第8話 「ルシフェルの将達」

 リーゼに連れられてやってきたのは、会議室と思わしき一室。

 部屋の中には大きな円卓が存在し数人の男女が待機していた。周囲の視線を浴びながら、俺はリーゼと共に空席となっている上座に当たる位置へと移動する。


「皆さん、お待たせしてすみません」

「いえ、お気になさらず」


 淡々と返事をしたのは、感情があまり顔に出ていない銀髪の女性。この国の将軍のひとりと思われるラヴィーネだ。彼女と視線が重なるが、リーゼの隣に立っていたためにこちらの存在を確認する一瞬の出来事だった。

 ――正直……この人が何を考えているのかあまり読めないな。

 ラヴィーネは昨日から俺に対して何か言おうとする素振りは見せていない。淡々と目の前に迫った危機に対応しているだけだ。

 彼女は他人にほとんど興味を持たず、ただ職務をこなす人間なのだろうか……と思いもするが、確か彼女はアスラのことを呼び捨てにしていたはず。

 そこから考えると、二人は親しい間柄だったと思われる。普通に考えれば、アスラが死んでしまったことに思うところがないはずはないと思うのだが……。


「シンク……とか言ったな。何か私に言いたいことでもあるのか?」

「いや、別に……」

「……まあいい」


 おそらくわざとやっているわけではないのだろうが、ラヴィーネの言動には冷たさを感じてしまう。

 もしもここが学校で俺と彼女の関係が副会長と一般生徒だったならば、特に気にしたりはしなかっただろう。

 だが実際は魔剣の継承者になってしまったこともあって魔王になることになった男と、これまで国に尽くしてきた兵という関係だ。俺が魔王になる経緯が敬意だけに気まずさを感じないはずがない。

 場に微妙な空気が流れ始めたが、すぐさま口を開く者がいた。言うまでもなく、現状での最高責任者であるリーゼだ。


「危機が迫っている今時間を無駄にするわけにもいきません。簡単な紹介の後、さっそく会議に入りましょう。まずはラヴィーネから」

「私ですか?」

「はい……ダメでしたか?」

「いえ、別に構いませんが」


 表情から考えを読み取るのが難しいので昨日からの出来事を含めての予想になるが、ラヴィーネは「私はすでに自己紹介を済ませているはずだが……」とでも思っているのではないだろうか。

 まあ彼女には悪いが、俺はほとんど何を言われたのか覚えていないので好都合だ。


「ラヴィーネ・ハーゲルだ」

「……終わりですか?」

「現状は名前さえ分かっていれば問題ないでしょう。それに、よく知りもしない男にあれこれと言うつもりはありません」


 きっぱりと言い切ったラヴィーネにリーゼもそれ以上言えなかったようで、俺に彼女は将軍のひとりという補足だけして次に進むことにした。


「じゃあ次はアタシがするね」


 手を上げながら元気に発声したのは、頭の上のほうに獣のような耳がある少女。おそらく獣人と呼ばれる種族だろう。

 見たところ俺の世界で言うところのライオンなのかトラなのかまでは分からないが、彼女は猫科に分類される獣が混じっていたそうだ。

 もしかすると兵達の中にいたかもしれないが、鎧を纏っていたりしたのでよく分からなかった。そのため間近で見るのは今日が初めてになる。

 とはいえ、魔国がどのような国なのかは聞いていた。それにノワールという吸血鬼にもすでに会っているのでさほど驚きはしない。


「アタシはアルディナ。よろしくね王さま!」

「アルディナ、奴はまだ魔王候補であって魔王ではない」

「聞いた話じゃ紋章まで刻まれてるんだよね。そこまでの継承者はいないんだし、もう王さまに決まったようなものじゃん。ラヴィーネは固いねぇ」

「まだ決まっていないのだから王ではないだろう。それに私が固いのではなくお前が緩すぎるのだ」

「む、その言い方はまるでアタシがバカだって聞こえる」

「何を言っている? 実際にお前はバカだろう」

「な……!?」


 鋭い言葉にアルディナという少女は怯む……ことはなく、毛を逆立てながら噛み付いた。

 誤解がないように言っておくが、肉体的な意味で噛み付いたわけではない。


「バカって言ったほうがバカなんだぞ!」

「バカは皆そう言うものだ」

「またバカって言った。そんな性格してる無愛想な氷女だからラヴィーネは男がいないんだぞ!」

「……表に出ろバカ獣人」


 危機感のないやりとりと思いきや、まさかの一触即発の事態に別の危機感を覚えてしまった。

 こんなに纏まりがない状態でこの国は大丈夫なのだろうか。そんな風に思っていると、柔かなアルトボイスがこの場に響いた。


「お二人とも今はそのようなことをしている時ではないでしょう。それに姫様の前です」

「ぐ……」

「うぅ……今日のこと忘れないからな」

「それはこちらのセリフだ」

「……やれやれ」


 嘆息したのは人物は同い年くらいの薄い青髪の少年。少年と言ったものの、背丈に関しては問題ないが顔立ちや華奢な身体つき、声の高さを考えると男装をしている少女のようにも見える。

