第2話 1-2

 ――誰か……誰か助けてくれ……。

 サカキは、頭を抱えたくなるほどの窮地に強くそう願った。

 場所はさきほど着いた本隊との合流地点だ。再編成が済んで出発が間近となった陣内の一角で、倒れた木の上に腰掛けているところである。相棒のカツジは依頼主に斥候としての報告と、少女ふたりを保護した経緯を説明している最中だ。

 多少の寄り道があったものの、斥候としての仕事は十分に果たせた。集合時間に遅れがあったわけでもない。サカキが困っている原因は別であり、そして隣にある。

「…………」

 そっと横を覗き見れば、すぐ隣にはひとりの少女――ミナ・ディセットが座っている。

 彼女の年頃はサカキと同じで、今年で十七になるそうだ。絹のように滑らかな銀色の髪を腰元まで伸ばし、左側の一部を耳の上でまとめたワンサイドアップの髪形。琥珀色の優しい瞳を潤わせ、しかし今はその整った眉目に謎の力を込め、サカキの顔を一生懸命に見つめている。

 その白く細い指が、白を主色とした法衣の裾を控えめに掴んでいる――かと思えば、彼女は急にポーチのひとつを漁り始め、

「ソ、ソーマ君! おひとついかがですか!?」

 と、小さな飴をひとつ差し出してくる。

「あ、ありがとう。ええっと……?」

 ――なぜ飴!? そう首を傾げるが、銀髪の少女はいたって真面目な顔をしている。

「あ、やっぱりチョコの方がいいですか!?」

「え!? いや……!?」

 こちらの態度を別の意味と捉えたらしい。ミナは慌てて別のポーチを探り、銀色の包み紙に包まれた一口サイズの丸チョコを取り出した。

 さっきからずっとこんな調子だ。やれお茶だのコーヒーだの、やれお菓子だのと盛んに何かを勧めてくる。それは彼女なりの、ヴィラルエネミーから助けてもらったことに対するお礼のつもりなのだろうか? ――そう考えると無碍にすることもできず、余すことなく受け取っているのだが、流石にこれで十回目だ。いい加減口の中が甘ったるくなってしょうがない。

 ミナの隣の席に目を向ければ、そこには猫耳姿の小柄な少女――フミコがにこにことした面持ちでこちらの様子をうかがっている。

 肩口で切り揃えられたくすんだ銀色の髪に、元気一杯な翡翠色の丸瞳。彼女は身に付けた茶屋袴の腰元に白柄白鞘の打ち刀を帯びており、それは彼女が楽しそうに足先を前後に揺らすたび、カチカチと小さな音を立てている。

 聞いたところ、彼女はミナのひとつ違いの妹であるらしい。であれば高校一年生であるはずなのだが、女性平均ほどである姉のミナに比べて随分と身長が低い。その小柄な体は猫耳姿と相まって、非常に可愛らしい雰囲気を醸し出して止むことがない。

 ちなみに、彼女の猫耳は飾りではない。ファンタジーものの創作物によくあるように、アバターには人間以外の種族がいくつも用意されている。彼女のアバターはその内のひとつである、【猫目族キャッツアイ】と呼ばれる種族のアバターだ。

 彼女はミナの怒涛のお茶・お菓子攻めを止める気は微塵もないようだ。姉の行いを静かに、かつサカキの苦しみを楽しそうに観察している。

 ――この子、絶対ドSだな。と、サカキは恨めしげにフミコを一瞥すると、またもやミナから差し出されたお茶を一口すすった。

 いい加減ゲップを吐きそうになるのを堪えていると、そこでようやく天から助けが来た。

「――事情はカツジさんよりうかがいました。ミナ・ディセットさんとフミコさんですね?」

 青年の、優しく控えめな声音が響いた。

 三人の目が集まる。

 青年の年齢はサカキとカツジの中間ほど、恐らくは十八か十九だろう。灰がかった黒の髪と瞳。制服に似た白と黒のツートンカラーの防護服を綺麗に着こなし、青年の物腰には気品がうかがえる。その顔は憂いを匂わせる優男じみた顔付きで、見る者にどことなく頼りない雰囲気を感じさせるが、ファウンダーとしての実力は十二分にあるらしい。彼は体幹のぶれないしっかりとした足取りで三人の前に立つと、柔和な笑みを浮かべた。

