Scene2 イメージしたことは現実になる

 マウスをクリックする音がカチ、と響く。

 怜音ははっと我に戻る。催眠術を解かれたみたいだ。

 

「どう、かなり素敵だったでしょう?」

 北村ジュンは次世代ジェットコースターの開発者が、体験した子どもに話すような口調で言う。

 怜音は瞳を凝らし、もう1度窓の外に視線を遣る。

 海は穏やかな波に揺れ、白い砂浜の上には波と戯れる母子の姿が確認できる。


「いったい、なんだったの?」

 彼女はゆっくりとサングラスを外し、危険な昆虫を持つかのようにしながら、そのフレームをいろんな角度から眺めた。指先は震え、脇と首筋にはヘドロみたいな汗をかいている。

「怜音さんの脳を、ちょっとだけハッキングしたんですよ」

 北村ジュンはサングラスを受け取り、専用の不織布クロスで丁寧に拭きはじめた。

「海が燃えたわ。しかも、敦賀の海だった」

「今、怜音さんが見たのは、あなたの過去の記憶ですよ」

「信じられない。でも、いったい、どうやって?」

 北村ジュンはふっと笑い、首を横に振って、自分の眼鏡に触れた前髪を振り払った。

「怜音さんの大脳に入り込んで、情報を操作したんです」

「このサングラスを使って?」

「その通り」

「できるの? そんなことが?」

「できませんでしたか?」

 怜音は唾を飲み込んだ。喉仏の震える音が脳の深奥に反響した。


「怜音さんの記憶をね、ちょっとだけ操作させてもらったんですよ。そして、たぶん、成功した。怜音さんには、身をもって体験していただいたわけです」

「つまり、実験台にされたわけね」

「それはちょっと意地悪な言い方ですね。絶対にうまくいくことは分かっていたうえでの体験だったんですから」

 怜音は釣り上げられたばかり魚のように、腹の底から息を吸って、吐き出した。

「これまで怜音さんには、CTスキャナとか、脳のサイズの測定とかの煩わしい作業につきあってもらいましたが、全部今の体験をしていただくための周到な準備だったわけですよ」

「まあ、実験台であろうと何であろうと構わないわよ。たしかにあんな光景を見せられると、そのうち気が狂ってしまうってことだけはよくわかったわ。攻撃力は十分ね」

 怜音は、依然として頭の奥だけ不気味に吊り上げられているような錯覚を感じている。

 北村ジュンはサングラスをテーブルに置き、真夏の菊ヶ浜に視線を遣る。

 怜音はそんな北村ジュンの横顔を見た。

 彼は涼しげな顔で言った。


「つまり、こいつがあれば、イメージしたことはすべて現実になるってことですよ」

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