 性別について疑問を抱いていると、こちらの視線に気が付いたのか視線が重なった。彼(彼女)は姿勢を正してから口を開いた。


「はじめましてシンク様。わたくしはシャルナ・ハルーシャと言います。以後お見知りおきを」

「ああ、よろしく……」

「……どうかされましたか?」

「いや……綺麗な顔してるなって思って」

「え……ありがとうございます」


 シャルナは笑ってくれてはいるが、俺はとんでもないことをやってしまったのではないだろうか。

 もしもシャルナの性別が男だった場合、俺は男を口説いたように周囲から見える可能性がある。その手の誤解だけはされたくない。


「困ったことがございましたら何でもご相談ください。持てる知恵を全て使いまして対応に当たらせて頂きます」

「ありがとう。そのときは頼む」

「はい」


 話してみた感じとしてはかなり好感が持てる。

 だが、言動から察するにシャルナは参謀的な立ち位置にいる人物だろう。あの笑顔の裏で何を考えているのかは不明だ。

 ただ……ある意味ではラヴィーネよりも気味が悪いな。

 アルディアは、言い方は悪いが頭が弱いようだから裏切りといった可能性はなさそうだが、兵の裏切りがあったことを考えると気を抜いていられる時間はなさそうだ。


「これで全員終わりましたけど、シンクからも何か言っておきますか?」

「名前とかここまでの経緯とかは全員知ってるのか?」

「はい、知っていると思います」

「だったら特にない」


 この国に危機が迫っているのは多方面で素人の俺だって分かる。個人的な好みの話などは危機が去った後に知りたいと思った相手だけに話せばいいはずだ。

 ……ふと思ったが、主要のメンツはこれで全員なのか?

 ルシフェルが小国という話は聞いている。だから将軍の数などが少ないのは分かる……しかし、この場にいるメンツは見た目からの推測になるが全員若い。

 最も年上だと思われるラヴィーネでさえも20歳前後だろう。いくら小国と言えど、国に大きく関わる人間すべてが若手というのはおかしくないだろうか。


「なあリーゼ、確認なんだが会議に参加するのはこれで全員なのか?」

「そうなりますね。私の両親が生きていた頃やお爺様が王を務めていた頃はまだ多くの家臣が居たのですが、今日に至るまでの戦いで命を落としてしまったり、仕える価値がないと思われてしまったようで……」


 リーゼは苦笑いを浮かべながら「でも仕方がありません。私のような未熟者が国の頂点では……」と続けた。

 疑問は解消されたものの、リーゼには悪いことをしてしまった。

 とはいえ、謝ってもリーゼは事実だから気にするなといった言葉を口にするだけだろう。それに俺が今すべきことは、少しでも会議を有意義にして危機を乗り越えることだ。余計なことは言葉にしないでおこう。


「確かに姫様は未熟者です」

「――っ、ラヴィーネ様!」

「ですが、少なくともこの場にいる者は全て姫様に仕えたいと思っております。それに私達も姫様と同じようにまだまだ未熟者です。故に助け合わなければ今迫っている危機を乗り越えることはできないでしょう。ですから、あまり自分を責めるような真似はお止めください」


 声色はいつもどおりではあるが、少なくともラヴィーネがリーゼのことを大切に思っていることは伝わってくる。シャルナの怒りが収まっているのが良い証拠だろう。

 余談になるが、アルディナはあまり興味がなかったのか左右に揺れながら話が進むのを待っているだけだった。


「ラヴィーネ、ありがとうございます」

「いえ……失礼なことを言ってしまってすみませんでした」

「気にしていませんよ。……さて、気を取り直して会議を始めることにしましょう。シャルナ」


 リーゼに呼ばれたシャルナは小さく頷くと、用意していた地図を卓上に広げた。図面を見た限り世界地図というわけでなく、ルシフェル周辺を拡大したもののようだ。

 ただ……正直に言ってしまうと、それ以外のことはさっぱり分からない。

 使っている言語は同じなのか、何かしらの力が働いているのか会話は成立している。けれど使っている文字は俺の知らないもののようだ。地図には国名は書いてあるみたいだが全く読めない。こんな状態で会議に参加できるのだろうか?


「シンク、どうかしましたか?」

「……住んでたところと字が違うから読めない」

「あ……すみません」


 配慮が足りなかったといった顔をするリーゼだが、会話が成立していたのだから仕方がないことだろう。それにこの世界に来てしまったことに彼女は何も関与していない。責めたりするのは間違っている。