「はじめまして、僕はセツナと言います。今回のオルドナの森攻略グループのリーダーを勤めさせていただき、そしてサカキさんとカツジさんに護衛の依頼を出した者です。どうぞ、お見知りおきを」

 青年――セツナは慇懃に頭を垂れる。ミナは慌てて立ち上がって礼を返し、そのあとをほのぼのとした様子でフミコが続く。

「事情を知った上であらためて確認させていただきます。おふたりがこの森――オルドナの森に来た目的は、エリアの攻略に関するものではないと聞きましたが、それは本当でしょうか?」

「はい、わたしたちの目的はこのエリアの攻略ではありません。この森は最近見つかったエリアだと知り合いから聞いたもので、どんな所だろうと気になって、ふたりで散歩がてらにこの森に入ったんです。やばそうならすぐに帰る気でいたのですが、あまりにも敵がでなかったもので、それでついつい奥にまで行ってしまって……気が付いたらあのザマというわけです」

 セツナの質問にフミコが答える。

 彼女の言うとおり、オルドナの森はつい最近発見されたばかりのエリアだ。そのためネット上での情報もほとんど出回っておらず、ヴィラルエネミーがどの程度出るのかすら知られていない状況だ。

 事前に調べ上げたサカキたちはこのエリアがそれなりに高い難易度のエリアだと知っていたが、彼女たちはそれを知らなかったのだろう。物見遊山で森へと入り、そして恐らくはエリアの序盤にいたヴィラルエネミーたちをサカキたちが倒してしまったため、彼女たちは敵と遭遇せず、「オルドナの森はヴィラルエネミーのいない安全なエリア」と誤解してしまった。そうして引き際を見誤り、ヴィラルエネミーの集団に襲われてしまったのだ。

 セツナはいくつかの質問で事情を完全に把握すると、「わかりました」と深く頷いた。

「では、フミコさんたちはこれからどうするおつもりでしょうか?」

「そうですね、できればどなたかに森林の出口まで案内して欲しいですね。わたしたちだけだと不安なもので。もちろん、お礼はそれなりに出させてもらいます」

 締めくくりの質問にフミコはそう答えるが、その言葉にはあまり期待が篭っていないことがすすけて見えた。それにあわせるように、セツナは残念そうに首を振った。

「申し訳ありませんが、こちらから人員を裂くことはできません。こちらはこの森を攻略するために必要な、十分な人員を集めた気でいますが、それも万全ではないかもしれませんので」

「ですよね……流石に無理だとわかってました」

 予想通りだと、フミコは肩をすくめてみせた。「やっぱり、駄目だよね……」と、成り行きを見守っていたミナが残念そうに声をもらす姿が見えて、サカキは心に何かが刺さるような小さな痛みを覚えた。

 セツナは、決して安くない依頼料を払ってファウンダーたちを二百人も呼び集めたのだ。一般的にこの程度のエリアならば、ファウンダーが百人もいれば十分だと言われている。だがセツナは、何かしらのイレギュラーな事態までも想定して、その倍も人員を用意した。

 そこまでしたのだからオルドナの森が攻略できなければ意味はなく、そして物事に絶対はない。彼女たちを出口まで案内するために裂いた人員と時間が、あとで致命的なものになる可能性がないとは言い切れない。

