第3話 1-3

 激しい戦闘が終わり、一団の損害を調べている間、小休止を取ることになった。

 サカキとミナ、フミコは一団より少し離れ、手頃な段差に腰がけた。

「やっぱりソーマ君って強いんだね。私、ビックリしちゃった」

「いや。ディセットさんもすごいよ。まさか、あれほどの術を使えるなんてね」

 社交辞令的に褒め称えあう。「そうですよ、ミナみーも十分活躍していたんですからね」とフミコも猫耳をピコピコ振ってご機嫌だ。

「そ、そうかな? 私なんかより直接エネミーと戦える人の方が、私はすごいと思うけど、あんなに怖いエネミーの前で武器を持って戦うなんて、私には絶対無理だし……」

 ミナは自分が褒められるとは思っていなかったらしく、顔をほんのりと赤らめ、縮こまった。

「いや、正面からヴィラルエネミーと戦う俺たちから見ても、魔術の援護はとてもありがたいよ。遠距離から先制攻撃を仕掛けて、それから接近戦にもつれこませる……っていうのが大体の戦いのセオリーなんだけど、その場面ごとに適切な魔術を選んで放てる人っていうのが、いまの時代にはそんなにいないからね」

「はい。そんじゃそこらに生えた魔術士程度では、あのランクの魔術を扱えません。ミナみーとカツジくんが十分に牽制してくれたからこそ、わたしたちは有利な状況で戦えたんです。あなたはもっと、胸を張ってもいいんですよ」

 ミナの代わりに胸を張り、我が事のようにフミコは喜ぶ。

 猫耳をピンと立て、饒舌に語るその口ぶり。それは口先だけの褒め言葉ではなく、本心からきている言葉なのだろう。

「う~ん……そんなにすごいのかな……?」

 そう言われてもいまいちピンとこないのだろう。頬に当てられた指と傾げる小首が、ミナの心を雄弁に語っていた。

「そうだね。魔術っていうのは、まず扱える人自体が少ないんだ。その中から強力な共鳴晶術を放てるランクともなると、本当に一握りしかいない。だからディセットさん、それは誇っていいことなんだよ。過大評価はもちろん駄目だけど、過小評価もしちゃいけない。自分で自分を正当に評価することも、魔術を扱う上では重要なことなんだ」

 戦場に身を置き続ける者は、強力な魔術を習得した人物の重要性というものを嫌というほど知っている。

 依頼によっては高ランクの魔術士というだけで、その影響力からほかのファウンダーよりも報酬が上乗せされることがある。それほど、魔術が扱える人物は少なく、貴重だ。

「なるほど……。でも私としては、見よう見まねをしているだけなので、実感が湧きづらいですね」

「……見よう見まね?」

 サカキはミナの言葉のニュアンスに引っかかった。

 彼女の言葉が、謙遜だとかそういった類のものには聞こえなかったのだ。

「その反応を待っていた」とフミコは得意気になり、人差し指を立てて振った。

「そうなんです。なんとミナみーは、独学で魔術を修めているんです。しかも恐ろしいことに、魔術の勉強を始めてまだ半年も経っていないんです」

「え!? 半年!?」

 サカキは前のめりになり、我が耳を疑った。

「どうしたのソーマ君、そんなに変?」

 その事実が指す恐ろしさを理解していないらしく、ミナの首がますます傾いた。

 ――ああ、自分では理解していないのか……。ありえないくらい異常なのに……。

 フミコはニコニコとしているだけで、その【異常】を説明する気はないようだ。

 サカキはひとつ咳払いをして心を落ち着かせると、ミナにあらためて向き直った。

「魔術が扱える人が少ない理由は、才能の良し悪しもそうだけど、単純に習得までの道のりが長いからなんだ。普通は専門の魔術学院に入って、そこで勉強をしなくちゃいけない。そこから半年から一年ほどの期間で、ようやく基礎ランクの共鳴晶術が使えるようになる。そこでできることはせいぜい、ロウソクに火をつけたり、ちょっと風を起こす程度」