「リーゼが謝ることじゃない」

「そうです姫様。それに素人にしか見えないこいつには、元々期待していませんでしたので何ら問題ありません」

「ラヴィーネ様、先ほど助け合うって言ってたじゃありませんか……」

「でも魔剣に紋章まで刻まれたからって無茶な要求するよりはマシなんじゃないの?」

「それは……そうですが。もう少しシンク様の気持ちをですね……」

「俺の気持ちなんて別にいい」


 自分がこの場にいる人間と比べたら、自分が無力な存在だということは分かっているつもりだ。そこを指摘されたからといって文句を言うつもりはない。


「時間を浪費するわけにもいかないだろうし、会議を進めてくれ」

「……分かりました。では続きを……ここがルシフェル、そしてこちらが現状の敵である隣国リベルダです」


 シャルナは俺に気を遣ってくれたのか、場所を示しながら進行してくれた。これならば字が読めなくても国の位置関係などは理解できる。

 彼なのか彼女なのかは不明ではあるが、この場にいるメンツの中ではリーゼの次くらいに良い人間かもしれない。まあ信頼が気づけていない今信用しすぎるのは危険だろうが。


「現在ある情報だと……リベルタ軍はルシフェル東部にある平原に陣を構えているそうです」

「見晴らしの良い場所に陣を構えるなんて余裕だね」

「いや、国の規模は大差がないにしても兵の数はあちらが上だ。それに位置的に我らはこれといった奇襲を掛けることはできない」

「そうですね。正面からぶつかって勝つしかないでしょう……それも早急に」

「うんうん、さっさと終わらせて遊びたいもんね」


 そう無邪気な顔で言うアルディナにシャルナは何も言わなかったが頭を抱えた。早急に打破しなければならない理由は、素人の俺でもいくつか思い浮かぶ。

 まず若輩者のリーゼには頼れる相手がいないとまでは言えないが少ないだろう。現状で助けを求めていないとなると、兵力の増強は望めない。

 加えて……リベルタは確か聖国に隣接しているとリーゼが言っていた。

 リベルタと聖国が協力関係にあるのならば、敵の兵力は時間が経つにつれて増すことになる。そうなればルシフェルが勝つ可能性は低くなる一方だ。


「……こいつの能天気さには最早溜息しか出んな」

「またアタシのことバカにしてない?」

「安心しろ、お前はバカにするのもバカらしく思えてくるほどのバカだ。もうバカにはしない」

「そっか……って、バカにしてるじゃん!」

「……おふたりとも、いい加減にしないと怒りますよ」


 顔は笑っているが、発せられている空気には怒りが満ちている。

 優しそうな人間ほど怒ったら怖いと聞いたことがあるが、シャルナを見ると確かにそうだと思わざるを得ない。


「とにかく話を進めますよ。第1陣と呼べるこの勢力を後退させないことにはこの国の未来は絶望的です。ですからラヴィーネ様とアルディナ様には出来る限り早く準備を済ませて打って出てもらいたいのですが?」

「うん、いいよ」

「我らが国を空けて大丈夫か?」

「守って勝てる状況でもありませんし、今のルシフェルは強国というわけでもありません。周辺諸国との関係も悪くはありませんので攻め込まれる可能性は低いでしょう。今はリベルタだけに集中してよいかと」

「……そうだな。それにそのような事態になればあの方も動いてくれるだろう」


 あの方というのが誰かのか気になったものの、心当たりがないわけでもなかった。加えて、ラヴィーネ達が動き始めようとしたため、俺は自分の考えを言うのを優先することにした。


「ちょっといいか」

「何でしょう?」

「出来れば俺も戦場に出たいんだが」


 俺の問いにこの場に居るメンツは静止した。

 しかし、それは一瞬のことであり、すぐに隣から声が掛かる。


「シンク、あなたは何を言っているのか分かっているのですか?」

「それは分かっているさ」

「でしたら……!」

「リーゼ」


 俺は少し強めの声で言葉を遮り、彼女を真っ直ぐに見つめる。


「君やこの場にいるラヴィーネ達は俺のことを魔王として認めてくれているかもしれない。だが、この国の人達は違うだろう」

「それは……」

「俺のように信頼もなければ実績もない男が、魔王として認められるためには行動するしかないんだ」


 戦場で出れば死んでしまうかもしれない。それに対しての恐怖はある。

 しかし、アスラの代わりに魔王としてやっていくならば国の人々から認められなければならない。ノワールから生き続けてくれと言われたが、俺を守るような形で戦って勝利しても民や兵には不安が残るだろう。今回ばかりは自分から危険に飛び込むしかないはずだ。


「……シャルナ、ダメか?」

「いえ、正直に申し上げれば提案しようか迷っていました。ですのでシンク様が覚悟を決めているのでしたら異論はありません。ラヴィーネ様達はどうでしょうか?」

「いいんじゃない。アタシとしても安全なところでグダグダ言う王様よりは戦場で戦う王様のほうが好きだし、守りたいって思うもん」

「どうせどこにいても大差がない男だ。城だろうと戦場だろうとそれは変わらないだろう。まあ魔剣の力を使えるならば、戦場にいたほうがマシか」


 どうやら3人からは了承を得ることが出来たようだ。残るは……


「リーゼ」

「……分かりました。あなたの気持ちを尊重します」

「ありがとう」

「いえ……魔王になってほしいと頼んだのは私ですから。けれど無茶はしないでくださいね」

「善処するよ」


 これを最後に俺は部屋から出ることになった。

 理由は素人の俺は付け焼刃でもいいから少しでも生き残る術と魔剣の力を使えるようになれ、とのことでノワールを尋ねろと言われたからだ。具体的な作戦を聞いたところで力になれないであろう俺は、大人しく指示に従ったのだ。



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