 ここは無慈悲にも思えるが、彼女たちだけで出口まで向かってもらうしかないだろう。それが自然だ。赤の他人にどうこうしてあげる義理はなく、セツナの判断は正しい。

 けれどサカキには、それは少し悲しいことのように思えた。しょんぼりと肩を落とすミナの姿が、かわいそうに見えた。

 ――どうにかしてあげたい。そんな想いが溢れてくる。

 その想いに背を押され、迷い、一考する。

 そして、答えを出すなり小さく頷いた。

「だったら、ふたりを追加の人員として、この場で雇うっていうのはどうかな?」

 思いついたものをその場で提案した。その言葉にミナは一度びくりと肩を震わせたが、「なるほど、その手があったか」と頷いた。

「それならふたりだけで森の出口に向かうよりも生存率は上がるし、こちらから人員を裂く必要もない。ほかには保護して同行させるっていう手もあるけど、そうするとなんだかんだで護衛が必要になっちゃうし、そういう扱いに不満を持つ人が現れるはずだ。けど依頼として雇うなら、あとは自己責任になるから、そういったものもないはずだよ」

「なるほど……確かにそうですね。こちらも、金銭的におふたりを雇うことに問題はありません。ほかの方々がよろしければ、おふたりを歓迎できますが……」

 セツナもふたりを見捨てることは心苦しく思っていたのだろう。理解を示すと、すぐ近くで出発直前の打ち合わせをしていたファウンダーたちの中から、ひとりの男を探し出して目を合わせた。

 彼はセツナの補佐役を任された魔術師だ。フードを目深に被った怪しげな身なりの男は、話を盗み聞きしていたらしく、事情を説明するまでもなく無駄に何度か相槌を打った。

「いいんじゃないか? この俺様がいるんだ。いまさら女の子がふたり増えたところでどうってことないぜ」

 副官である者の自信満々な言葉に、セツナは意を決めた。「わかりました。ではおふたりの方はどうでしょうか?」と、彼はミナとフミコを交互に見回して彼女たちの承諾を待った。

「もちろん、答えはイエスです。多少は危険でしょうが、わたしたちだけで森の出口まで向かうよりは断然マシですから」

「うん、私も賛成。ソーマ君たちと一緒にいるほうが絶対安全だよ」

 彼女たちは互いに顔を合わせ、相貌を緩ませた。

「けどセツナ、本当にいいのかな、急な出費になっちゃうけど。もし無理をしているのなら、俺の依頼料からその分を引いても別に構わないよ」

「いえいえ、全く問題ありません。こちらにはスポンサーがいますので、経費内でオルドナの森を攻略できればそれで構いせん」

 サカキの心配を、セツナは優男の風体に合わせた微笑で払拭する。「それでは、時間もそれほどありません、簡潔に依頼を説明させていただきましょう」と、少女ふたりに向き直った。

 ――よし、これでどうにかなったか。

 サカキは肺に溜まった息を吐き、安堵した。

「おう、良かったじゃねえかソーマ。これで、ミナちゃんたちからお前への好感度もさらに上がっただろうぜ」

 そのサカキの肩を、いつの間にか現れていた金髪青年――カツジが掴み、これでもかといやらしい顔でサカキの顔を覗き込んできた。

「いや、そんなんじゃないから。変なこと言わないでくれるかな」とサカキはその手を払い、出発の準備に取り掛かろうと歩き出した。

 彼はよく男女の関係をネタに話を振るクセがあるが、サカキ自身にはそんな下心は微塵にもない。ただあの場で彼女たちを放り出すことが薄情に思えて、つい行動してしまっただけだ。

 ――そう下心なんてないはずだ。と、つと説明を受けているミナの横顔をうかがい見る。

 顔は間違いなくかわいい。清楚という言葉が形と命を得たかのような、儚くて薄い輪郭。その長いまつげが瞬きに揺れるたび、得も言われぬ感覚に首筋がこそばゆくなるが、それは男女の何か的な感情とは全く関係がない。

