第23話 昌之に話していないこと

 亜莉沙には昌之に話していないこともあった。

 キャバクラのバイトのことは最初から話していなかったのだが、これは最近はほとんどやっていない。

 体験入店として、1回きりの単発のバイトで店に行く程度である。

たいした稼ぎにはならないが、体験入店には指名のノルマが無いのはいい。


 さらに亜莉沙は、実はあの僧侶の海部隆一郎ともまだ続いていた。

 だいたい月に1.2回程度、亜莉沙は海部と会っていた。もちろん会う時は必ずホテルに行っている。

 昌之と亜莉沙以外の人からすれば、亜莉沙は昌之を裏切っていると言えなくもないはずだが、亜莉沙にはそういう感覚は全くなかった。

 その一番の理由は、海部隆一郎が全く勃起しないからだった。

 70歳の海部は全然セックスが出来なかった。実は最初にホテルに行った時も、海部は結局挿入しないで終わっていた。

 そうなると海部とのデートは、喫茶店でお茶するのと変わりは無い。喫茶店がラブホテルになり、お茶する時には服を着ているが、ラブホテルでは裸になっている。

 ただそれだけの違いなのだ。

 おちんちんを挿入されなければ、セックスをしたことにはならない。これが亜莉沙の価値観だった。 


 そんなわけで海部と会う時は、挿入という行為は全くしていない。

 それでも海部は亜莉沙が気に入ったようで、SNSは使えないもののメールで亜莉沙に連絡を入れてきて、定期的に茨城県の自分の寺のある町から東京までやってきて、亜莉沙とデートするようになっていた。

さらに海部と続いている理由は、金の払いがいいからでもある。

 海部はデート代として亜莉沙に1回5万円を払っていた。それ以外のホテル代やコンビニエンスストアで買う弁当なども、海部持ちである。

 亜莉沙は自分に5万円を支払う男に出会ったことが無かった。

 舞美ならば5万円でないと絶対に応じないのだが、その舞美に並ぶことが出来たという、妙な満足感もある。


 これまでに、亜莉沙は自分の本名を海部に明かしていた。今では、亜莉沙にとってそれくらい信用できる相手だと思うようになっていた。

 海部は亜莉沙がエリカという偽名を使っていたと知っても、怒ったりするようなことは無かった。


「俗世では、いろいろなことがあるものですからなぁ。」


 僧侶らしく、その時、海部は悟ったようなよく意味のわからないことを言ったものだ。

 2人のデートは、まずコンビニエンスストアで弁当やお菓子を買い込み、そのままラブホテルに入る。

 それからお互い裸になり、シャワーを浴び、食事をしながらいろいろな話をする。だいたいこんな感じだった。

 最初の頃は食事は外でしていたが、なんだか気を使ってしまうし、亜莉沙もホテルで弁当を食べるほうが気が楽で、このほうがいいと思っていた。

 それなのでこのデートのパターンは、亜莉沙から申し出て、そうなったのである。


 海部隆一郎は食事をしながら、自分から話す方が多い。

 老人の愚痴のようなものだが、海部は僧侶という職業のせいか普通の老人に比べて話が面白かった。

 亜莉沙は修学院女子中等科・高等科にいた頃には、学校の方針として老人ホームへのボランティア活動をしていて、その時は老人たちの話し相手になったりしていた。

さらにキャバクラでは、老人と言うには若すぎるかもしれないが60代の客はざらにいたし、海部と同年代の客にもついたことがある。

 その際も、亜莉沙は聞き役に回ることが多かった。


 そんな亜莉沙の経験からしても、海部の話は面白かった。


「亜莉沙さんは、幽霊は信じてますか。」


「幽霊ですか。うーん、信じてるかな。霊魂ってあると思うし。」


「私は全く信じてませんよ。そもそも幽霊なんてものは、釈尊の教えにも全くない。仏教とも何の関係も無い話です。」


 それを聞いて亜莉沙は意外に思った。

 幽霊こそ仏教的なものだと何となく思っていたのだ。なにしろ幽霊はお寺の墓地に出るのだ。それが仏教とは関係無いとは。

 少し賢くなった。明日大学で友達に話してやろう。

 こんな海部の話が、亜莉沙には面白く感じられていた。


2人がセックスをしないと言っても、エロいことを何もしないわけではない。

 なにしろラブホテルの中では、亜莉沙は海部がいつも「素晴らしい」と絶賛する裸のままであり、海部も同じ格好になっている。

 2人はキスを交わし、海部は亜莉沙の豊かな胸を吸ったり、体をなでたりするが、それ以上のことにはならない。だがホテルを出るまで海部のおちんちんは、まったく反応しない。

 まあこういうことだから、これはセックスではない。裸でじゃれあっているだけだと考えていいと、亜莉沙は思っている。

 こうして昌之への罪悪感を封印していた。


 この日も話が途切れると、海部はなにやらもじもじとした様子をみせた。黙り込んでしまう。

 いつものことね。

 亜莉沙はそう思った。

海部は自分から亜莉沙を誘うことは、ほとんどない。いつも下をむいて指先をいじったりしながら、ただ黙りこむのである。

 かといって元気がなくなるわけではない。

 妙に汗をかいてくるようで、丸坊主の頭がてかてかと光り始める。それなのに海部のおちんちんは、まったくしだれたままなのだ。

 だから最初は、亜莉沙にも海部が欲情しているかどうかが、わかりにくかった。


 今ではそんな海部がわかってきている。

 亜莉沙は何も言わずに立ち上がり、部屋の真ん中のほとんどのスペースを占めている、巨大なダブルベットに腰をおろす。

 そして何も言わないままで、海部のほうをじっと見る。

海部は亜莉沙に近づき、弱い力で抱きしめながら、キスをしたり胸を吸ったり撫でたりしはじめる。

 海部は入歯なので、そうする前に入歯を外してテーブルに置いておくのが通例だった。

 入歯を外した人に舐められると気持ちいいものだと、亜莉沙は以前誰かに聞いたことがあるが、その通りだと思う。海部に胸を吸われると、今まで経験したことがないほどの快感に襲われる。

 思わず喘ぎ声をもらしてしまう亜里沙。そのエロティックな声を聞いた海部は、興奮したようにさらに亜莉沙の体を入歯を外した口で舐めまわすのであった。

 だが海部の行為はそこまでで、相変わらず下半身はしだれたままである。挿入は全くしなかった。


 海部は亜莉沙を舐めまわしながら、何か小声でぼそぼそと喋る癖があった。

最初は何を言っているのかわからなかった。

 とにかく自分に何か言っているのではないらしい。よく聞いていると、なんまんだぶーと言っているようだった。

 それがそのうち「南無阿弥陀仏」と言っていることが解ってきた。つまり海部は、亜莉沙を抱きながら読経しているのだった。

 これまた経験したことのないことで、快楽なのか不快なのかよくわからない。

 ただただ奇妙な感じがする。

 そんな海部と亜莉沙のセックスだった。

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