第25話 風俗のバイトってどうなんですか?

1年生の錦織玲子がSNSを通じて会いたいと連絡してきていた。亜莉沙と舞美の両方が宛先になっている。

 玲子とは最近ちょっと疎遠になっていた。

 やはり学年が違うということもあり、1年生の玲子は、何かと話題に付いていけない部分があるのだ。

 それにしても亜莉沙と舞美の2人に会いたいとは、何の用事なのだろう。

 それでも亜莉沙はこの連絡が嬉しかった。

 じつのところ、この前の舞美の辻本雄介との恋愛話以来、亜莉沙は舞美を避けるようになってしまっていた。

 そのことは自分でもよくないと思っていて、これを機会に舞美との仲を修復する、いいチャンスだと思える。


 SNSにはその舞美からの連絡がすぐに入ってきて、「どこで会う。亜莉沙は都合いいの?」と聞いていた。

 舞美も亜莉沙との仲を、今までのような関係に戻したいのだ。それを感じて、亜莉沙も嬉しかった。

 さっそく、その日のうちにキャンパス内のカフェで会うことに決まった。

 もっとも授業が終わってからの時間ということで、玲子は最終コマまで授業が入っているのせいで、その後の時間ということになった。


 まだこの時期だと、授業が終わっても日が高い。

 下校する学生たちと、亜莉沙たちのようにカフェで待ち合わせる学生たちで、キャンパスのメインストリートは混雑を始めていた。いくら二十万坪の敷地を誇る修学院大学でも、混むときは混んでしまうのである。

 修学院大学の学内カフェは、学生数一万人程度の中堅規模の大学であっても、この時間帯となると席がほとんど埋まる。

 この日、最終コマまで授業が無い亜莉沙は、座る席を確保しておかないとと思って、早めにカフェに入った。


 それでもカフェはかなりの人で、狙っていたオープンカフェの席と取れず、中のちょっと薄暗い場所の4人テーブルがやっと取れた

だけだった。

 SNSに場所の連絡を入れると、まだ授業中の舞美と玲子から、「すぐにいくよ。」「済みません。授業が終わったら駆けつけます。」

と返事が来た。

 亜莉沙は自分のカフェラテを飲みながら、しばらくスマホをいじったりしながら時間を潰した。

 やがて最終講義が終わる時間になり、キャンパスには校舎から学生たちが吐き出されてきた。

 にわかに人が増えてきた。

 亜莉沙はそのままスマホをいじっていた。


「お疲れ。」


 舞美の声がして、見上げるとお馴染みの顔があった。亜莉沙がよく知っている、舞美の美しい笑顔であった。

 なにかしらほっとして、亜莉沙もいつものように「お疲れ」と返事を返した。それから2人の間に特に内容の無い会話が始まっていた。

 いつもの挨拶、いつもの笑顔、そして今まで通りの会話がそこにあった。

 亜莉沙はそれが嬉しくて舞美と話し込んでいるうちに、かなり時間が経ってしまったようだった。

 それなので錦織玲子がやって来たとき、思いのほか時間が経ってしまっていることに驚いたものだ。


「すみません。呼び出したのに私が遅れてしまって。」


「いいよ。こっちも話をしてたから。」


「ちょっと何か飲み物買ってきますね。」


 玲子はテーブルの椅子の前に荷物を置き、自動販売機でジュースらしいものを買って戻ってきた。

 玲子が遅れた理由だが、今日の最終講義の講師はおじいちゃんで、時間なんかほとんど気にしない。チャイムが鳴っても聞こえていないのか、まったく話を止めようとしない。結局、終わったのが終了するはずだった時間から15分も経っていた。

 玲子によると、そんなことらしかった。

 玲子は東北の地方都市にある公立高校出身だと聞いていた。東京では独り暮らしをしている。両親は公務員らしい。

 自分の出身高校では、修学院大学に入る子は珍しいらしく、学校として自慢できる大学に進学した生徒の名前は、廊下に張りだされるのだそうだが、もちろん自分も大きな文字で名前を書かれたそうだ。


「横断幕でも張られそうな雰囲気でしたよ。」


 そう言って玲子は笑っていた。

 東京暮らしが1年あまりになる玲子は、こうして話しているのを見ると、まだまだ垢抜けていない。

 少し髪を染めているが、それでもなんだか似合っていない。おしゃれの技術が身についていないようで、それが東京生まれの東京育ちである亜莉沙と舞美には、むしろ純朴な印象を与えている。


