第14話 1-14
ルインズアーク内、午前八時。サカキはファウンダー用に建てられた施設内の酒場に着くと、カツジの姿を探した。
酒場は広く、テーブルの数は何十とあったが、その席のほとんどは先客の冒険者たちで埋まっていた。
夜通しの大仕事を終えた者。これから一仕事を始める者。特に理由もなくのんべんだらりとしている者。彼らは自由に一日の始まりを過ごしている。
サカキは人ごみをかき分けながら、金髪に赤服という、悪目立ちする格好を頼りに青年を見つけた。
「んで、今日のご予定は?」
サカキが対面の席に座るなり、カツジはコーヒーをすすりながら聞いてきた。
「とりあえずディセットさんとセツナが着いたら、少し寄り道したあとに、狩りにでも出かけようかと思う」
「ふ~ん? 狩りの目的はランク上げか?」
「それもあるけど、一番の目的は連携の確認かな。まだ出会ってから日も浅いし、お互いの癖とか何ができるのかとか、色々と知っておきたいからね」
「まあチームワークは重要だしな。早いところなれて損はねえわな」
カツジはあご先をさすりながら「うんうん」と頷いた。
サカキはテーブルの隣を通り過ぎようとしていたウェイトレスを呼び止めると、コーヒーを一杯注文した。
ウェイトレスは愛想良く笑い、注文されたものを復唱した。そしてフリルのついたミニスカートを揺らしながら、厨房の方へと消えていった。
「しっかしよ、ミナちゃんはまだわかるけど、セツナも来るんだな」
「意外?」
「意外っちゃ意外か。セツナみたいに連盟に入ってる人間は、何でもかんでも連盟員同士で済ませちまうことが多いからな。オレらやミナちゃんみたいな斡旋組織以外に何も入っていない
「普通はそうなんだけど、セツナが所属してる連盟は、そんなにアクティブな連盟じゃないんだってさ。たまに気の向いた時に集まって、ちょっと何かして終わり――らしいよ」
「なるほどな。いわゆるライト層の集まりってやつか。そんな中じゃああのランクの人間は、力を持て余してしょうがないだろうな」
サカキの説明にカツジは納得する。
会話の合間にちょうどよく、ウェイトレスが戻ってきた。湯気を立てるコーヒーがテーブルの上に差し出され、代わりにカツジが空にした食器がいくつか下げられた。
「それで、ミナちゃんの方は?」
「約束の時間的に、もう少しで着くはずだけど――」
「そういう意味じゃねえよ」
呆れたと、カツジは手の平を天井に向けた。
「あのあと、少しは進展したのか?」
「ああ、そういう意味か……」
――カツジ、お前もか。
サカキは下世話なことを聞いてくるカツジを、半眼の視線で突き刺した。
現実の友人といいカツジといい、どうも男女が仲良くなるとすぐに恋愛話へと発展させようとするクセが強い。正直、余計なお世話だといわざるを得ない。
無論、サカキとしても異性に興味がまったくないわけでもない。
だが、出会ってすぐに恋愛がどうこうと急ぐ気もない。ミナ・ディセットには確かに女性的な魅力を感じてはいるが、それが恋愛感情なのかと問われれば怪しいものだ。
「別に、何もなかったよ」
特段、慌てることもなし。暢気にコーヒーをちょろりと舐める。
「なんだよ~、面白くね~な~。もっとガッツリいけよ~」
たいしたことのなかった見世物小屋を責めるように、カツジはご不満顔を見せた。
「お前みたいな年頃のやつはな、彼女のひとりはいて当然なんだよ。それをお前は、高校二年にもなってひとりでふらふらと――」
「へー、じゃあカツジも、高校時代は彼女いたんだ?」
「ぐぬっ!?」
会話の隙間にカウンターを差し込んで黙らせた。
カツジはサカキの一言で過去の嫌な出来事でも思い出したようだ。何か言い返そうと苦渋の表情で口を開きかけ、――しかし何も思いつかなかったのだろう。諦めてコーヒーカップを引っつかんだ。
