第13話 1-13
勤め先である松葉署に出かけようと、玄関のドアから身を乗り出した際に携帯が鳴った。
ポケットから携帯を取り出し、内容を確かめる。
「また仕事が増えたか……」
あご先を親指で軽くなぞると、榊亮太の父――
頭の中で今週のスケジュール表を開くと、すでにうんざりするほどの予定が書かれていた。その中に、新たな予定を無理矢理潜り込ませた。
「さて……」
亮平は携帯をポケットに押し込み、家の外に出た。
外に出るなり、夕日がうるさいほど存在を主張してきた。
昼ごろはそれなりの暑さだったが、ようやくその暑さも和らぎ始める時分となった。七月間近とはいえ、この時期はまだ過ごしやすい部類に入る。亮平は目をしばたかせながら車庫へと向かった。
車庫の前には白色のセダンが一台置かれている。亮平はその横で立ち止まると、短く切った髪を軽くなぜた。
いまからやるべきことをあらためて思い浮かべ、スケジュールを効率良く組みなおして最適化する。そうして予定を組み終えると、亮平は一度だけ長いまばたきをした。
――とりあえず署に行くか。
車のドアノブ付近に手をかざし、生体認証を済ませる。金属の組み合う音ともに、ドアのロックが外れた。
「――父さん、いまから仕事?」
唐突に、後ろから声をかけられた。
亮平が振り向くと、彼の息子――亮太が玄関先の門をくぐる様子が見えた。
学校で何かあったらしく、少しくたびれた身なりと顔つきだった。
「ああ、いまから仕事だ。少なくとも、今日明日はかかるな」
亮平は、ドアにかけていた手を放して答えた。
「ウチの部署のひとりが今週で定年でな。代わりにひとり、若い奴が入ってくる。そいつへの引継ぎの手伝いをしなきゃならん」
「また忙しくなるんだ?」
「そうなるな。来週に入れば新入りの指導もある。当分は休む暇も無さそうだ」
「新しい人の面倒を見るのもベテランの務めだからね。それはしょうがないよ。異動してくる人はもっと大変だろうし」
「たしかにな」
親子揃って苦笑する。
「ただな、今度の奴は警察庁から来るらしい。霞ヶ関勤めの経験を鼻に掛けた、プライドの高い奴じゃあなければいいんだがな」
「エリートなんだ。でも優秀な人なら、その分楽ができると思うけど?」
「そうだな、優秀な奴なら使い倒してやるさ。そうでもないなら、みっちりと叩き込んでやる」
亮平は意気込みを表し、そしてそこでふと思い出したようにあらたまった。
「少し話は変わるが……亮太、今度からあまり人のいない場所は出歩かないようにしろ。最近、ここも物騒になってきたことはお前も知っているだろう」
「うん、大丈夫だよ。なるべく人通りの多い場所を選んでいるから」
特に何か思うところもないのか。亮太は素直に応じた。
「父さんが最近忙しくなってきたのって、やっぱりそれのせいなんだ?」
それとは、連日、ニュースで取り上げられている【連続失踪事件】のことだ。
それは一年以上前から断続的に続いている事件で、全国各所、時間と場所を選ばずに起きている。
被害者は二十台から八十台までと、大人であること以外一貫性が無い。
現在の捜査の進行としては、ほぼ無関係と見られる案件のみしか解決されておらず、ほとんどが未解決で、犯人の尻尾すら掴めていない状況だ。
あまりにも発生件数が多いため、組織的な凶悪犯罪の可能性が高いと判断された。そして今年の初めに、本庁から県警各所に、特別な対策室の設置が義務づけられた経緯がある。
亮平はその対策室の室長を任命されている。仕事が忙しい理由のほとんどはそれのせいだ。
「そうだ、ここだけじゃあない。全国的に発生件数が、先月から急増している」
「失踪事件――っていうよりは、殺人事件か何かだよね。リアルだけじゃなくて、ルインズアークの方でも行方不明になっているんだから」
現代において、失踪や誘拐事件というものは極端に解決率が高くなっている。
理由は科学力の向上が背景にある。情報伝達速度及び連携力、防犯能力の向上。そして、一番の大きな存在となるのがルインズアークだ。
仮に、現実で遭難や誘拐事件に巻き込まれたとしよう。本来ならば事件が起きたこと、そしてその詳しい情報を得ることには多くの時間と人手を必要とするだろう。
しかし、いまではルインズアークの時間にもなればそれが一瞬で解決してしまう。なぜなら、ルインズアークにいるアバターを通じて、被害者が直接的に情報を提供できるからだ。
「可能性として高いのは自発的な失踪だな。誘拐はルインズアークがある以上、完全に行方をくらませるのは不可能だ。もし殺人なら、その痕跡を隠す必要がある。だが、これほど捜査技術の発達した現代では、完璧に殺人の痕跡を消して逃亡するのは非常に難しい。そしてそれを行うには、発生件数があまりにも多すぎる」
家族相手とはいえ、【部外秘】というものがあるのですべてを語るわけにはいかない。亮平はニュースを見ていればわかる程度だけを明かした。
「そうだよね……いまの捜査技術って本当にすごいから。どれだけ慎重にやっても、いつかはボロが出るはずだし」
たとえば殺人が起きたとする。その場合、まずは現場で指紋や血液などを調べるのが一般的だ。
大昔では、様々な機械と大量の人員を導入してこれらの調査を行った。しかしいまでは、現場に残されたわずかな血痕や指紋を特別な機材で撮影するだけで、データが登録されてさえいれば、誰のものか即座に判別することができる。
そして現代の社会では、生まれた時にDNA採取とその登録が義務化されているため、よほどの事情がなければ「データが存在しない」などということはない。どれほど慎重に犯罪を行ったとしても、極々僅かな遺留品でもあれば、そこから犯人は尻尾を捕まれてしまうのだ。
「無論、新しい犯罪方法が確立された可能性もある。もしそうだとしたら、非常に厄介な事になる」
捜査の技術は日進月歩だ。しかし、犯罪もまた然りだ。
「そうだったら大変だね。自分も気をつけておくよ」
「そうしておけ。何かが起きてからでは遅いからな」
そこで会話は終了だといわんばかりに、亮平は車のドアを開けた。
「亮太、母さんを頼んだぞ」
「わかった」
別れ際に一言残すと、亮平は車に乗り込んだ。
車内に入るなり、ハンドルに備え付けられたタッチパネルを馴れた手つきで操作する。
ハンドル上に小型の3Dモニターが浮かび上がり、各情報が映し出された。
――現在の電気残量は問題無し。オートクルーズ機能、対物センサー、オートブレーキなどの各機能も問題無し。運転操作はセミオートモード。
次いで、GPSと連動した、周辺を走行する車両の情報がナビゲーションパネルに映し出された。そして最後に、フロントガラスの上隅に電子道路標識が小さく表示された。
ふと、前方の道路に視線を移す。ちょうどよくスーツ姿の男性が通りかかると、その体の線に沿って点滅する緑色の枠が現れた。
――対人センサーも問題無し。
確認がすべて終わると、亮平はアクセルをゆっくりと踏み込んだ。
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