第7話 「メイドの願い」

「剣帯はどうする?」

「付けるんじゃないのか?」

「そっちじゃない。剣は背中と腰、どっちに付けるんだと聞いているんだ」


 だったら最初からそう言ってくれ。俺は剣なんか身に付けたことなんてないんだから。

 と、内心でノワールに文句を言いつつ、背中にするか腰にするか考える。

 アスラは腰につけていたが、あの魔剣達の重さを考えると背負った方がいいのではないかと思う。

 しかし、あれを背負って生活すると考えると、下半身だけでなく上半身にもきそうだ。それならば腰に付けていたほうが負荷のかかる部分は減るのでは……。


「……腰で」

「そうか」


 何か言われるのではないかと思ったが、ノワールは淡々とした返事をすると慣れた手つきで剣帯を付け始める。

 角度によっては誤解を招かれない構図なのでは……

 そう思ったがすぐに頭の中から消し去ることにした。

 まずナハトを手に取って左腰に付けると、ずしりとした重さが体にかかる。これ1本だけでも、身に着けて1日過ごせば筋肉痛になりそうだ。だからといってイグニスを放置するわけにもいかないため、空いている右腰に付ける。

 体にかかる負荷は増したものの二振りの重さがほぼ同じということもあってか、一本だけ身に付けているときよりバランスは良く感じた。

 意識を剣達からノワールに移すと、何やらこちらを凝視していた。

 用意されたものを身に着けただけだが、おかしなところでもあるのだろうかと思って見てみる。

 ……ところどころ装飾はされているけど、ベースは黒ずくめ。それに剣を身に着けている状態なんだから……もはやあっちの世界でならコスプレとしか言われないよな。

 ここではそうは思われないだろうが、感覚の違う俺からすると正直恥ずかしい格好だ。剣は実戦で使えるため恐怖心もある。

 人は慣れる生き物だというが、この格好に慣れるのはいつの日になるだろうか。


「……似合ってないよな?」

「ん、あぁいやそんなことはない。むしろ似合いすぎてるくらいだ。本当にお前は初代魔王に似ている……もしかして血縁者か?」

「それはないと思うが……前に住んでた場所とは世界が違い過ぎるし、先祖に凄い人がいたってのも聞いたことがないから」

「そうか……まあ君は召喚に巻き込まれて来たと聞いているしそうなのだろう。ただ……まだ生まれ変わりという可能性はあるぞ」

「それは否定できない可能性だが、今の俺にその人に関する記憶はない。でも……その人くらいの魔王になれたら、とは思うよ」


 初代は歴代最強と謳われ、ルシフェルという国を作った人物とされている。

 今の俺と比べれば天と地ほどの差だ。彼と同じ場所に立つためには、血反吐を吐くような苦労……もしかすると一度の人生だけでは足りない苦労が必要なのかもしれない。

 だがそれでも俺は、どんなに傷ついても生きている限り歩み続けなければならない。それが俺の戦いであり、償いなのだから。


「……君ならなれるかもな。……何だその顔は?」

「いや……何を根拠に言ってるんだろうと思って。正直に言うけど、俺は剣も扱えないし魔法だって使えない。ただ魔剣から気に入られただけの子供に過ぎないんだが」

「ふ……歴代最強などと言われているが、あいつが本当に強かったのは剣や魔力じゃない。騒乱の世でも他を思いやることが出来た心だ」


 ノワールが言うには、初代魔王が生きていた時代はまだ《魔国》というものは存在しておらず、種族による差別や争いは今の比ではなかったらしい。

 そんな時代にも関わらず、初代魔王は他種族だろうと差別しない人間だったそうだ。彼は皆が平和に暮らせる場所を作るために戦い、それがいつしか魔国という形になっていたらしい。

 人間達からは軽蔑され、他種族からも敵視される。

 初代魔王の戦いは、孤独のスタートだったとしか思えない。

 しかし、それにも負けず自分の信念を貫いて魔国というものを造り上げた彼は、力と想いを併せ持っていたのだろう。

 彼のような人間の持つ強さこそが《本当の強さ》と呼ばれるものなのかもしれない。


「君はあいつに近い心を持っている。歩み方次第では、あいつのようになるだろう」

「何を根拠に言ってるんだか」

「それは……そうだな、まず第一にわたしが吸血鬼だと分かっても普通に話していることだ。君は吸血鬼、いや他種族と話すとは今日が初めてだろう?」


 疑問系ではあるが、ノワールの瞳には確信めいたものが見える。


「……よく分かったな」

「伊達に長生きはしてないさ」


 簡潔に終わらせたが、おそらく長年の経験から表情から心を読み取ったりできるのだろう。

 元いた場所ならば、ノワールは国宝扱いされるのではないだろうか。

 まあこの国でも皇女にタメ口を許されているあたり、ある意味国宝扱いされていると言えなくもないが。


「……で、何で普通に話せることが理由になるんだ? この国には大勢いるだろう?」

「確かに。魔国は多種族の国々からなる領土の総称だ。それ故に魔国内であれば種族が違っても話せる者はたくさんいる。……だが、君のように幼い頃から他種族に触れ合ってこなかったのに短時間で話せるようになる者は極めて稀だ」