「ええ!? そんなことしかできないの!?」

「うん。そしてディセットさんがさっき使った共鳴晶術のランクがB+。もしB+のものを学院で正規に覚えようとしたら、それなりに才能のある人でも五年はかかるはずだよ」

「五年!? そ、そんなに……!?」

『ガガーン!?』と、ミナは擬音が聞こえてきそうなほどの勢いで驚いた。

 ようやく自分の異常さに気付けたようで、揺れる瞳で自分の手を見つめている。

「でも、よくそんなに短期間で習得できたね。独学で身につけた人の話くらいなら聞いたことがあるけど、何かコツでもあるのかな?」

「コツというものもあるんでしょうが、ミナみーの場合は才能じゃないですかね」

「天才ってことか……その言葉で説明がつく範囲を超えていそうな気もするけど……」

 サカキとフミコは少女の恐るべき才能に苦笑いを浮かべた。

 突然、ミナが顔をバッと上げた。

「あっ!? でもソーマ君もすごい技を使ってた!? あれもすごい魔術か何かなんだよね!?」

「えっと……共鳴絶技のこと? あれは共鳴晶術と似ているようで、まったくの別物なんだけど……」

 ミナの言動を不自然に思い、フミコを見た。

「んー。ミナみーは見よう見まねで魔術を覚えたせいか、魔術士としても当然ですが、ファウンダーとしての知識も全然なんです。もう基礎から教えた方が早いくらいで、まるでダメダメなんです。ファウンダーに憧れてる子供の方が、物知りと言っても過言ではありません」

「そんなに……。それでよく魔術が使えるようになったね」

「え? ええっと……? さ、流石に、そこまでは酷くない……かも?」

 自身の無知を妹から暴露されてしまい、ミナはどんどん小さくなっていく。

 その横からフミコが、「サカキくん、この際ですから色々と教えてあげてください」とおねだりの目を見せた。

 さきほどの戦闘で見せた魔術の天才性から、サカキは彼女を理知的な子なのだと思っていた。

しかし次々と露見するその姿が、それでも彼女は、小さなことでも一喜一憂する普通の女の子なんだと実感させてくれた。

 ――面白い子だ。

 サカキはにやけそうになる頬を抑え、初心者に聞かせるべき話の内容を思い浮かべた。

「わかった。それじゃあまずは、本当に基礎の基礎からでいい?」

「はい! 先生、お願いします!」

 ミナは真剣な表情で返事をした。

 ――その意気や良し。サカキは教師のように咳をひとつすると、「それでは」と切り出した。

「まず、異世界【ルインズアーク】はひとつの物質だけで構成されている。それは知っているよね?」

「あ、それはわかります。仮想物質【マナ】ですね?」

「そう。マナとはあらゆる物質の特性を模倣することができる、極めて特殊な物質だ。そのマナによってルインズアークは形成され、そしてこの世界において俺たちの肉体となる義体――【アバター】もマナによって作られている。アバターが傷ついても血の代わりにマナが出るのはそれが理由なんだ。つまり、ルインズアークにおけるすべての現象はマナが基盤となっていて、マナ無しには何も起こらない」

「ふむふむ」

「そして俺が使った【共鳴絶技】と、ディセットさんが使った【共鳴晶術】は、このマナの特性に着目した技術のひとつなんだ」

 サカキは胸元に手を当てる。

「アバターの中には、【ルーンコード】というものが刻まれている。ルーンコードとは、一般的には魔力と呼ばれているエネルギーを消費することによって、マナに干渉して操ることができる特殊な遺伝子。そしてアバターとは、マナの塊で作られている存在だ。――と、いうことは?」

「……つまり、私たちはルーンコードによって、アバターを操っているわけですね」

「当たり。ほかにはマナでできた道具を、アバターの波長との同化処理を施すことによって、自由自在にアバターの中から出し入れできたりもする。俺の武器、レッドランサー・イフリートにもその同化処理を施してある」

 サカキは腕を前に突き出し、炎の中から現れた緋槍を掴み取る。

 そしてすぐさま払い、緋槍を炎と変えてアバターの中へとしまいこんだ。

「こう語ると、『ルーンコードは何でもできる万能のもの』。というイメージを持つかもしれないけど、そううまくは作られていない。ルーンコードにはいくつか種類があって、それぞれできることは限られている。それは【十二系統属性】と体系化され、区分されている」

 サカキは人差し指を立て、体内に存在するルーンコードを深く認識する。

 ルーンコードに魔力という【薪】をくべて活性化。次いで指先に意識を移し、小さな火を熾すイメージを思い浮かべた。

 発火。イメージは力を持ち、マナを寄り代として現れた。

「俺が持っているルーンコードの属性は【炎熱】。少し練習すれば、このように火を熾せる。さっきディセットさんが使った共鳴晶術の属性は【氷雪】。物体から熱を奪ったり、凍らせたりすることが得意だ。十二系統属性にはこのほかにも、【嵐風】や【震地】など、様々な特性を持ったルーンコードが存在する。そしてその属性は、アバターの中に定まった数しか存在しない。だから、ひとりでできることには限度がある」

「なるほど、道理で簡単な魔術でも使えないものがあったわけですね。私がその属性のルーンコードを持っていなかっただけなんですね」

「合点がいった」と、ミナが手をポンと叩いた。

 どうやら、彼女は本当に何も知らないらしい。

『天才と馬鹿は紙一重』という言葉があるが、あれは、天才は簡単にできすぎて、基礎をまるで知らないという状況にも当てはまる言葉だったのか。

「大体の人は一個から三個はルーンコードを持っている。物体を爆破する【爆撃】のように簡単に扱える属性から、物質の原理を崩壊させる【深遠】のように扱いが難しいものなど。それぞれの特性を深く理解し、自らに合わせて最適化することによって、初めてオリジナリティというものが生まれる。そのオリジナリティの現れこそが――」

