第9話 「大人な世話係」

 会議室から出た俺は、ノワールと話すために自室へと向かった。リーゼについていくときにきちんと道を覚えておかなければ確実に迷っていたに違いない。


「……待てよ」


 自室までの距離が残り半分ほどになったとき、ふと脳裏にある考えが過ぎる。

 ノワールは身の回りの世話をしてくれるらしいが、常日頃から俺が使っている部屋にいるわけないよな。長年仕えているのなら俺の世話以外にも仕事は受け持っているはずだし……。

 とはいえ、ノワールと出会って間もない俺ではいくら思考しても彼女の行動パターンは読めない。行く当ても自室しかない以上、あれこれ考える前にまずは向かってみるべきだろう。

 もしも自室に居なかった場合は誰かに聞きながら探すしかない。小国とはいえこの世界の感覚に慣れていない俺には城は広く感じるので、そのことを考えると億劫にもなるが。


「――ん?」


 角を曲がろうとした瞬間、くりっとした瞳が印象的な少女の顔が迫ってきていた。突然のことに内心驚愕するが、少女の顔を見る限りこちらよりも驚愕しているように見える。

 迫ってくる速度から予想するに少女は走っているときに躓いてしまったのだろう。

 このまま避けてしまうと下手をすれば少女は顔面を床に打ち付けることになるかもしれない。そう思った俺は、反射的に避けようとする体をどうにか制止させて受け止めることにした。


「っと……」


 1歩後退してしまったものの、どうにか少女を受け止めることができた。ただ胸部付近が地味に痛いので、彼女は鼻辺りを痛めてしまったかもしれない。


「大丈夫か?」

「あっ、はい、おかげさまで……って、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 少女は飛び退くように後ろに下がると、何度も頭を下げ始めた。

 謝るのは分かるが……別に彼女だけに非があるわけでもないんだし、ここまで謝ることはないと思うんだがな。

 と思う一方で、この手のタイプと出会ったことがないわけでもないので口にはしないでおこうと思った。

 高速の謝罪に目が行ってしまっていたが、この子の服ってノワールと同じだな。こう何度も必死に謝るのは、もしかして失敗ばかりしているのだろうか……って、これは今はどうでもいいな。優先すべきはノワールだ。この子が知っている保証はないけど、とりあえず聞いてみよう。


「あのさ」

「は、はい!」


 少女は凄く緊張した面持ちで気をつけ状態になってしまっている。これが彼女のデフォルトなのかもしれないが、他にも理由はあるのでは……。

 ふと思ったが、今の俺は剣を身に着けている。ここの常識が分かっているわけではないが、身分の差があるのは確実だ。もしかして俺が何かしらするとでも思っているのだろうか。さすがにぶつかった程度で怒ったりはしないのだが。


「えっと、聞きたいことがあるんだけど」

「ははははい、わ、私はトルチェと言います!」

「あぁ……うん」

「先ほどはぶつかってしまって本当にすみませんでした。な……何でもお聞きになってください!」


 そう言ってくれるのはありがたいが……何でこのトルチェという少女は顔を赤くしているのだろうか。いや予想できないことはないのだが、それを言葉にするのは躊躇われる。

 リーゼといい、この子といい……この国の少女は俺の知る同年代よりも興味を持っている気がする。まあ戦争があるだけに、子孫を残る本能が働いているという可能性はゼロではない。


「じゃあ聞きたいんだけど」

「は、はい……」

「ノワールがどこにいるか知ってるかな?」

「……ノワールさまですか? ノワールさまでしたら先ほど」

「呼んだか?」


 突如背後から聞こえた声に驚いた。

 普通ならば俺が驚くべきところなのだろう。いや、確かに俺も驚きはした。ただ正直に言えば背後から聞こえた声というよりも正面にいる少女が驚いた姿に驚いたと言わざるを得ない。

