第7話 1-7
「どうですか? 繋がりましたか?」
「駄目、全然繋がらない……。やっぱり電波が届いていないのかも……」
怪我人に肩を貸したまま、空いたもうひとつの手で携帯を操作していたミナは、力なく首を振って答えた。
「なるほど、オルドナの森と同じというわけですね」
ふたりの怪我人を受け持っていたフミコは、遠くへと視線を伸ばして思案した。
「まずは安全な場所を確保しましょう。それからわたしが上に登って、直接、救助をお願いしに行きます」
「うん。二軍の人たちが、上で探してくれてるはずだもんね。もしかしたら、すぐそこまで助けに来てくれてるかもしれないし」
「……その点は微妙ですね。上がどんな状況なのかにもよりますし、プロ意識の高い人たちだと、そもそも任務を優先して捜索すらしないでしょうから」
「確率としては五分もないでしょう」と、フミコは重々しい表情を見せた。
「心配しすぎだよフミコ。きっとみんな、助けに来てくれるから」
ミナは努めて明るく振舞おうとした。だが、内心の不安が表情に出てしまい、うまくできない。
フミコはファウンダーとしての経験が長い。ミナの知らない冒険者事情をよく知っている。
確かに、あれほどの崩壊が起きた現場なら、普通は行方不明者の捜索などせず、まずは自分たちの安全を確保しているだろう。
――あんまり、いい状況じゃないよね……。
救援を望むのは絶望的。満足に動ける人間はふたりだけで、怪我人は三人もいる。
それに、もうひとつの不安の種があった。
――音が……止まった。
断続的に響いていた戦いの音が、ついに途絶えた。
それはつまり、セツナと監視者との戦いに、何らかの形で決着がついたということだ。
フミコもそれを理解しているのか、さきほど以上に後方を警戒している。
セツナの勝利か、あるいは撤退に終わったのか。
それとも……。
「……ミナみー」
「うん? どうしたのフミコ?」
ぼそりと呟いたフミコに、ミナは微笑みかけた。
「すみません。まさか、このような事態になるなんて」
「ううん、しょうがないよ。どんなことが起きるかなんて、誰にもわからないんだから」
「いえ、ファウンダーなら誰しも、不測の事態はある程度予測しておくものなんです。今回のセツナさんたちの攻略は、事前に十分すぎるほど準備をしていたそうです。だから、ポータルを設置して街に帰られるときも、『これだけいれば、どうせ成功するだろう』と甘く見て、セツナさんたちにそのまま付いていくことに決めちゃったんです。冒険をしている以上、全滅の危険は常につきまとうと私は知っていたはずなのに……」
「フミコ、それを言ったら私もだよ? 私も失敗することなんてひとつも考えてなかったんだよ? ファウンダーとして未熟だから、なおさら気合を入れないといけないのに。それなのに私は、心の中では『どうせ何かあっても、みんなが助けてくれる』って、タカをくくってたんだよ?」
ミナは弱気になったフミコを励まそうとして、思いついたことを並べた。
けれど、言葉にしてそれは、互いの見通しの甘さを露見するだけで終わり、場の空気が余計に重苦しくなるだけだった。
――いけない……こんなことじゃ、助かるものも助からなくなっちゃう……。
「しっかりしなければ」と、ミナは活を入れ直した。
すると、ひとりで元気を入れる姿が面白く見えたらしい。フミコは「ふふ」と笑みをこぼした。
「帰ったら反省会ですね、これは」
「……うん!」
――そうだ。まずはここを切り抜けよう。悩んでいてもしょうがない。
ミナは怪我人の肩を背負い直し、しっかりと前を見て歩くことにした。
その様子を見て、フミコは和やかに目を細めた。
だが、そこで何かに気付いたのか。フミコの猫耳がピンと立てられた。
「離れて下さい! 上からです!」
フミコがそう叫んだ直後。
上空から巨大な何かが風を切って迫り、それはミナとフミコを影で覆い隠した。
視界がぼやけている。
振動で鼓膜がおかしくなったのか。頭の奥で重い音が鳴りやまない。
――何が……起きたの……?
