」

 サカキはミナに注意を呼びかけると、上空の浮遊岩へと目を向けた。

 その視線の先――岩の隙間から緑色のロープがこぼれ落ちた。

 それは風にあおられて転げ落ちたものなのか。否、よく見ればそれは意思を持って動いている。岩から垂れた蔦と蔦を縫って軽快に飛び移り、しなやかな体を生かして蔦に巻きつき、サカキたちへと襲いかかろうとしていた。

「蛇――ですね」

 注意深くその正体を探っていたセツナが、眉をひそめた。

 蔦に擬態をしていて判別し辛いが、その正体は体長が二メートルほどもある緑鱗の蛇だ。それがざっと数えただけでも二十はいる。

「セツナ、蔦の処理は任せた」

「いいんですか? 敵に好機を与えることになりますが……」

「別に構わないよ。俺としては自由自在に飛び回られる方が厄介だからね」

「それに、後衛まで回りこまれると面倒だし」とサカキが付け加えると、セツナは「それもそうですね」と納得した。

「フミコさん、ディセットさんをお願いします」

 セツナが白槍を突き出すように構えた。すると、どこともなく風のゆらぎが生まれた。それは白槍の穂先に集うと、鋭利な風の刃を形成した。

 セツナは十分に力が集まったことを確認すると、横に大きく振りかぶり、鋭い斬撃を繰り出した。

 斬撃から放たれた無数の風刃が、蔦に絡まっていた数匹の蛇――ヒドゥンヴァイパーを蔦ごと切り刻んでいく。

 蔦と蛇の死体がバラバラと空から降り落ちると、それに隠れていた影が動いた。

 タイミングを見計らっていた一匹の蛇が、頭上から毒のしたたる牙をサカキへと向け、飛び掛ったのだ。

 サカキは緋槍を右手に、前方に一歩踏み込んで噛み付きを回避する。そして振り向きざまに、左手に握っていたナイフで、ヒドゥンヴァイパーの腹を切り裂いた。

 ふたつに絶たれた蛇の亡骸には目もくれず、サカキは流れる動作で、右手に持った槍を左肩に担ぐようにして構えた。

 刀身の刃をなぞるように火が熾り、刃先から陽炎が立ち昇る。

 そして、灼熱の刃で宙をなぎ払った。


 炎熱系統、共鳴絶技レゾナンスブレイク【ブランディッシュ・フレイム】


 刃から生まれた炎が、サカキを中心として螺旋を描き、中空を紅蓮に染め上げていく。

 数匹の蛇が、眼下から襲い来る炎の波から逃れようとした。しかしそれもかなわず、高熱の炎にその身を焦がされ、甲高い断末魔を残して燃え散った。

「できました! サカキ君、セツナさん、注意してください!」

 共鳴晶術を紡ぐために待機していたミナの眼前に、水色の結晶が現れた。

 ミナは、流れる透水の輝きを秘めた結晶を手に取り、頭上へと掲げた。

 しかしその機を狙い、彼女の後方から、一匹の蛇が牙をぎらつかせた。

 完全なる死角からの強襲。

 ――だが、

「させません!」

 白柄の名刀を閃かせ、フミコがヒドゥンヴァイパーを一刀両断した。

「さあどうぞ! 思いっきりやっちゃってください!」

 ヴィラルエネミーの企みは阻止され、そしてミナの魔術が完成する。

「刺し貫け針雨! 哀れなる末裔よ、その定めと知れ!」

 水滴が地面から浮かび上がり、上空に集結すると、十にも及ぶ水塊が生み出された。


 透水系統、共鳴晶術レゾナンスドライヴ【スタッブレイン】


 水塊は人ほどの大きさまで膨れ上がると、針のように細い水弾を撃ち出した。

 十の水塊は針雨と化し、残っていたヴィラルエネミーたちを正確に撃ち抜いていく。

 胴体を貫かれ、千切れかけのボロ切れとなった蛇たちが、地面に力なく落ち、塵となって消えていった。

 確認した範囲内で、最後の一匹だったヒドゥンヴァイパーが消えると、それでも気を抜くことなく、サカキたちは周囲を警戒した。

「終わりか……」

 ――敵の気配はすべて消えた。サカキたちはようやく警戒を解くことにした。

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