 この子、反応が大袈裟過ぎる。麻子と良い勝負かもしれないな。……あいつら、元気でやってるだろうか。俺のように危ない目に首を突っ込んでなければいいんだが。

 といっても、正義感の塊のような星也がいては難しい話かもしれない。だが同時に彼がいれば、何とか乗り切ってくれるだろうとも思う。

 あわよくば星也達にもう一度会いたいが、今の俺は《黒崎真紅》ではなく《シンク・ルシフェル》として生きていくと決めている。

 数日後の控えているであろう戦いで生き残ることが出来たならば、俺の手は少なからず血に濡れていることだろう。

 そうなればもう後戻りはできない。無事に星也達と再会することが出来たとしても、前のように彼らと触れ合うことは難しいだろう。

 ……今は淡い期待よりもこの国……リーゼや魔王としての振る舞いのことを考えることにしよう。


「ノ、ノワールさま、いつの間に!?」

「ふ……わたしほどになると呼ばれるのを予想して行動できる」

「さ、さすがです!」


 トルチェは憧れるような目をノワールに向けているが、背丈で言えばトルチェのほうが高いだけにシュールな光景に見える。


「予想できるのなら背後からじゃなくて正面から来てほしいんだがな」

「そう言うな。君とはまだ出会ったばかりだ。完全に動きを把握することは出来ないし、人手不足だからわたしもそれなりに忙しいのだ。君の侍女ばかりしていられない」


 俺のイメージでは、侍女というのは常日頃から仕えている人物の傍にいて世話をするといったものがある。ノワールは俺の侍女とは言えないのではないだろうか。

 まあ世話をされるのに慣れていないだけに、常に傍にいられるのも困ると言えば困るのが本音だ。そういう意味では四六時中傍にいないのは助かるとも言える。


「あのノワールさま……」

「なんだ?」

「今ノワールさまが侍女をされているって聞きましたけど……もしかしてこの方は」

「あぁ、彼はシンク。暫定だが魔王だ」


 ノワールが言い終わるのと同時にトルチェの顔から感情が消え始め、感情が完全に消えたかと思うと次に血の気が引いて青ざめていく。

 現状に関係はないがこれほど綺麗に段階を踏めるのはある意味特技だと言えるのではないだろうか。


「も……ももも申し訳ございませんでした!」


 ジャンピング土下座とも言えそうな謝罪をするトルチェに俺は思わず頭を抱える。

 確かに魔王になることになってはいるが、それは今この国に迫っている危機を乗り切ることが出来たらの話だ。正直大半のものが魔王として認めてはいないだろうし、たかだかぶつかった程度で土下座されるほど謝られるのも対応に困る。

 視線でノワールに助けを求めてみたものの、彼女は自分でどうにかしろと言わんばかりの反応をするだけだった。

 まあ当然と言えば当然じゃ。ノワールは長年この国に仕えていることもあって、皇女であるリーゼにも畏まらずに接するが、職務的に言えばメイド長みたいなものだろう。

 それだけにこの場で彼女ができるのはトルチェを叱るか、一緒に謝ることだけ。トルチェを責めないように穏便に済ませるには俺がひとりでどうにかするしかない。


「えっと、確かトルチェさんだっけ」

「は、はい!」

「その、とりあえず顔を上げてくれないかな?」


 暗に土下座するのをやめてほしいと暗に言いたかったのだが、トルチェは言葉どおりに受け取ってしまったらしく、こちらの顔色を窺うように少しだけ顔を上げた。

 これからのことを色々と考えているのか、トルチェは今にも泣きそうな顔をしている。

 こういうときの対応に慣れていない俺は正直どうしたら正解なのか分からない。しかし、いつまでも黙っていてはトルチェをより不安にさせてしまうだけだ。

 そう思った俺は、前に星也がやっていたように行動してみることにした。彼の場合、フラグを乱立させていたため思うところがないわけではないが、まあそれは彼だから起こっていたことだと割り切ることにした。


「……別に怒ってないからさ」


 しゃがみこんでトルチェの目元に溜まっていた涙を拭う。

 星也はこのあと頭を撫でたりしていた気がするが、小さな子供相手ならまだしも彼女ほどの年代の女性をあまり触るのは躊躇われた。なので俺は、立ってもらおうと手を差し出すだけにした。