「――共鳴絶技と共鳴晶術……!」

「そのとおり。共鳴絶技と共鳴晶術とは、どちらも十二系統属性を操ってマナに干渉し、超常現象を引き起こす秘儀だ。でもこのふたつには、決定的な違いがある。――なんだと思う?」

 教師のように問題を出すと、ミナは眉を寄せて考え込んだ。

「……使い方、でしょうか? 共鳴絶技は、ルーンコードから生み出されたマナの力を直接相手に叩きつける技。それに対して共鳴晶術は、ルーンコードをマナによって生み出した結晶に転写し、砕いて振りまくことによって、周囲に存在するマナに呼びかける術。このふたつは似ているようで、導入も結果も異なる別々の秘儀です」

 ――模範的な回答だ。サカキは満足そうに頷いた。

「正解。ちょっとやってみようか」

 サカキは段差から腰を上げ、人ひとり分ほどの、手頃な高さの岩の前に立った。

 自然体から打撃主体の構えへと切り替え、そして精神を集中する。

「まずは共鳴絶技。精神を高め、魔力を燃やしてルーンコードを活性化。次に発生したマナの力を、使うべき【武器】へと移して溜め込む。この場合は拳だ。そして十分な頃合を見計らって――」

 拳を神速で振り抜く。


 爆撃系統、共鳴絶技レゾナンスブレイク堅岩爆砕けんがんばくさい


 拳に打ち抜かれた強固な岩は、内部からの爆発によってあっさりと四散した。

「――このように、ルーンコードから力を付与された武器を利用して攻撃する手段。それが共鳴絶技。利点としては『準備が早い。五体の力も加わるので威力を上げやすい』。欠点として『長続きする効果がなく、複雑な力を編むことができない』」

 砕かれた岩より目を逸らし、同じ大きさの岩を探して指し示す。

「次が共鳴晶術。精神を高め、魔力でルーンコードを活性化させるところまでは同じ。しかし、このあとが違う」

 手を突き出して雑念を払う。

 そして、術の核となる【式】を演算より導き出す。

「まずは魔力とマナを変容させ、結晶へと作り変える。ものによってはこの段階で詠唱が入るけど、今回は無し」

 手の先に魔力とマナを集わせ、赤き結晶を生み出す。

「次に己の持つルーンコードの情報を、結晶の内部にコピーする」

 結晶の内より煌きが生まれ、それは微かな文様となって揺らめいた。

「そして詠唱に合わせて砕く。――出づるは臆火。暗礁を照らす灯火なり」

 ルビーの結晶を掴み、砕く。


 炎熱系統、共鳴晶術レゾナンスドライヴ【ピン・ファイア】


 結晶の欠片は力を持ち、森林にたゆたうマナを導くと、岩の上で小さな、しかし確かな火へと姿を変えた。

「共鳴晶術の利点は『効果範囲が広い。射程距離も効果時間も長い』、このみっつ。欠点は『工程が多く、詠唱という行動を挟む以上、発動が遅い』というところ」

 サカキは現れた火を両手で挟み込んで消し、後始末をした。

 するとミナとフミコは、ふたり仲良く揃って拍手をした。

「サカキくんは魔術も使えるんですねー。ビックリです」

「うん! 共鳴絶技と共鳴晶術の両方が使えるなんて、私よりも全然すごいよ!」

 真剣に褒める彼女たちに、サカキは苦笑で返した。

「師匠――俺に戦いを教えてくれた人に言われて、無理矢理中級程度まで覚えただけだよ。『別の観点からルーンコードの扱い方を覚えておくことも、共鳴絶技の精度をあげる上では重要なことだ』ってさ。戦場だと、何が役に立つのかわからないって理由もあるんだろうけどね」

