第26話 フ―ゾクやるならイメクラだよね

赤前沙織とは渋谷のカフェで待ち合わせた。

渋谷の駅から少し歩いたところにあるそのカフェは、亜莉沙も舞美も数回行ったことがある。白薔薇女子大の子たちとダベる時は、よく使っている。

 いつもと違い、会うのが夜ということもありオープンカフェでは無い。とはいえ、今日は天気がよく夜でも気温が下がらない。このまま夜のオープンカフェも良いのではないかと、亜莉沙には感じられるほどだった。

 着いてみると赤前沙織はもう1人の子と待っていた。

亜莉沙たち3人とあわせて5人は、型通りの挨拶を交わした。一緒にいる子を、沙織は同じ大学の同学年の友達だと紹介する。

少しだけお互いの近況報告めいた話をした後、亜莉沙は玲子の件を切り出した。


「この子、うちの大学の後輩なんだけど、バイトしたがってるの。キャバクラか出来れば風俗の。」


「風俗やりたいの? やったことは。」


「もちろん初めてです。」


 玲子は幼い笑顔を浮かべて答える。


「それでね。沙織が前に、白薔薇の子たちにはやってる子が多いって言ってたから、何か情報もらえるかと思って。

 私も舞美も、バイトはキャバクラしかやったこと無いから。」


 沙織は肩肘をついて、その腕で首を撫でながら言った。


「実は私もあんまり知らないの。やったこと無いから。

 確かにうちの大学には、風俗バイトやってる子はたくさんいるよね。女子大だもん。」


 その「やってたこと無い」と言うのは嘘なのはわかる。

 しかしそのことを亜莉沙も舞美も突っ込まなかった。いくら皆やってるからといって、自慢になるような事でもない。伏せておきたいと沙織が思っているのなら、それはそれでいい。