「…………関係、ないよな?」

「ん? なんか言ったかソーマ?」

「いや、なんでもないです」

 思わずこぼしてしまった言葉にカツジが聞き返す。サカキは全力で平静を装って首を振り、彼の追及をうまく断ち切った。





「ビビるな! 腹に力を入れて迎え撃て!」

「増援は矢で牽制しろ! 簡単に近づかせるな!」

「負傷したやつはすぐ後ろに下がれ! 盾を持っているやつは、しっかりとフォローしてやれよ!」

「横からも来るぞ! 正面から右! 数は三だ!」

 森林に、静寂を打ち破る戦いの音が木霊する。

 武装した一団のあちらこちらからは怒号と伝令がひっきりなしに飛び交い、男たちはその殺気立った意識を前方へと向けている。

 一団の先頭。大盾と槍を構えた前衛隊の目と鼻の先には、獰猛な獣の群れが見えた。

 数は二十頭。【悪演の敵ヴィラルエネミー】と呼称される大猪型の化け物たちが、血のように赤黒い牙を並び立たせ、土煙を上げて押し寄せてくる。

 迎え撃つ戦士たちは大盾を隙間無く並べ、弓兵隊が打ち漏らした獣の体当たりを正面から受け止めた。

 巨体から繰り出される重い一撃を、戦士たちは気合と五体で受け止め切り、反撃として槍を突き入れる。刃が獣の肉を引き裂き、その肉体を構成する赤きマナが塵となって宙を彩る。

 獣が体を駆け巡る苦痛に醜い悲鳴を上げたが、それだけでは終わらせない。戦士たちは誘導により獣を一匹一匹と孤立させ、数の差を生かして四方八方からめった刺しにする。

 それらは古来より、人間が獣を狩るために編み出し、行使されてきた実に原始的な狩りの方法だ。

 だがそのようなシンプルな戦術こそが、こういった化け物相手においては有効な戦術として機能する。さきほどから続く一方的な狩猟により、獣たちは徐々にその数を減らしている。大勢は決したかに見えたが、しかし、戦士たちの顔に油断という文字はない。

 なぜならば、愚直に突撃を繰り返す獣たちの後方には、大猪よりも遥かに厄介な存在がいるからだ。

「気をつけろ!! が動いたぞ!!」

 悲鳴に近い声が上がり、その声に反応するように、一頭のヴィラルエネミーが吼えた。

 身長が五メートルもある、大猿型のヴィラルエネミー。

 大猿は毛皮の代わりに花崗岩グラナイトを鎧としてまとい、その目は暗い緑の闘気を湛えている。腕は何の冗談だと言いたくなるほど太く逞しい。大猿の図体はいかにも鈍重そうに見えて、しかしその動きは呆れるほど俊敏だ。巨木の枝と枝の間を器用に飛び移り、今まさに前衛隊へと襲いかかろうとしている。

「【指揮官コマンダー】が動きました! 迎撃の用意を!」

 セツナの指示が飛び、それまで戦場の後方で状況を見守っていた精鋭たちが動き始めた。

 サカキとカツジ、フミコに、そして魔術師が率いる数人の戦士隊が、互いの持ち場へと散っていく。

「よっしゃ! オレもミナちゃんとフミコちゃんに良いところを見せてやるぜ!」

 勢い盛んにカツジが我先にと駆けて行く。

「ソーマ君、私も戦うね」

 前線へと向かおうとしていたサカキを、ミナが呼び止めた。

「え? ディセットさんが、あのヴィラルエネミーと……?」

 彼女からの提案に驚き、大猿とミナを見比べる。

 魔術士型アバターのミナが、直接あの大猿と戦うわけではないというのはサカキにもよくわかっている。だが彼女を追い詰めた大カマキリと、あの大猿とではその強さには雲泥の差がある。普通に考えれば彼女の手には余るのではないだろうか?