ミナは空ろになった目を動かして、周囲の状況を把握しようとした。
視界に映るのは、振り落ちる土砂と黒土を覗かせる地面。すぐ傍らにはひとりの怪我人と、小柄な猫耳の少女――フミコが地面に突っ伏している。
「フミ……コ……!」
手を伸ばして、妹の安否を気遣った。
しかしそこで、彼女の隣にある巨大な岩に気付いた。
五人程度の人間など易々と潰せる巨岩だ。それが地面にその身を沈みこませ、めり込んでいる。
あれが空から落ちてきた? いや、違う。これはきっとあいつがやったのだ。
――『投げた』んだ……こんなに大きな岩を……。
その予想が合っていればと、ミナはうつぶせのまま振り返り、その先を確かめた。
やはり、そこにいたのは一体の【鎧】だった。
神話の半獣半人、ケンタウロスが鎧を着込んだかのようなその異形。兜の奥に浮かぶ意思無き双眸が、ミナたちを静かに見据えている。
――追いつかれた。
その事実に、ぞわりと鳥肌が立った。
ミナは何かが背骨をなで抜ける感覚に、しばらく息をすることも忘れてしまった。
不意に監視者の重脚が大地を蹴った。大槌を天に振り上げ、無骨な鋼の表面に魔力の光を浮かび上がらせ、監視者は迫ってきた。
――トドメを刺す気だ。あの大槌で、最後の生き残りを情け容赦なく叩き潰そうというのだ。
「させない……。そんなこと……」
ミナはふらつく体を押して立ち上がった。
体を少々打ったようだが、動けないほどではなかった。
「無理です……。逃げてください……」
かすかな声が耳朶に触れた。
「駄目、絶対に逃げないから……!」
ルーンコードを活性化させ、結晶を生成。
大きく息を吸い込み、血液に酸素を行き渡らせ、意識を戦意に奮わせた。
「満ちよ魔力! 汝は彼の者を砕く、破滅の宝玉なり!」
透水の力を秘めたアクアマリンの結晶を握り潰す。
透水系統、
マナによって生み出された水流が宙を滑り、頭上に結集し、濃密に圧縮されていく。
それは直径三メートルほどの水弾へと形を整えると、間を持たずしてたわみ、監視者へと弾き飛んだ。
軟体の水弾とはいえ、その内包する破壊力、衝撃力は折り紙つきだ。いかに硬質の【鎧】といえど、当たれば内部からの粉砕は免れない。
しかし、それは相手も重々承知だ。監視者は正面から盾で受け止めることはせず、大槌で水弾を迎え撃った。
衝突。圧縮されていた水流が本来の体積に戻り、大量の水しぶきを伴う爆発を起こした。
「くっ……!」
効果はいまいちといったところだ。
相手は横からの攻撃によって水弾を払いのけ、うまく力の向きを逸らしたのだ。
セツナとの戦いの時でもそうだった。相手はどうにも攻撃の威力を逃がす技に長けている。中途半端な攻撃では、かすり傷ひとつ付けるのも難しい。
しかし、こちらを一定の脅威であると認めさせることができた。ミナは大槌を構え直した監視者の視界にわざと入るように走り出し、その注意を引いた。
狙いは誘導だ。今この場から監視者を引き離し、フミコたちが逃げるための時間を稼ぐことが目的だ。
「駄目ですミナみー……! ひとりでは無茶です……!」
血を吐くようなフミコの声。
彼女はうつぶせたまま、苦渋の顔でミナの行いを責めている。
――ごめんねフミコ、勝手なことしちゃって……。
ミナは走ることに意識を引き戻し、フミコの声を振り払った。
本音を言えば、すぐにでも逃げ出したい気分だ。
だが、妹を置いて逃げるマネはできない。かといって監視者と立ち向かい、打ち勝つことも望めない。
自分は呆れるほど未熟で、弱い存在だ。できることはせいぜい、魔術で相手の注意を引くことくらいだ。
だから、こうすることしかできない。
傍から見ればその行動は滑稽で、自己満足な足掻きにしか見えないだろう。しかし、そうだからといって諦めるわけにもいかない。
――私が時間を作るから、なんとか逃げてね?
心の奥で別れを告げ、ミナ・ディセットは森林の中を駆け抜けた。
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