「そうなんだ……。やっぱり、私もしっかりと勉強しておかないと駄目だよね……」

「そうですね。ミナみーも、これからはもっと色々なことを覚えましょう」

「むむむ……」と思案顔のミナの頭を、フミコが遠慮なくなでる。

「とまあ、大雑把に言えばこんなところだけど、参考にはなったかな?」

「あ、はい! 十分参考になりました! ありがとうございます!」

 ミナは勢いをつけて立ち上がり、大げさに頭を下げた。そうしてその顔を上げたころには、彼女は満面の笑顔になっていた。

「いや、そこまでたいしたことは教えてないけど……」

 じーっと見つめてくる琥珀の瞳から視線を逸らす。サカキは気恥ずかしさに頬を一度かいた。

 すると、ようやく再編成が終わったようだ。集合を呼びかける声が、一団の方より響いた。

「さて、ちょうど良い頃合ですので、戻っちゃいましょうか?」

 フミコは段差から飛び降りると、服に付いていた汚れをポンポンとはたいて落とした。

 サカキは同意すると、ふたりを連れ立って歩き出した。





 度重なる戦闘を経て、一団はオルドナの森の深部に辿り着いた。

「うわ~、どういった構造なんでしょうか、コレ?」

 地に両手を突け、フミコは【大虚おおうろ】を覗き込んだ。

 そこは直径数キロ単位にも及ぶ、巨大な大穴だった。

 大穴の所々には、高さ数百メートルにまで至る巨木が、天を支えるように堂々と並び立っている。

 巨木の太く厚い幹からは、百人でも歩けるほどの大枝が分かれている。それらは立体的に入り組み合い、ひとつの迷路を形成していた。

「ねえフミコ、そこから下は見える?」

「はい、ちょっと待ってくださいね」

 穴の底を調べようと、フミコはさらに身を乗り出し、猫の目を凝らした。

 だが、大樹から伸びる枝が視線の行く手を塞ぎ、大穴の底には一体なにがあるのか、ここからではうかがい知ることができない。

「駄目ですね、枝が邪魔で見えません。とんでもなくびっしりです。この複雑さに比べれば、クモの巣なんてかわいらしいものですよ」

 フミコは両手で「やれやれ」と表すと、その奇怪な構造をした枝に目を向けた。

 通常、木というものは、幹から枝が無意味に伸びているわけではない。

 その枝の先には光合成を行うための葉が並んでおり、それらは太陽の光を効率よく吸収するために、互いの邪魔を極力しないように生え揃っている。

 しかし、目の前にそびえ立っている世界樹の如き巨木には、その理屈が当てはまらない。

 枝が上下左右に整合性無く広がり、それが隣の木々にまで無遠慮に伸び、その幹に突き刺さっているのだ。

 もはや木というよりは、その構造はブドウの房に近かった。

「エリア名は【オルドナの大虚】か。――で、どうするセツナ?」

 地図に表示された新たなエリアの名前を読み上げ、カツジは興味深く辺りを見回した。

 大穴は、ちょうど急な傾斜の山に左右を囲まれていた。迂回して山を登るという選択肢は取り難い。


「そうですね……。やはり、枝を伝って対面まで行くしかないでしょう。反対側に何があるのかくらいは知っておきたいです。もしかしたら前か下、どちらかが次のエリアの入り口になっているかもしれませんので」

「そうだよな。ま、そっちも依頼のひとつに入ってるから、オレたちも異論はねえ。枝も馬鹿みたいにデケェし、落ちる心配も無いだろ」

「では決まりましたね。とりあえずは部隊をふたつに分けて、互いに別々の枝を進みましょうか。あれだけの太さとはいえ、枝が折れる可能性がないとも言い切れないので」

「了解。ついでに、太っちょと痩せの割合も考えといた方がいいぜ? ひでぇヤツだと、体重が倍くらい違うからな」

「ええ、それは考えておきましょう」

 セツナはカツジの冗談に微笑むと、ほかのパーティリーダーたちに招集をかけた。

 枝の幅は二十メートルから三十メートルもある。そしてその先はほかの木や崖に直接突き刺さっているため、強度も申し分ない。

 とはいえ、最悪の事態は想定しておく必要がある。全部隊をバランス良く二つに分け、別々の枝を行軍できるように準備を進めていった。

「【ポータル】の設置が済み次第、行軍を再開します。何かしておきたいことがあれば、いまのうちに済ませておいてください」

 集めた各パーティリーダーたちにそう告げると、セツナは数名の人員とともに、ポータルの設置に取り掛かった。

 ポータルとは、いわゆる【転移装置】のことだ。

 両手で持てるほどの箱状の装置を地面に直接埋めることにより、その上にホログラム製の転移門を作ることができる。

 その門をくぐれば、番となるもうひとつの門まで一瞬で移動できるという便利な代物だ。

 移動できる距離は装置の性能に比例する。セツナがいま設置しているタイプならば、出立してきた街との距離がギリギリとなる。

 それほど便利な代物ともなれば、当然コストもかさむ。

 あまりバカスカと設置できるものではないが、この先で全滅しないとも限らない。区切りの良いここで埋め込んでおくのは、賢明な判断といえた。

「ここでミナとフミコを帰してはどうか」、という意見をサカキは出した。だがふたりは「依頼を受けた以上、最後までお供する」と固辞したので、それ以上は何も言わないようにした。

「それでは行きましょう! あともうひと分張りです! 各自、油断の無いようにお願いします!」

 セツナの宣言により、一団は最後の行軍を開始した。

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