 もし、それがサカキたちに迷惑をかけてしまった申し訳なさからくる提案ならば、サカキとしては断っておいた方が無難なのだが――。

「大丈夫、私もみんなと一緒に戦えるから」

 彼女の決意の言葉に押し切られ、サカキはつい「わかった。けど絶対無理はしないで」と認めてしまった。

「ありがとう、ソーマ君!」

 ミナは溢れんばかりの喜びを称えた顔で感謝を述べた。両手を握り締め、「私、がんばるね!」と実にご機嫌だ。

 ――まあ、彼女が喜んでくれているなら、それでもいいか。

 元々彼女に戦わせる気はなかったが、本人が強く希望しているのだ。サカキにそれを止める権利はない。もし何かあれば、その時は自分がフォローしてあげればいいだけの話だ。

 戦術を練っていた魔術師にミナの加入を伝え、彼から新たな作戦を貰い受けることにした。

 前線では、大猿と前衛隊の衝突が始まっていた。

 大猿の硬拳が振るわれるたび、その鋼力の前に前衛隊の戦士たちはあっけなく吹き飛ばされていく。直撃を受けたその内のひとりが、巨木の幹に激突し、体中からマナをあふれ出させて消滅する姿が見えた。

 アバターはマナを用いて作られた【義体】だ。傷を負えば血の代わりにマナを失い、大量にマナを消耗すれば姿を失って【死亡】する。

 しかし、アバターは本当の肉体ではないため、痛みを負うことはあっても、地球世界にある肉体の方にはなんの影響も与えない。

 そしてアバターはアバターの方で、肉体を再構成するための待機時間が過ぎれば、所定の位置に【復活】する。まさに不死身の存在だ。

 とはいえ、死ねばそれ相応の不利益がルインズアークを管理する運営システムから科せられるため、気軽に死ねるというわけでもない。

「怯むな! やり返せ!」

『おう!!』

 そのため、前衛隊もただ黙ってやられるつもりはない。

 暴れ回る大猿の隙を狙い、槍が振るわれ、矢が降り注ぐ。

 しかし、大猿の硬い岩鎧を突き破ることは叶わず、そのことごとくが弾かれてしまう。

 続く大猿の反撃に、前衛隊は抵抗空しくひとり、またひとりと倒れていく。形勢は一方的で、それはもはや戦いではなく虐殺だ。

「おいおい、派手にやるじゃねえか! ちったぁ手加減してやれよ!」

 手ごろな枝の上に跳び移ったカツジが、お返しとばかりに手に持っていた黒弓の弦を引ききった。

 黒竜の白魔眼と双角を用いて作り出された黒弓――【シュバルツ・ボーゲン】に、鮮やかな【閃電】が迸る。閃電は番えられた矢に収束すると、力強い青光りを生み出した。

「準備はいいかあ!? いっくぜえええ!!」

 その言葉を引き金に、稲妻が一線となって放たれた。

 放たれた稲妻の矢は迷うことなく大猿の肩に突き立つと、閃光とともに炸裂する。

 大猿の岩鎧の隙間を見事に狙った鋭撃は、花崗岩の皮膚を引き剥がし、その下に隠れた脆弱な肉を露出させた。

「ミナみー! いまです!」

「はい!」

 フミコの合図に、後方に控えていたミナが応えた。

 詠唱に続き手を突き出し、アバターの奥に眠るルーンコードを目覚めさせる。

 魔力とマナがルーンコードによって導かれ、ミナの手の先にある、何も無い空間にひとつの結晶を生み出した。

 それは精緻な鏡面で構成された、青く煌く結晶石。

「集えよ魔力! 砕けよ氷弾! 汝は愚者を咎めし楔なり!」

 サファイアの結晶石を掴み取り、詠唱に砕く。


 氷雪系統、共鳴晶術レゾナンスドライヴ【アイスブレイカー】


 結晶の残片が宙を透き通り、魔力との共鳴によってマナを冷気へと作り変える。

 そして次の瞬間には氷塊となって凍りつくと、大猿に向かって矢の如く放たれた。