 人間は他種族と比べれば優れた身体能力もなければ、特別な力も有していない。それが元で他のものを妬んだり恐怖する。だから俺のような者は珍しいと言いたいのだろう。

 ノワールの言いたいことは分かる。だが人間だけの世界で過ごして俺からすれば、同族の間でも妬みや恐怖が存在することを知っている。

 だから敵意があるならまだしも、見た目だけで差別する理由はない。……いや、俺が他種族に無知だからこう思えるのかもしれない。

 聖国の人間は他種族の恐ろしさを知っているし、教えられているはずだ。だから他種族や他種族と共存する魔国の人間を敵視する。

 対立をなくすためには、聖国……いや両国に所属する全ての国の意識を変えるしかないのだろう。

 だがそれには長い時間は必要になるだろうし、事が進む上で争いは必ず起こるはずだ。

 もしもリーゼがこの道を望んだならば、俺はそれに従う。しかし、俺は俺のままでいられるだろうか……。


「聖国の人間ならば、わたしとまとも話せない。かといって魔国の人間ならば、その年まで他種族と接しないと言うことはまずないだろう。はてさて……君はいったいどこからどうやって、何のために来たのだろうな」

「場所と方法に関しては言葉に出来ても、目的に関しては俺も知りたいところだな。まあ何となく君の言いたいことは分かったよ」

「そうか」

「ただ……あまり過度な期待はしないでもらえると助かる」

「言われなくて分かっているさ。君は君、あいつはあいつだ。君は君らしく進めばいい」


 ノワールの言葉に、少しだけ気持ちが楽になった気がした。どんな内容であれ、弱音を吐けたことが理由だろう。

 リーゼが人前では皇女として振る舞うように、俺もこれからは彼女達の前では魔王として振る舞わなければならない。弱音を吐ける相手がいるというのは、きっと大切なことなのだろう。


「ただ……ひとつだけお願いがある」

「お願い?」

「リーゼのためにも生き続けてくれ」


 一瞬血をくれとでも言われるのかと思ったが、どうやら真面目な話のようだ。俺の思考が切り替わるのとほぼ同時に、ノワールは続けて言った。


「君はこれから戦場に立つことだってあるだろう。無理な願いをしている自覚はある。だが、リーゼは優しい子なんだ。人のためなら自分の心を凍らせることさえ厭わないほどに」


 昨日リーゼに冷たさを感じただけに、ノワールの言っていることが理解できた。

 普段だろうと皇女として振る舞っているときだろうと、表面上はそう変わりはしないように見える。しかし、表情から伝わってくるものが違うのだ。笑顔で例えるならば、普段は太陽だが皇女のときは月といった感じだろうか。


「きっと会談に行ったせいでアスラや兵達を死なせてしまった、と自分を責めているに違いない」

「……ああ。そういう意味合いのことを言ってたよ」

「そうか……ならば尚のこと君には死なないでもらいたい。あの子が弱音を吐ける相手は少ないのだ。アスラが死んだこともあってあの子の心は疲弊している……あっ、別に君を責めるつもりは」

「気にしてないし……アスラは俺を庇って死んだんだ。俺が彼の死に絡んでるのは紛れもない事実。責められても受け入れるさ」

「……だからといって生き急がないでくれよ。君が魔剣達に紋章を刻まれるほどの継承者だったり、初代魔王と同じ特徴を持っていたからこそ、アスラの死には意味があったとリーゼは耐えれているんだ」


 ただの人間だったら今どうなっているか分からない、といったノワールの発言に、俺は恐怖ではなく安堵を覚えた。誰からも非難されたり、本音を言われないというのはかえって俺の心を苦しめていたのだ。


「君まで失えば、聖国全てを滅ぼそうという破滅の道を取ってもおかしくない。あの子にはそういう危うさもある。だから……生き続けてくれ」

「善処はするさ。アスラから……リーゼのことを頼まれたし、彼の分までこの国に貢献することが俺の償いだろうから」


 それを最後に、俺は部屋の外へと歩き始めた。扉に手をかけた瞬間、ふと脳裏にあることが過ぎる。

 ここから1歩出れば、もうただのシンクでは居られない。黒崎真紅ではなく、シンク・ルシフェルとして全力で事に当たらなければ。

 能力のなさやアスラの件で何かしら言われるだろうが……逃げない。魔王として俺は生きるんだ。

 決意を新たにした俺は、手に力を込めて扉を開けた。向こう側に立っていたリーゼが驚いたあとで、一度微笑みかける。だがそれも、まばたきをした次の瞬間には皇女としての顔に変わっていた。


「では……行きましょうか」



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