 手を取ってくれなかったらどうするか、と考えたりもしたが……幸いなことにトルチェはゆっくりだがこちらの手を取ってくれた。

 力を入れて握るとトルチェの手から震えが伝わってきた。もう少し優しく握るべきだったかと反省しつつ彼女を立たせる。


「確認だけど怪我はないんだよな?」

「は、はい……魔王さまは?」

「ああ大丈夫。さすがにあれくらいで怪我したりしないさ……その魔王って呼ぶのはやめてくれるか?」

「え……ですけど」

「まだ正式に魔王になったってわけじゃないし……正直に言うと、魔王って呼ばれるのは恥ずかしい」


 俺のことを魔王と呼ぶノワールに視線を向けてみた……が、彼女は視線を逸らすこともなくじっと俺と視線を合わせるだけだった。

 ノワールの瞳に宿る意思から察するに、どうやらこちらの考えは理解してくれているようだ。だが理解してなお魔王と呼ぼうしているように見えるだけに質が悪い。


「えっと……では、シンク様でよろしいでしょうか?」


 できれば様付けもやめてほしいが、それは互いの立場上無理な話ということは俺にも分かる。


「ああ。……そういえば急いでたよな。もういいから仕事に戻りなよ」

「で、ですけど」

「本当に怒ってないから。まあしいて言うとするなら、走るなとは言わないけど角とかは気をつけてな」

「は、はい! その、本当にすみませんでした!」


 また謝ってきたものの、先ほどまでと違ってトルチェの顔に明るく笑顔だ。彼女は「失礼します」と元気に言うとこの場を走って去り始める。……が、数メートル進むと躓いて転んでしまった。

 体全体を打ち付けるような転び方だったので心配になった俺は駆け寄ろうとするが、その前に上体を起こしたトルチェが苦笑いしながらこちらを向いた。その反応を見る限り怪我はしていないようだ。

 胸を撫で下ろした直後、トルチェが立ち上がって再度走り始めた。また転ぶのではないかと思ったが、視界から消えるまで問題なく走って行った。


「君もなかなか罪作りな男だな」

「……口を開いたかと思えば急に何だ?」


 その言い方だとまるで俺が、あのバカのようにフラグを立てたみたいじゃないか。


「まあ気にするな。子供の戯言だ」

「気になる言い方をしておいてそれか。それに子供なのは見た目だけだろ」

「君はなかなか度胸があるな。わたしに見た目や年齢のことをさらりと言える奴はそういないぞ」


 ノワールは対等な立場で会話できるのが嬉しいのか笑っているが、俺は別に嬉しくも何ともなかった。


「そういえばわたしを探していたようだが何か用か?」

「あぁ……実は近いうちにリベルタ軍にこっちから仕掛けることになった」

「ふむ……まあ状況的に妥当だろう。わたしを訪ねてきたのは、戦に力を貸してほしい頼んでほしいとあいつらに言われたからか?」


 ノワールの言葉に疑問を抱いたが、ラヴィーネの言っていた《あの方》という人物が彼女ならば説明がつく。


「そうじゃないが……ラヴィーネが本当に危なくなったら誰かが助けてくれる、みたいに言っていたんだが、それってノワールだったりするか?」

「ん……まあそうだろうな。といっても、今のわたしは彼女よりも弱いし、何より助けるつもりはないがな」


 ノワールの表情に偽りめいたものはない。

 ラヴィーネの言い方から予想するに、ノワールの力量はラヴィーネのよりも上のように思えた。しかし、ノワールの言い分は真逆。いったいどちらが正しいのだろうか。いやそれ以前に……


