Scene4 死海の風
気づかぬうちに夕闇は菊ヶ浜に覆い被さっている。
「大量の電磁波を、小型デバイスを用いて発生させることは、思いの外手間と時間がかかりました」
北村ジュンは言い、ウイスキーで濡れた口を手で拭いた。
「最終的には、イスラエルで先進兵器を開発している友達が夢を叶えてくれました」
「は? イスラエル?」
「彼が何をしているかは秘密ですが、政府系機関で暗殺用の小型兵器の開発に携わっているとだけは伝えておきましょう」
「それってマジな話?」
「もちろんマジです。現に彼がプロデュースした殺人兵器が、ここに存在してるじゃないですか」
北村ジュンは平然と言い切りサングラスに視線を送った。その瞬間、怜音は死海の風を感じた気がした。
「手っ取り早く致命的なダメージを与えたければ、大量の電磁波をarea.C目がけて重点的に照射し続けながら、記憶を思い通りに操作してやればいい。電磁波と人体の連関は実はまだ医学界も突き止めてない領域で、実際に何がどうなるかは分かりませんが、余裕で死ぬと思います」
怜音は隠さずに笑みを漏らした。
「でも、それじゃあんまり面白くはないわね。急激な死に方をされたら、こっちにリスクが降りかかってくる可能性だってありそうだし」
「だから、徐々にダメージを与えていくっていう計画なんでしょ?」
「もちろんその通りよ。あくまで、自然死に見せかけるの。頭が狂って、発狂して、精神衰弱で死んでもらうのよ」
「承知していますよ。さっき怜音さんが見たのも、MaCを使ってarea.Cを軽~く刺激しての反応なんです。怜音さんの脳に焼き付いている最も象徴的な記憶の痕跡を意図的に蘇らせたんです。そんな感じで徐々に攻撃していきます」
「でも、マグマはやりすぎじゃない?」
北村ジュンは思い出したかのようにウイスキーを手に取り、口に含んだ。ラベルに描かれたワイルドターキーが、まるで飼い主を見上げるように背筋を伸ばしている。
「マグマも記憶の痕跡ですよ。あなたは過去にマグマを見たことがあるんです」
「そうかなあ?」
「やりようによっては、いろんなことができますよ。最もインパクトのある記憶を優先的に引き出し、その記憶を指示通りに操作することができる。ボクたちはもうじき脳を完全にハッキングするようになります」
怜音もターキーのような鋭い目をしたまま、かすかに頬を緩めた。
「これまでの実験って、マウスか何かを使ってやったの?」
「もちろん、基本はマウスですね。でも、お察しの通り、それだけじゃ十分な検証はできません。人体を使ったりもしてますよ」
「それって、どうやって?」
「ですから、ボクには仲間がいるんですよ、世界中に。たとえば、その道のきわめて有能な人材も普通に含まれていて、人体実験だって出来るわけです。世の中には知られてないだけの話です」
「うまくいけばノーベル賞を取るかもしれないわね」
「表に出ればその可能性もあるでしょう。でも、少なくともボクは、そんなものには興味がない。最終目的はそこじゃないですから」
「目的はいったい何なのよ、そろそろ教えてくれてもいいじゃない」
北村ジュンはまぶたを細くして、夕闇を見た。
「記憶とは人間の全てなんです。それを操作することができたら、何でも思い通りになる」
「何でも?」
「そう、何でも」
北村ジュンは、怜音の汗ばんだ首筋に視線を返す。
「怖いわね」
「大丈夫ですよ、全然怖くなんかない。いろんな実績がありますから。これからも、いろんな成果を挙げていきますよ。あの人を使ってね。そのためにこんなにも苦労してデータを集めたんですから」
怜音は改めてテーブルに置かれたサングラスを見る。紫がかったフレームは、照明を反射して、瞳を刺激し、脳の深奥をチクリと刺激した。
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