第11話 1-11
「感謝しろよ。残った依頼を超高速で済ませて、わざわざ引き返してきたんだぜ?」
金髪碧眼の派手な青年は、酷い自慢顔をしてそう恩を着せてきた。
「はいはいそれはどうも。感謝してますよ、カツジ様」
「おう、いい返事だな若人よ。殊勝な心がけ過ぎて、オレも思わずむせび泣きたくなるぜ」
おざなりな返事にもカツジは調子良く返した。そして彼は率いてきた二軍の面々に、ほかの生き残りを捜すように指示を出した。色々とやらかした魔術師は、居心地が悪そうに隅にいる。
そうして最終的に助かった人数は三十人。降りかかった災害の規模から考えれば、存外に多い人数だ。アバターならではの生存能力の高さが現れた――といったところだろう。
意外にも、その中には監視者に討ち取られたと思われていたセツナの姿があった。
「すみません、どうやら【鎧】の攻撃を受けた際に、気を失ってしまったようです。たいしてお役にも立てず、面目次第もありません……」
相変わらずの優顔で申し訳無さそうにセツナは謝った。彼は何気なく指揮に戻ろうとしているが、その体には激戦の痕がうかがえ、立っているだけでも辛そうに見えた。
セツナはしばらく辺りをウロウロとしていたが、しまいにはカツジに「ケガ人がウロチョロするんじゃねえよ!」と叱られ、そこで大人しくなった。
「ソーマ、とりあえずケガ人の搬送にはもう少し時間がかかるからよ、その間にミナちゃんでも呼んできてくれ」
「ディセットさんを? あれ、さっきここにいなかった?」
「いや、途中でふらっとどこかに出かけたまま、帰ってきてないんだわ。周囲にもう敵はいないはずなんだが、何があるかわからないからな。ちょっくらひとっ走りしてきてくれ」
「頼んだぜ」と、カツジはサカキの背中を叩いた。
「あんまり離れていないといいんだけど……」
サカキは特に当てもないまま、ミナを探すことにした。
「しかし、今日は疲れたな……」
大きなため息をついて自らを労った。
ミナとの出会い。オルドナの森の攻略、続く崩落。そして、監視者との戦い。
一日の出来事とは思えぬ長き道のりを振り返り、我ながらよくやったものだと感心した。
「駄目だ、今日は事後処理が終わったら、すぐ帰って寝よう……」
たしか、夜には祝勝会を開くとカツジが息巻いていたはずだ。だが、サカキにはもうそんな気力は残っていなかった。
気だるげな様子で森の中を歩いて回り、銀髪の少女の姿を探すことだけで精一杯になった。
五分と歩き、そして十分と探し続けた。しかし、一向に彼女は見つからない。
「おかしいな……どこまで行ったんだろう?」
さすがに遠すぎやしないか。もしや、ヴィラルエネミーにでも襲われたのだろうか? 段々と不安になり、そしてついには駆け出そうとしたその瞬間。
「にゃん♪ にゃんにゃ~ん♪」
森の奥から、珍妙な声が聞こえてきた。
「んん?」
その妙な抑揚と台詞に、反射的に声の方へと目が向いた。
視線の先には大樹がひとつ。どうやら、その反対側から声が聞こえてきたらしい。
「にゃにゃ~ん♪」
まただ。
「……ええっと? この声って、ディセットさん?」
これほど間抜けな声もそうはない。サカキは半信半疑で音の出所へと進んだ。
その場所は、木々の隙間から漏れ出た光に照らされ、ほのかな温かみに包まれていた。
ぽかぽかとした日差しが降り注ぐ広間。そこには二匹の森猫と、ひとりの少女が座り込んでいた。
――やっぱりディセットさんだ……。何をやっているんだろう?
何もやましいことなどないはずなのに、ついこそこそと覗き見る。
ミナは、その琥珀の瞳の奥に愛しさと好奇の輝きを灯し、猫たちと向き合っていた。彼女は両手で猫の手を形取り、そして曇りのない笑顔を浮かばせては、猫たちへと楽しそうに語りかけている。
「にゃ~ん♪ ほらほら~、大丈夫だよ~?」
ミナは愛くるしい二匹へと、自分には敵意がないことを必死にアピールするのだが、
『フーーッッ!!』
猫さまたちは相当にご立腹らしい。全身の毛を逆立たせ、敵意をむき出しにしている。
さすがに好意を敵意で返されるその姿にはまいったらしく、ミナは額から汗を滴らせた。
「ほ、ほら……怖くないですよぉ~……?」
微妙に態度をへりくだせ、それでも仲良くなりたいと、ミナは右手をおずおずと差し出した。
ガブリ。
「ううっ!?」
予想通り、噛まれた。
「――~~っっ!?」
激痛にミナの顔がハチャメチャに歪む。鋭利な牙が深々と刺さる痛みに、しかし、彼女は強靭な精神力によってそれを克服すると、続いて渾身の営業スマイルへと変えた。
「猫さま、一度だけでも構いません……。どうか、どうかわたくしめに触らせていただけないでしょうか……?」
何が彼女をそうまでさせる。小動物相手に本気で頭を下げて懇願すると、さらにもう一匹の猫の方に、残る左手を差し出した。
ガブリ。
「へうっ!?」
だが、世の中はそれほど甘くない。両手を襲う【現実】という猛烈な痛みに、彼女はついに耐え切れなくなった。両手を差し出したまま、体を折って痙攣し始めた。
「…………なんだあれ?」
木漏れ日の中で平伏するひとりの少女と、その両手に噛み付いている二匹の森猫たち。なんともいえないシュールな光景だ。
まだ何かあるのかとしばらく見守ってみたが、それ以上進展する様子も無く、正直、サカキとしてもどう反応すれば良いのかもわからない。
それならば、こういった場合にすることはただひとつ。
――よし! 見なかったことにしよう!