「――ったく。野郎ふたりが揃いも揃って夢がねえな」
「そんなに夢が欲しいなら、宝クジでもまとめ買いしたら?」
面倒そうに提案すると、カツジは「何言ってんだお前」と言いたげに苦笑した。
「よせよ。そんな事したら、ほかのやつらの楽しみをオレが全部奪っちまう」
割と本気でそう言い放つ彼に、サカキは「へえそうですか」と適当に返し、置いてあったサンドイッチを一個拝借した。
サカキが知る限り、カツジは運が人一倍悪い。実際にまとめ買いでもしようものなら、悲惨な結果になるのは火を見るより明らかだった。
酒場ではあちらこちらで交渉の声が飛び交い、時おり、声を荒げて罵倒しあう様も見られた。
入り口に目をやると、勘定を終えて、外に出て行こうとする冒険者の一団が見えた。
その集団と、新たに入ってきたふたりの冒険者が入り口ですれ違う。
「あ……」
そのふたりの冒険者の姿には見覚えがあった。
ミナとセツナだ。
「お、来たな」
カツジも気付いたようだ。しまりのない顔で手を振り、ふたりに居場所を伝えた。
入り口で酒場を見渡していたふたりはそれで気付いたらしく、迷うことなくサカキたちの座るテーブルへとやってきた。
「サカキ君、カツジ君、おはよう」
「おはようございます」
親しみを漂わせ、にこやかにふたりは挨拶する。
一通りの言葉を交わし終えると、四人でテーブルを囲うことにした。
「それで、今日はどこまで足を運ぶことになるのでしょうか? チームの平均ランクとしては、それなりのエリアに挑めそうですが……」
「人数が人数だから、そんなに遠くまで行く気はないよ。あんまり難易度の高いところに行っても、戦うことに夢中になりすぎて、周りを見る余裕もなくなるし」
「それもそうですね」
サカキは地図を取り出した。向かうべき場所を示し、指で円を描いた。
「距離は馬の足で一時間。ここは、単体ではたいしたことはないけど、集団で襲ってくるヴィラルエネミーが多いんだ」
いくつかの情報を伝え、セツナが気になった点を質問する。ミナは話の内容を覚えることに専念して、口を出すことはしない。
「――とまあこんな感じだけど、どうかな?」
サカキは、しばらく黙っていたカツジに目を向けた。
「いいんじゃないか? ちゃんと考えられてると思うぜ。……ただオレたちのランクだと、ここまでだと簡単すぎるかもな。もう少しだけ深く潜ってもいいはずだ」
サカキの案に、カツジが補正を加えていく。その言葉にサカキは耳を貸し、素直に訂正する。
「――こんなところか」
一通り完成させると、カツジは満足そうに指を弾いた。
「んじゃまあそろそろ出かけるか。ソーマも寄りたいところがあるみたいだしな」
勘定を済ませようと、カツジが領収書を手に取った瞬間。携帯の着信音が鳴り響いた。
「あー、オレのだわ」
カツジが携帯を取り出すと、何か嫌なメッセージでも届いたのか。確認するなり苦い表情を浮かべた。
「……誰?」
「……親父だ。仕事を手伝えってよ」
「ありゃ……」
「あんのクソ親父、今日は予定があるって言っておいたのによぉ……」
カツジは頭を抱えてため息をつくと、サカキに領収書と硬貨を何枚か手渡した。
「すまんが、ちと電話で抗議してくる」
そう言い残し、カツジは酒場を出て行った。
「カツジ君、忙しいんだね……」
「まあね、しょっちゅうだよ」
サカキはミナと苦笑いを見せ合うと、さてどうしたものかと考えた。
「……一応、先に寄ろうと思っていた所があるから、そこに向かおうか?」
「こちらとしては構いませんが、カツジさんがいなくてもいいのですか?」
「それは問題ないよ。預けていた物を取りに行くだけだから」
それで理解を得ると、カツジにメッセージを送ってサカキたちは酒場を出た。
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