「ところで話って何?」


 亜莉沙は適当なところで切り出した。

 玲子は少し姿勢を直した。


「私、MBA取るために留学しようと決めたんです。」


「MBA?」


「ほら、経営学修士。海外のビジネススクールなんかで資格取得するのよ。」


 亜莉沙は舞美の方を向いて説明する。


「それで、いろいろ調べたんですけど、スイスのルッツェルンという所にあるビジネススクールに行こうと思うんです。」


「へえ。ビジネススクールならアメリカとかのほうがいいんじゃね。」


「アメリカって高いんですよ。学費が。」


「そうなの。」


 玲子の話では、アメリカのビジネススクールはどこも学費が高く、親に頼ったとしてもとても払える金額ではない。ヨーロッパのビジネススクールはアメリカのそれに比べて学費が安く、なんとかバイトでお金を貯めて行ける。

 スイスのルッツェルンにあるそのビジネススクールは、ホテルのような観光業に特化したビジネススクールで、それなりに実績のあるところらしかった。


「いくらかかるの?」


「2年間で600万円くらい必要です。大学にいる間にそれだけ貯めて、卒業したらそこに入学するつもりでいるんです。」


 決意で目を輝かせながら玲子はそう説明した。

 玲子は真面目な女子大生だと亜莉沙は思う。こうして将来のことをしっかり考えているのだから。


「だから、今からバイト始めないとって思ってるんです。」


「何をやるつもりなの。」


「そうそう。マクドのバイトじゃこれから600万円はきついよ。」


 舞美も亜莉沙に続いてそう言った。


「だから…」


 急に玲子は小声になって、下を向きながら続けた。


「キャバクラか風俗のバイトやろうと思ってるんです。」


「それで私たちを呼んだわけ。」


 舞美の言葉にはちょっと棘があった。


「すみません。亜莉沙さんと舞美さんはキャバクラやってるから、詳しいだろうって…。」


「誰が?」


「里奈さんと葉月さんが。」


 もうあの2人。

 亜莉沙もいささか腹を立てていた。

 キャバクラでバイトしているのは、川島里奈、山本葉月も同じなのだ。それを亜莉沙や舞美の名前を出して、玲子にたきつけてくるなんて。

 もう絶交!

 この2人は舞美とは違う。親友などというレベルの付き合いでは無かった。会わなくなっても特にどうということはない。

 玲子は亜莉沙と舞美が怒っているらしいことを感じたようだ。


「すみません。私…」


 玲子は涙まで溜めている。


「いいのよ。あなたのせいじゃないの。」


 そして亜莉沙と舞美は顔を見合わせた。


「バイトの話に戻りましょ。

 で、どんなバイトしたいの。私たちキャバクラしかやったことないし。」


「キャバクラって給料良くないんですか。」


「悪くはないけど、結構厳しいよ。指名のノルマもあるし、ノルマ達成できなければクビになるよ。」


「そうなんですか。

 …その、もっとハードなバイトはどうなんでしょうか。つまりもろに風俗って感じのところは。」


 これは亜莉沙にも舞美にも答えられない。

 2人のバイト経験はキャバクラだけで、あとは出会い系の援助交際くらいなものだ。あの新宿の出会い系カフェを教えて、援助交際の相手を探すように言ってみようか。


「私たち、キャバクラしかやったことないから、それ以外のことはよく解らないのよね。」


 舞美がそう説明する。


「そうだ。あの白薔薇女子大の子たちに聞いてみようか。あそこの大学の子は、風俗やってる子が多いって言ってたよね。」


 亜莉沙はそのことを思い出した。


「白薔薇女子大の子たちなら、もっといろいろ知ってるかも。」


 スマホを取り出して亜莉沙はSNSを立ち上げ、あの赤前沙織にメッセージを送った。


「今日はバイト無し。今日なら会えるよ。」


 すぐに赤前沙織から、メッセージが返ってきた。


「今日、これから時間ある? 白薔薇の子が会ってくれるって。」


「いいんですか。本当にありがとうございます。」


 玲子は地方出身者特有の素直な性格を表情に出して、何度も頭を下げながら礼を言った。


「じゃあこれから。渋谷だよ。」


 亜莉沙がそう言うと、あとの2人は立ち上がった。

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