 先端を鋭利に尖らせた氷弾が、大猿の肩を狙う。しかし大猿は氷弾を睨み据えてその弾道を見破ると、軽々と上空に跳び逃げた。

 外れた――。そう思われた矢先、氷弾は身震いを引き起こして破裂した。

 氷弾は数百にも及ぶ氷矢の雨となって大猿に襲い掛かり、その肌に次々と突き刺さった。

 それぞれが連結して獣の動きを封じる【楔】となると、大猿は堪らず体勢を崩して地面に落下した。

「やるわね、ミナちゃん。――それじゃあいくわよ、フミコちゃん」

「はい。お手柔らかにお願いします」

 双剣を携えた女性ファウンダーと刀を抜き放ったフミコが、大猿の左右より強襲をかけた。

 互いの素早さを生かした連撃を叩き込み、弱点となった肌はもちろんのこと、岩鎧の隙間に刃を走らせ、絶え間なく傷をつけていく。

 大猿は高速で動き回るふたりの姿を捉えることもできず、ただただなすがままになる。――かに見えたが、一瞬のタイミングを見計らい。強力な掌底打ちをカウンターとして繰り出した。

『ざんね~ん!』

 しかし、その動きをふたりは読んでいた。

 ふたりは衝撃の波に乗るようにふわりと距離を取り、あっさりと上空に逃げた。

 そして頭上へと意識を裂かれた大猿の足元には、大槌と大剣を構えた男がふたり。

『どっせえぇぇぇいっっ!!』

 渾身の力で振りぬく大打撃。

 大猿は空いた腹に直撃を受け、見事、空へと打ち上げられた。

「はっはっはっ! この俺様が! きっちりとお膳立てしてやるぜ!」

 高らかな哄笑を上げた魔術師は、その手に持っていた黄金の結晶を握り潰した。

 大猿の真下に小さな光がちらついたかと思うと、それは大音量を伴う爆発を生み出した。

【爆撃】の連鎖がヴィラルエネミーを幾度となく打ち据える。大猿は重煙の尾を引き、さらなる上空へと打ち上げられた。

 大猿は体勢を立て直すべく、空中でもがいた。しかしそこで、遥か頭上より迫り来る、ひとつの気配に気付いた。

 それは深き青の戦闘衣をなびかせながら、大猿へと飛来するひとりの少年――サカキだ。

 サカキは既に呼び寄せていたレッドランサー・イフリートを垂直に構えると、切っ先で大猿を指し示し、己を一振りの槍へと変えて突き進む。

 戦気溢れる瞳で敵を睨み、そのすべてを暴く。

『見識判定:成功。ヴィラルエネミー:グラナイトヘリオン。属性:震地。トータルランク:B』

「なんだ、思ったよりたいしたことないんだな」

 サカキは視界に映ったグラナイトヘリオンのデータをそう評すると、興味が失せたとばかり、緋槍へと意識を移した。

 アバターの内に刻まれたルーンコードと体内のマナを共鳴させ、レッドランサー・イフリートの刃にひとつの力を顕現させる。

 それは緋槍の刀身より産声を上げ、宙に乱れ裂く紅蓮の炎。

 炎はひとしきり空をなぶりながら、その高熱量を緋槍の先刃に集わせた。そして白炎へと姿を変え、新たな刀身と成る。


 炎熱系統、共鳴絶技レゾナンスブレイク【ディソリューション・フレア】


 迎撃に繰り出されたグラナイトヘリオンの硬拳を白炎によって砕き、灰燼へと燃え散らす。

 そしてさらに奥。岩によって守られた頑強なる胸元へと、サカキはさらなる力を込めて突き入れた。

 響音。破断。そして破壊。

 緋槍より溢れた【炎熱】の魔力がグラナイトヘリオンの胸部を貫き、宙に艶やかな赤風を走らせる。

 それは一際の閃光を生み出すと、大猿の巨体を溶かし尽くし、そして最後と轟き爆ぜた。

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