「助けるつもりがないってのは本当か?」

「ああ」

「どうして?」

「……君には話しておくか」


 声のトーンが少し変わり、真剣みを帯びたノワールの顔を見た俺は息を呑んだ。


「わたしは自分自身に封印を掛けている。そのため本来の力は発揮できない」


 つまり、先ほどの《今のわたし》が指しているのは封印状態にあるノワールのことか。そういうことならば、ラヴィーネの言葉と真逆だった説明がつく。


「自分自身にってことはいつでも解除もできるんじゃないのか?」

「まあ……いつでもできるとも言えないことはない。が、わたしひとりでは無理だ」

「どういうことだ?」

「わたしが施している封印は持続的に魔力を消費する。そのため封印を解除するための魔力を確保できないんだ」


 魔力を常に消費しているという事実に心配になるが、近年始まったことではないはずなので余計な心配だろう。

 ――封印を解除するための魔力はない……なのにいつでも解除できないことはないんだよな。言っていることが矛盾して……待てよ。もしかすると……


「封印を解除するためには誰かの血を吸ったりする必要があるのか?」

「ほぅ……察しがいいな。そうだ、私達吸血鬼は魔力を持つ者から吸血することで自身の魔力を回復させることができる」

「吸血されると何か影響はあるのか?」

「それは吸血する側の意思次第だな」


 ノワールが言うには、吸うの血の量によっては貧血や魔力の枯渇で命の危険があるらしい。また吸血鬼は吸う相手を自分の眷属に変えることができるとのこと。だがたまに吸血する側の意思とは関係なく眷属になってしまう場合もあるそうだ。これは力のセーブがきちんとできない若年の吸血鬼に多いらしい。

 眷属になった者はそれまでよりも優れた身体能力を得たりできる反面、吸血鬼と同様に吸血衝動に駆られるそうだ。それが元で過去に傷害事件も数多く起きているらしい。


「他にも吸血される側は快感を覚えるそうだ。私は吸われたことがないからどの程度かは分からんがな」

「……ノワールの封印を解くにはどれくらいの血を吸う必要があるんだ?」

「……まさか君は、わたしに血を提供をするつもりか?」

「ああ」


 魔剣に気に入られている俺ならば魔力がないということはないはず。デメリットは色々とあるが、俺よりも本来の力を取り戻したノワールがいたほうがこの国に迫っている危機を乗り越えられる。長年生きているノワールならば、眷属にしてしまうような失敗もしないだろう。

 まあ必要な魔力によっては命を落としてしまう可能性があるが、元々アスラに救われた命だ。軽々しく命を捨てることは許されないとは思うが、真にこの国が危機なとき俺の命ひとつで救えるのならば差し出すべきだろう。小を犠牲に大を救わなければならない状況はあるはずなのだから。


「…………君ほどの魔力がある者ならば、少量吸うだけで必要な魔力は確保できるだろう」

「なら」

「だが先ほども言ったはずだ。わたしは助けるつもりはない」

「……この国に敵が攻め込むようなことがあってもか?」

「ああ。……ただ断っておくが、この国が滅びたりすることに思うところがないわけではないぞ。長年仕えた国だけあって思い出も多いからな。ただ、リベルタ程度の国に負けるようではどちらにせよこの国に未来はない」


 ルシフェルという国が出来た頃から今まで生きているノワールの言葉には重みが感じられた。

 俺ではこれ以上は何も言えないそうにない、と思った矢先、ノワールは場を和ませようとして小さく笑った。


「まあそれ以上にあいつとの約束があるからな」

「あいつ? ……初代魔王のことか?」

「ああ。内容は大したものではないが、片思いにせよ愛した男との約束だからな。わたしにとっては大切なものだ」


 あまりにさらりと言われたので流しそうになったが、俺は割りととんでもないことを言われてしまったのではないだろうか。


「だがあいつはもういない。……シンク、わたしの力を意のままに使いたいのならばわたしを惚れさせてみろ」

「……は?」

「わたしは自分で言うのもなんだが尽くす女だからな。惚れた男のためならば、戦いだろうと子守だろうと何でもするぞ」


 弾んだ声で冗談めいたことを言うノワールに俺はどう返事をしたらいいのか分からなかった。

 仮にノワールを惚れさせたとしても、今の俺は自分を好いてくれている女性を道具のように扱うことはできない。戦場に送るのは無理だと思ったからだ。それに


「ノワールに惚れられても……大抵の人間は対応に困るよな」

「む……君は今のわたししか知らないからそんなことを言えるのだぞ。いいだろう、あれこれ言ったついでだ。本来の姿を見せてやろう」


 ノワールの口が閉ざされたのと同時に、彼女の体を闇のようなものが包んだ。その闇が肥大して拡散したかと思うと、すらりとした大人の女性が現れる。

 突然のことに戸惑ったものの先ほどまで一緒に居たのはノワールであり、彼女が吸血鬼であることを知っているため、目の前にいる女性がノワールだということは理解できる。

 しかし、それが理解出来ていても俺は今のノワールに対して背中を向けてしまった。


「ん、どうしたのだ?」


 どうしたもこうしたも……今の自分の恰好を見れば分かるだろう。子供用のメイド服を発育の良い大人が無理やり着ているようなもんだぞ。

 そう内心で呟いた直後、ノワールは何かを理解したような声を漏らす。

 それに安堵したのをつかの間、気が付けば俺はノワールに抱き締められていた。言うまでもなく背中には大きくて柔らかいものが当たっているわけで、反射的に俺は彼女を振りほどく。