「風俗って言ってもね、いろいろあるの。」


「そうなんですか。風俗に種類があるなんて知りませんでした。

 ソープランドって聞きますけど、どんな所なんですか。」


「ソープはやめたほうがいいよ。」


 沙織の友達という子が口をはさんだ。


「本番ありだよ。」


「本番って。…あの、男の人のものを入れるってことですか。」


「そう、完全にセックスするってこと。」


 玲子は思わず顔をしかめた。


「私、風俗って、その本番が無いんだと思ってました。」


「本番無しも、いろいろあるよ。」


「そういうの知りたいんです。どこに行けばいいんですか。」


「ほとんどの風俗店はホームページで募集してるから、そこにメールか電話するのが一番。

 ただしメールは相手に連絡先が残るから、それを用心したいんなら電話よね。」


 真剣な表情で玲子は聞いている。


「それでどんな風俗がいいの。」


「とにかく、本番が無いのがいいです。それやっちゃうと男性経験人数がすごいことになるし。」


 つまり玲子は男性のおちんちんの挿入が無ければ、セックスしたことにならない、という考え方をしているのだ。この価値観は亜莉沙と同じである。


「ならイメクラだよね。今の時代なら。」


「どんなものなんですか。そのイメクラって。」


「イメージクラブの略。つまり男の要求に従って痴漢とかセクハラとかやらせてあげるわけ。」


 沙織とその友人とで交互に説明してくれた内容だと、そもそもイメクラとはショーのようなものだったらしい。

 閉鎖された部屋に入り、そこで痴漢だのセクハラだのを男にやられてみせる。部屋の周囲はすべてマジックミラーで囲まれていて、客の男たちがマジックミラー越しに見ている。

 このモデルをやるのがイメクラバイトということになるのだが、


「今はそういうの、あんまりやってないの。」


 と沙織は続けて言った。


「どういうことしてるんですか。」


「今はね。直接男の人の前でいろんなことするのが主流ね。」


「直接ですか。」


 玲子は身を乗り出すようにして聞いた。


 この子、本当はセックスが好きなのね。亜莉沙は内心そう思って、ちょっと笑った。

 もともとセックスの嫌いな子は、風俗なんかやらない。どんなに金に困っていてもやらない。キャバクラであっても嫌がるものなのだ。

 キャバクラは、風俗かどうかグレーな部分もあるが、ともかく風俗をやろうと思う子は、どこかセックスが好きでやっているようなところがある。

 いやむしろ、誰ともわからない男とヤルのだから、好きでないと出来ないだろう。

心の奥で女の快楽を求めている。それが彼氏に無料でヤラせるのか、金をもらって他の男たちにも楽しませてあげるのかの違いだけだ。

目の前の玲子もそう考えているわけだ。


「そう。こういうのをショー型と比べて、派遣型イメクラって言ったりするの。

それでね。ショー型のイメクラにやってみたいと言って連絡して、店の人に会ったら、派遣型のほうが稼げるからやってみない、とか言われて勧められるよ。

今はほとんど派遣型になってるし、店もそのほうが利益になるみたい。」


沙織は、自分はやったことが無いと言いながら、やたらとイメクラに詳しい。


「男もそのほうが有難いのよ。

 マジックミラー越しにヤッてるの見ても面白くないじゃない。やっぱり自分でしてみたいとか思うわけ。

 世の中ヘンタイ多いよね。」


「それはそうですよね。女の子もマジックミラーで見られるのは、ちょっと気持ち悪いですもん。」


「今は、ショー型イメクラは派遣型イメクラの入り口だと思った方がいいかも。

 行くと必ずって言っていいくらい、店の人に派遣型を勧められるよ。」


 沙織の友達という子も負けずに詳しくて、しきりに玲子に説明してくれる。


「どんなシステムって言うのか、イメクラのやり方なんですか。」


「女の子は店の待機室で待ってるわけ。たいていの店の待機室はソファが置いてあって、テレビもマンガもあるし、スマホの充電も出来るよ。

 働いている女の子に、少しはサービスしてるのよ。


 それで男の客から指名が入ると、店が教えてくれたホテルに行くの。このホテルもたいてい店と契約しているところで、安心できるところだけ。

 そこへ行くと、男の客が待っていて、そこで男に痴漢とかセクハラとかされるわけ。」


「本番は無いんですよね。」


「イメクラは無し。

 ただし手や口で満足させてあげるってことは、しないといけないよ。オスは出さないと終わらないから。」


「お客さんの男の人って、どういう人が多いんですか。」


「やっぱり年齢高い人が多いよね。」


 沙織の訳知り顔に、その友達も相槌を打つ。


「風俗の客って高齢者ばっかりだよ。高齢化社会だもん。お父さんくらいの年齢層の人が多いけど、おじいちゃんくらいの年齢のお客さんも、それなりに来るよ。」


「そんなに高齢者多いんですか。」


「若い男の子はほとんどいない。お金持ってないもんね。」


そこで亜莉沙がふと口を挟んだ。


「若い男って性欲どうしてるんだろう。」


「AKB48見ながら、家でオナッてんじゃね。」


 沙織の友達が答える。皆納得してふんふんとうなずいている。


 玲子はふと、ちょっと心配げな表情を浮かべた。


「無理やり本番されるってことは無いんですか。」


「全然無いって言っていい。

 もし無理やりされそうになったら店に連絡するの。すぐにスタッフが来てくれるから。ホテルも店と契約してるから、これは緊急事態だってことで、スタッフを部屋に入れてくれるわけ。」


 そこで沙織の友達は、ちょっと言葉を切った。


「それでね。脅かすつもりじゃないんだけど、イメクラや風俗店って、たいていバックにヤクザ屋さんがいるのよ。」


「ヤクザですか…」


「その人たちが、変な客にお灸をすえるわけ。どうするのか知らないけど、まあ殴ったり蹴ったりするんじゃない。」


「ちょっと怖いなぁ。」


「女の子には関係ないよ。店も女の子を怖がらせたらいけないと思うから、ヤクザなんか絶対に見せることが無いようにしてるから。」


 その後も説明は続き、最後に玲子はお勧めのイメクラ店の連絡先まで、沙織とその友達から聞くことが出来た。


 話の後、5人はそこで別れた。

 玲子はおそらく教えてもらった店に行くのだろう。沙織たちから教えてもらったところだから、安心できる店ではあるはずで、玲子にとってはいい会談だったはずであった。

 白薔薇女子大の2人と、玲子ともカフェで別れて、亜莉沙と舞美は並んで渋谷の駅まで歩いた。

 歩きながら、やはりいつものように特に内容の無い会話を交わしていた。

 ふと亜莉沙は聞きたくなって聞いてみた。


「あの税理士さん。その後どう?」


「うん。順調よ。」


 亜莉沙はこの答えに満足した。そしてそれ以上この話はしなかった。

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