第22話 空の写真
舞美と話をした当日の夜遅くに、昌之からSNSにメッセージが入ってきた。
その時、もう夜も遅い時間で、亜莉沙は寝る直前でベットにブラジャーとパンティだけの恰好で、ひっくり帰っていた。
もっとも、昌之からのメッセージは時差の関係で、いつもこんな時間にしか来ない。
昌之∧どうしてる。こっちは元気だけど。
亜莉沙∧私も元気ですよ。最近、昌之さんからメッセージが無かったので、心配してました。
昌之∧ごめん。
亜莉沙∧いいんです。今日連絡くれたし。
昌之∧まあ、連絡が無いのは元気な証拠だと思ってくれよ。
亜莉沙∧もちろん思ってますよ。
亜莉沙は昌之からメッセージが来たことを、心底喜んでいた。
リッキーのスタジオで無給で働くことになったことは、亜莉沙もこれまでの昌之からのメッセージで知っていた。
昌之からのメッセージで、リッキーがゲイであることも、これまた亜莉沙は知っていた。
亜莉沙∧大丈夫なんですか。
このメッセージでのやりとりでも、亜莉沙はそう言って心配してみせたものの、実のところどう心配していいのか解らないというのが本音である。
相手が女性ならば、嫉妬にかられるということもあるし、心配の仕方もあるのだが、相手が男性であるというのは、なんとも不思議な感覚である。
たとえ昌之がリッキーと男女の関係、いや男男の関係になったとしても、何をどう感じていいのかわからない。とにかく嫉妬はしないだろうと思える。
昌之∧大丈夫だよ。リッキーはまともな男だ。ジェントルマンだよ。
亜莉沙∧ジェントルマンですか。
その言葉を、亜莉沙は舞美からも聞いたと思い出していた。
恋人を称賛するのに、ジェントルマンと言う言葉を、昌之も舞美も2人とも使っている。
ということは、昌之もあるいはリッキーという男性に、少しは気があるのかもしれない。
そう思うと、なんと言えばいいのかわからない、不思議な感覚だつた。
亜莉沙は話題を変えようと思った。
亜莉沙∧実はね。私の友達にすごいことが起きたんです。
昌之∧すごいこと? 亜莉沙がそんな表現をするのは初めてだな。
どんなすごいこと。
亜莉沙∧友達が不倫してるんです。
手短に、亜莉沙はメッセージで今日の舞美との話を説明してみせた。
昌之∧そうか。不倫ねぇ。
亜莉沙∧どう思いますか?
昌之∧どうと言われてもな。世間ではときどき聞く話だしね。
でもちょっと早いかな。その子、大学生なんだろう。不倫とかいう話には、まだ若すぎる感じはするね。
亜莉沙∧昌之さんは認めますか。不倫。
昌之∧認めるとかそう言うんじゃないけど、とにかく他人が口出ししていいことじゃないと思うな。
亜莉沙の場合は、その子が親友ってことではあるけど、良いとか悪いとか判断したりするもんじゃない。そう思う。
亜莉沙はなんだか感心していた。
昌之は大人だと思う。自分は不倫と聞いて嫌悪感を抱いたり、不潔だと思ったりしてしまう。昌之は他人が口を出すことではないと、言っている。
大人だしジェントルマンだと思う。そう思って、亜莉沙は口に出して笑った。
亜莉沙∧でもね。その相手の男の人、子供もいるんですよ。それちょっとひどいと思いませんか。
お父さんなのに不倫したりして、子供たちに何て言うのかなぁ。
昌之∧褒められたことじゃないな。
もし僕がその人の奥さんなら激怒して、子供たちにどんな言い訳するつもりなの、とか言ったりするかもしれない。
亜莉沙∧そうですよね。
もし奥さんにバレたら、大変なことになりますよね。
昌之∧だけどね。亜莉沙がとやかく言うことじゃない。それも間違いないことだよ。むしろ亜莉沙が余計なことを言ったり、何かしたりすると、かえってこじれるよ。
その子が亜莉沙の親友なら、かっこいい言い方だけど、見守ってあげるというのが、正しい対応だと思う。
やっぱりジェントルマンね、昌之さん。
亜莉沙はスマホの画面を見ながら、しきりに感心していた。
昌之∧それより僕の話していいかな。
亜莉沙∧ええ。ごめんなさい。私のことばっかり話をしてしまって。
昌之∧最近、リッキーの下で働きながら、写真を撮ってる。
メディアに送って、雑誌の表紙とかに使ってもらおうとしてるんだ。
まだ採用してくれたところは無いんだけど、興味を持ってくれたところはあって、もっと写真を送ってくれと言われたりしてる。
亜莉沙∧すごいですね。順調ですね。昌之さん。
昌之∧何もかも順調ってわけじゃないけどね。
それでも僕が渡米した時に決めていた、成功へのタイムスケジュールはだいたい守れている。
亜莉沙∧守れてるっていうのがすごいじゃないですか。たいていスケジュールなんか守れませんよ。
私だって、約束の時間守れないですもん。
昌之∧そうか。なるほど。
昌之はスマホを見ながら笑っているのかもしれない。
昌之∧ちょっと待って。他の人からメールがきた。
亜莉沙∧わかりました。
そこでメッセージのやりとりが途切れた。
亜莉沙は舞美のことを考えていた。
昌之は見守るようにと言っていた。確かにそうだ。何が自分に出来ることも無いし、舞美も特に亜莉沙に何かしてもらいたいわけではないだろう。
あるいは、今日自分があまりいい反応を示さなかったために、舞美は気を悪くしているのかもしれない。
明日、舞美に会ったら謝ろうか。…いや、それこそ余計なことだろう。いつものように挨拶して、カフェでダベれば良いだけのことだ。
スマホがバイブレーションして、着信があったことを知らせた。昌之からだった。亜莉沙はSNSアプリを立ち上げて、昌之のメッセージを開いた。
いきなり何か写真のようなものが、スマホ画面に表示された。昌之からのメッセージには違いなかった。
亜莉沙∧何ですか。これ。
昌之∧僕の撮った写真だよ。スマホだと上手く見られないだろうけどね。実物の写真はもっと大きいんだよ。
亜莉沙∧何の写真? 雲?
昌之∧そう。雲を撮ったんだ。
ピッツバーグの近郊にある高台からね。このあたりは高い山が無いから、空とか雲なんか撮りにくいんだ。それでも一カ所だけ標高が少しあって、撮影にいい場所を見つけたのでそこから撮った。
亜莉沙∧へえっ。
亜莉沙はそうメッセージを送った。
昌之の写真は、画面いっぱいに雲が広がっている。雲海というのではなくただ雲だけで、まるで煙のように見える。
しかしそれをじっとよく見てみると、太陽の光が微妙に雲の間から差し込んでいて、それが美しい陰影を見せている。
亜莉沙∧きれい。
昌之∧ありがとう。そう思ってくれるかい。
亜莉沙∧どうやって撮ったんですか。すごくいい写真だと思う。
昌之∧待ったんだよ。3時間。雲がこういう形になるまでね。実はその時すごく寒くて、風邪ひきそうだった。
亜莉沙∧本当にいい写真だと思います。
昌之∧お世辞でもうれしいよ。亜莉沙はそう言ってくれると思ってた。
これ、結構評判良くて、ネットでメディアに送ったら、もっと撮って見せてくれって返信メールが来た。自慢の写真だよ。
昌之はSNSの中で饒舌になっていた。
成功への道を歩んでいるらしい。亜莉沙はそれを感じて、今日はいい眠りが出来ると感じていた。
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