「なっ……何するんだ!?」

「っと……ふふ、君は意外と初心だな」

「ぅ……いいからさっさと元に戻ってくれ」

「どうしてだ? 私は窮屈ではあるが、君にとっては眼福だろうに」


 などと言っているが、ノワールの目は笑っている。

 つまり俺が目のやり場に困っていると分かっているにも関わらず、あえてそのような言葉を口にしているということだ。この吸血鬼は年甲斐もなく茶目っ気がある過ぎる気がする。


「頼むから戻るか着替えてくれ」

「時には欲望に素直になるべきだと思うがな……まあ可愛い反応が見れなくなるのも嫌だからこのへんにしておこう」


 そう言っておきながらまたからかうつもりではないかと思った俺は、ノワールの声が下のほうから聞こえるまで振り返らないことにした。


「これでいいのだろう?」

「……少しよれよれになってるな」

「気にするな。予備は何着もある……すっかり逸れてしまったが、わたしへの話はこちらから仕掛けるというものだけか?」

「いや、正直に言えばそこまで前ぶりに過ぎなかったな。1番言いたかったのは、俺も戦いに出ることになったから魔剣の扱い方を教えてほしいってことだ」


 素直に言ってみたもののノワールは自分達でどうにかしろと思っているようだし、教えてもらえないかもしれない。そうなったならば、一度会議室に戻ってどうすればいいか聞くしかないな。


「……ド素人のくせに戦場に出るのか」

「ああ。そうしないと魔王として認められないだろうしな」

「いやまあそうだろうが……今の言い方から自分から言ったのか?」

「そうだが?」


 自分から戦場に立つと言うのがおかしいのだろうか、と思ったが、少し前の自分と比べればおかしいで済むレベルではない。率直に言って狂っていると言えるだろう。

 もしも生徒会の誰かが傍にいてならば、確実に止められているに違いない。いや、誰かがいたならば少し前の自分で居られた可能性もある。

 だがこのようなことを考えても現実は変わりはしないし、俺は今ある状況に向かい合い続けなければならない。


「何かおかしいのか?」

「別におかしくはないし、君の言うことは最もなのだが……たった数日努力したところで成果は目に見えている。死なない保証なんてないのだぞ。君は死ぬのが怖くないのか?」

「それは怖いさ……だがアスラが守ってくれたから俺は今ここには居るんだ」


 ここで逃げてしまっては、アスラの死が無駄だと言われてしまうだろう。

 そうなれば俺だけでなくリーゼも傷つくはずだ。彼女のことを頼まれた身としては傷つけるような真似はしたくない。


「アスラの分まで俺はこの国と……リーゼを守る義務がある。自分の命ほしさに課せられた責任から逃げるような真似をするつもりはない」

「……覚悟が決まっているのならばこれ以上は何も言うまい。時間的にかなり手荒くなるとは思うが、それでも構わんのだな?」

「力になってくれるのか?」

「当然だろう。わたしは君の世話係なのだから」


 普通の世話係は武術の類までは見ないんじゃないのか、と思いもしたが、空気が読めないわけでもないため、素直に感謝の言葉を口にすることにした。


「すまない、恩に着る」

「気にするな。それじゃあ、わたしは準備をしてくるから……そういえば君は自分の使っている部屋くらいしか知らなかったな。よし、訓練のついでに少しではあるが城内の案内もしてやろう」

「それはありがたいが……必要ない案内や行動はいらないからな」

「分かっているさ。君に死なれるのは困るからな。時間が許す限り徹底的に扱いてやろう」

「ああ、よろしく頼む」



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