本が嫌いな図書館の管理人
レイノール斉藤
第1話
「これは、まずいな…」
旅の途中で踏み込んだ森の中で、道に迷ってしまった。しかも雨と霧のおまけ付きだ。まだ真っ昼間だがこのままだと野宿もあり得るか。
そう思いつつキョロキョロと辺りを見回していると、霧の向こうにうっすらと建物が見えた。とりあえずそこに向かうことにする。
近づいて見ると、かなり大きな洋館だった。これがもし個人宅なら文句なく上流階級だろう。ただ、立地的にも別荘というよりは有事の際の隠れ家に見えてしまう。
多少不気味なものを感じつつ、扉を叩いてみると、一人の少女が出迎えてくれた。
十代半ばといったあたりで、修道女のような黒い服、短く揃えた黒髪、黒曜石のような目と白い肌が非常に対照的だ。
「道に迷ってしまって、雨が上がるまで休めないかと思って、大人の人を呼んでもらえないかな?」
「居ません」
「居ない?ああ、出掛けてるのかな?」
「ここには私しか住んでません」
「……」
30人はゆうに暮らせそうな屋敷で一人暮らし?ますます不穏なものを感じるが、それよりも好奇心の方が勝ってしまった。
だが、ここであれこれ詮索して追い出されても困る。そんなことを思っていると、少女は無言で中に入るよう促した。
中に入り、そこに在ったのは本、本、本、見渡す限りの本棚とそこに隙間なく納められた本。
どうやら館全体を本の倉庫として使っているらしかった。住み処というより個人図書館というわけか。
「これは…すごい数の本ですね!一体どんな本があるんですか?」
「さあ?」
思わず口から出た感嘆混じりの問いに対し、返ってきたのは意外過ぎる答えだった。
「……いや、他に誰も居ないならこれらは君の本ですよね?ここにあるのって…」
「私はここの管理をしているだけです。読んだことはありません…私、本が嫌いなんです」
「………」
「………」
「読んでみてもいいですか?」
「どうぞ」
一番近くにあった本を手に取ってみる。タイトルは「サリー・クラウド」…人名か?
×年×月×日×時×分、×州×市で生誕、体重千八百g、性別は女…
そんな件で始まっている、おそらくは昔の著名人の生涯を記した本なのだろう。
だが、サリー・クラウドなどという著名人は少なくとも僕は知らない。
そのまま大雑把に読んでみる。
そして読んでいく内にその内容に絶句した。
「これは……」
サリーという人物が生まれてから死ぬまでを書いたものだろうが、あまりにも細かすぎる。
日々の起きた時間、食べたもの、排泄の時刻まで、本人が日記にすら書かないであろう事まで詳細に書かれているようだ。しかもそれを毎日欠かさず、一日一ページに万を越える文字数で。
しかもどのページにも、何か世の中に多大な功績を残したといった記述は無い。つまりこれは、どこにでも居る普通の女性の行動をただひたすらに記録したもの。なんだこれは?一体誰がこんな物書いたというんだ?
そして何よりも奇妙なのは最後のページに記された内容だった。
【×年×月×日×時×分 死去 死因 心不全 享年 八十一歳】
死んだという記述は良い、予想はできた。問題は日付だ。
何故明日なんだ?
そこで顔を上げると、すぐ目の前に自分の名前を冠した本があった。あり得ない!そこは確かにさっき見た筈だ!なぜさっきは気づかなかった?
(まさか、そんなこと…)
見ない方が良いと頭では分かっているのに、震える手は自身の意思と関係なくその本へ伸びていく。そして僕の指がその本に触れる寸前!
「雨…」
いつの間にか隣に居た少女がこちらを見て呟いた。
「え!?」
「止みましたよ」
悪戯を親に見つかった子供のような挙動をしつつも、窓の方を見ると確かに雨は止んでいた。
「あ…ああ、そうだね、じゃあ…その…お邪魔しました」
頭を下げ、足早に館の入り口へ向かう。そこで背後から声が聞こえた。
「ええ、また、お会いしましょう」
「!!……それは……」
僕が死んだ後に?という問いは結局最後まで口から出ないまま、僕は逃げるように洋館を後にした。
本が嫌いな図書館の管理人 レイノール斉藤 @raynord_saitou
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