第31話 亜里沙・・・

 亜莉沙の憔悴はますます極まっていた。

 昌之の墜落の知らせを聞いてから、もう一か月以上経とうとしていた。

 相変わらず昌之からメッセージの返信は来なかった。

 母が叔母や仲人に問い合わせてみてくれるのだが、実のところ叔母も仲人も、武士沢家とそれほど親しいわけではなく、しつこく聞くことも出来ないとのことだった。

 亜莉沙はほとんど毎日、SNSで昌之にメッセージを送っていた。ある夜など、焦燥のあまり深夜に連続でメッセージを送ってしまったこともある。


 それでも返信は来なかった。

 例の神社への参拝は、今でも毎日やっていてた。朝と晩に大学前にある神社を参拝する。

 賽銭は奮発して、いつも百円入れている。いまだかつてこれほど高額の賽銭を投じたことは無い。

 賽銭が高額ならば、ご利益が高まるというものでも無いのだろうが、それでもそれを期待して、亜莉沙は朝晩百円を投じていた。


 それ以外にも、近場ではあるのだが、他の神社にも行ってみた。 

 飯田橋にある東京大神宮がご利益が大きいと聞いたので、そこにも行ってみた。

 ここは恋愛成就で有名なところで、亜莉沙もかつて一度友人と来たことがある。

 その時からだいぶ時間が後になるが、それでも昌之と出会えたので、ご利益はあったと感じていた。

 そこでまた期待して参拝してみた。


 以前来たときもそうだったが、参拝者はやはり若い女子が多い。

 1人で来ている人や、高校生くらいの数人のグループがキャピキャピしながら手を合わせたりしていて、やはり恋愛成就の神社だと思える。

 その中で、かなり年配の男性が1人で来ていたりする。

 前の参拝の時もそういう人がいて、何を祈ったりしているのだろうかと思ったものだが、海部と出会った後の今では、あるいは亡くなった愛する人の来世の幸せを祈っているのかもしれないと、思ったりする。

 そして亜莉沙は手を合わせながら、自分がそうならないように祈るのである。


 この間、海部とも会うことがあった。


「亜莉沙さん。なんですか。そのやせ方は。」


 海部は亜莉沙のやつれように驚いてそう言ったものだ。

 自分では意識していなかったが、亜莉沙はやつれて痩せてしまつていた。

 その時も、いつものように海部とホテルの一室に入ったものの、海部はあまりの亜莉沙のやつれように驚いたのか、ほとんどセックスらしいことをしようとしなかった。

 むろん亜莉沙も、とてもそんな気持ちになれなかった。

 こんな時、海部は相手に無理強いしようとしない。その程度の思いやりが出来る程度の人生経験は積んでいる海部だった。

 海部はジェントルマンで有難いと、亜莉沙はつくづく思う。


「阿弥陀如来様にお願いしましょうか。」


 そう言って、海部は数珠玉を取り出して読経してくれた。

 読経など全く出来ないが、亜莉沙はその時、両手を合わせて一心に祈った。

 再び昌之を自分に返してくださいと。


 まったく、こんな時は祈る以外に何もできない。

 神仏に祈ることしか出来ない時も、人生にはあるのだと亜莉沙は思い知らされた。 

 一方で、大学の友人達との相変わらずの中身の無い会話は、また別の形で亜莉沙を癒してくれた。

 舞美はあの辻本雄介と順調に交際しているようだった。

 あれ以来、舞美も自分の恋人のことについては、ほとんど話をしないし、亜莉沙も聞くことは無い。会話の端々に出てくる言葉で、それを推察しているにすぎない。


 それから錦織玲子のイメクラのバイトについても、玲子から報告を受けていた。


「ありがとうございました。いいバイトを紹介してもらって。ビジネススクール留学も実現に一歩近づいてきました。

 白薔薇女子大の先輩方には、とりあえずSNSでお礼を言っておきました。こんど会う機会があれば、改めてお礼を言うようにします。」


 玲子はそう亜莉沙と舞美に感謝の言葉を言ったものだ。

 亜莉沙はそれを上の空で聞いていた。玲子は夢に向かって前進している。

 何事も順調そうな、舞美や玲子がうらやましい。

 このところ毎日晴天が続いていて、青すぎる空を見上げながら亜莉沙はそう思っていてた。


 ちなみに、あの川島里奈、山本葉月の2人から詫びを入れられた。


「亜莉沙と舞美に話を振ったわけじゃないのよ。

 玲子は風俗やりたがってたし、私たちはキャバクラまでしかバイトしたことがないの。それで亜莉沙と舞美なら何か知ってるかもしれないって言ったら、あの子が2人に相談したらって言われたと、勝手に思い込んじゃって。」


 川島里奈と山本葉月は、そう言って必死に言い訳した。

 今となってはまあどうでもいいことで、亜莉沙も舞美も特にこのことについては気にしないことにした。

 こうして、これまでと変わらない大学の日常が、亜莉沙に戻って来ていた。日常とはかけ離れていたのは、昌之に関することだけだった。


 そうしていつものように少し早めに大学に登校し、大学前の神社に足を向けた亜莉沙の背後から、男の声がした。


「亜莉沙。」


 ただそれだけの言葉だった。

 振り向くとそこに昌之がいた。

 間違いのない、あの武士沢昌之だった。

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