サカキは彼女の名誉を守るためにも、勇気の撤退を決意した。
そうと決まれば急がば回れだ。――いや、それは少し言葉が違うか。とにかく見つからないよう、そろりと踵を返した。
パキッ。
「がっ!?」
だが、こういった時にこそ事故は付き物だ。
ぎこちない動きで足元を確かめてみれば、真っ二つに折れた木の枝が、「まあもう少し寄って行け」と顔を覗かせていた。
――し、しまったああああ!?
いらぬ気を利かせた小枝の所業を呪いつつ、サカキは恐る恐ると振り返った。
案の定、ミナは目を丸くしてサカキを見ていた。その傍らにいたはずの猫たちの姿はすでになく、どうやら今の騒動で逃げ果せたらしい。
『……』
数泊の間。
そしてようやく、彼女は自らの恥行動を人に見られてしまったのだと理解したのか、『ボフッ』と、顔を一瞬で茹で上がらせた。
「えええっ!? やだ!? 嘘!? そんな!?」
驚き叫び、わたわたと謎の手の動きを見せる。
「あわ、あわわっ!? ち、違いますっ!! 人違いですっ!!」
彼女の名前はミナ・ディセット。それの何か違うのだろうか。ミナは両手で顔を隠し、その場から全力で逃げ出そうとした。
ベシャッッ!!
「ひゃうんっっ!?」
しかし、ローブの裾を思い切り踏んづけてしまい、地面と派手にキスをした。
「~~ッッ!?」
そしてそのまま、激痛に顔を押さえながら、ゴロゴロと地面を転がり回る。
ゴンッッ!!
「あうっっ!?」
広間の端に生えていた、一本の木に激突。
ガラガラガラッッ!!
「きゃああああああああ!!??」
組み上げている途中だった大烏の巣がしっちゃかめっちゃかに降り注ぎ、彼女は見事に下敷きとなった。
「ええ……コントじゃないんだから……!?」
サカキは目の前で繰り広げられたとてつもないダイナミックエントリーに度肝を抜かれつつ、枝の山に駆け寄った。
枝を投げ捨て、なんとか彼女を掘り起こす。
「……大丈夫、ディセットさん?」
「ひゃい!? だ、大丈夫です! でも私はミナ・ディセットじゃありません! 人違いです!」
手をぶんぶんと振ってそう言い逃れようとする。まるで子供だ。ちょうど頭の上に大きな葉っぱが乗っている様も、見ていて実に面白い。
つい嗜虐心が芽生え、サカキは「へぇ~、じゃあ」と悪戯っぽく切り出した。
「君がミナ・ディセットじゃないなら、君は誰?」
「え?」
「はじめましてだよね? お名前を聞いてもいいかな?」
「そ、それは~~……」
まさかまともに切り返されるとは思っていなかったようだ。彼女は非常に慌てふためいた。もう何が何やらわからなくて、その顔を「あわわ……」とふにゃふにゃにしている。
そして結局、彼女は良い言い返しが思いつかなかった。
「……ソーマ君のいじわる」
ミナは「ぷい」とそっぽを向いた。もはや完全に子供だ。
そんな様子がなおさらおかしくて、
「…………ぷっ」
サカキはつい吹き出した。
「くくく……あはは! あ~、駄目だ。ごめん……!」
腹を抱えて笑う。
「わ、笑わないでください!」
「うん、ごめん。謝るよ」
「そんな気はないんだけど、つい」と言い訳する。
そして、「ぷくー」とふくれている彼女の前に、サカキは手を差し出した。
「これからもよろしく、ミナ・ディセットさん」
暖かい笑みを浮かべる。
彼女――ミナ・ディセットは一瞬きょとんとした表情になり、しかし次には、花のように元気な笑顔でその手を取った。
「はい! サカキ・ソーマ君! これからもよろしくお願いします!」
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