第21話 これってフリンかなぁ

 白石舞美は亜莉沙とカフェで向かい合いながら、辻本雄介のことを話し続けている。


「最近、毎週会ってるの。とは言っても、まだ知り合ってから5.6回しか会ってないんだけど。」


「ふうん…。」


 亜莉沙はそう答えるしかない。

 年上の男性に憧れる若い女性は多い。それにしてもせいぜい30代までのことだと亜莉沙は思っていた。舞美の話だと、相手の辻本雄介は42歳だという。

 亜莉沙にはいささか考えにくい相手であった。

 それでも親友の恋は、亜莉沙にとっても嬉しいことのはずである。


「どこで知り合ったの。」


「出会い系。この前亜莉沙と一緒に行った新宿の店よ。あの後、私一人で行ったときに、雄介さんと出会ったの。」


 舞美は辻本雄介の話をする時には、話し方まで変わっている。言葉の最後が「…なの。」で終わる。

女らしいというか、妙に艶めかしい言葉づかいになっていて、そのことが舞美の本気を感じさせられる。


「彼、すごくかっこいいの。」


「どんなふうに。」


「そうねぇ。SMAPに入れるくらい。」


 この言葉には亜莉沙は少々嫉妬した。そんなにいい男なのだろうか。舞美の「彼氏」という男性は。

 それならば42歳という年齢も、問題にはならないだろう。


「見せてあげる。」


 舞美はバックからiPadを取り出し、右手で操作した。


「この写真。ネットで検索したら、彼の写真が転がっていたの。」


 そう言いながら、舞美はiPadを亜莉沙のほうに向けた。

 覗き込んだ亜莉沙の目の前に、iPadの画面全体に男の写真が広がっている。

 それは一言で言えば、スーツを着たオランウータンのような男としか言いようがなかった。


「彼ね。税理士さんなの。新宿で事務所を開いていて、そこのHPにアクセスしたら、所長の写真ってことで、雄介さんのこの写真があったの。」


 亜莉沙は舞美からiPadを受け取り、さらによく舞美の夢中になっている男の写真を見た。

 この男がSMAPの誰に似ているのか、さっぱりわからない。恋は盲目、アバタもえくぼとはよく言ったものだと、亜莉沙は秘かに思う。


「他にも写真があるのよ。」


 舞美は亜莉沙からiPadを取り上げて、また操作して別の写真を出した。

 そこには2人の男女が並んで写っている。

 iPadの写真なので、かなりの近写となってしまっているが、2人が裸なのはよくわかる。ベットの中で舞美と辻本雄介が並んでいる写真だった。


 ちょっと生々しい写真で、亜莉沙はすぐにiPadを舞美に返した。


「この写真も先週撮ったの。

 2人で撮った写真が欲しいって言ったら、彼がじゃあって。朝起きたとこだったから、ちょっと顔が変だけど。」


「泊まったの。」


「うん。先週と今週のデートはホテルでお泊り。雄介さんは仕事が新宿で家が遠いから、遅くなった時は新宿のホテルに泊まることは、よくあることらしいの。

 だから彼は、じゃあいつものホテルでって言って。

 このホテルは彼がいつも使ってるホテルらしいの。いつもはシングルだけど、先週と今週はダブルの部屋を取ってくれて。


 それでね。彼、朝食代だって言って五千円くれたの。先週も今週もよ。」


 亜莉沙は何も言えなかった。

 舞美は男たちとホテルに行くときは、一回五万円を要求する。そしてそれを払う男たちも少なくないのだ。

 その金額を要求できるほど、舞美は美しくそして若い。

 その舞美がこの辻本雄介という男からは、五千円もらったと言って喜んでいる。

 呆れると言うよりは、苦笑いしてしまう。


「私ね。彼にはお金は要らないって言ってるの。雄介さんとは本気だからって。

 でもなかなか最初は信じてくれなかったの。要らないって言ってるのに、お金くれようとしてたのよね。


 ケチじゃないのよ、雄介さん。

 それが先週あたりから、やっと私が本気で好きだっていうことを解ってくれて、それからホテルに泊まるようになったの。」


 亜莉沙は、うんうんとうなずきながら聞いている。


「彼、お金要らないって言うのに、朝食代だって五千円くれようとするのね。やっぱりジェントルマンだなって。

 そういうところすごく好き。」


「でも、私にはちょっとわからないな。歳、開きすぎてるじゃん。」


「だって、好きになっちゃったんだもん。」


 舞美が辻本のことを話す時には、その言葉がときどき歌のように聞こえる。


「私ね。彼からいろんなものを吸収したいの。そうして女として成長したいの。

 将来いい女になって、彼からいろんなことを吸収したからこんな女になれたって、そう言えるようになりたいの。

 それが彼への愛の証になるでしょ。」


「ふうん。」


 亜莉沙は昌之のことを思い出していた。

 舞美の「純愛」はよく解った。本当にこの辻本雄介という男が好きなのだろう。

 そう思ったとき、自分は昌之という男性をどれほど愛しているのか、舞美が辻本を愛するほどに、昌之をピュアに愛せているだろうかと思ったのである。


「結婚は考えてるの。」


「全然。だって彼、奥さんも子供もいるんだもん。」


 この舞美の返事には、亜莉沙は口にしようとしていたカフェラテをこぼしそうになったほどだった。


「奥さんいる人なの。」


「そう。雄介さんには奥さんと子供が2人いるの。だからこれってフリンかなぁ。」 


 舞美はあっけらかんと言った。

 亜莉沙は言葉を失った。そしてその次の瞬間から、言いようのない嫌悪感を、舞美とその相手だというこの辻本雄介という男に感じ始めた。

 亜莉沙には不思議な倫理感のようなものがある。

 自分でもよくわからないのだが、どこか超えてはいけない一線を自分の中に設定している。それはこの世の全てのことについてであり、もちろん恋愛に関してもである。

 そして、それを超えたという話を聞いたり、そういう人物を目の前にすると、言いようのない嫌悪感を感じてしまうのだ。


 不倫はその超えてはならない一線だった。

 自分は絶対に結婚している人とは付き会わない。そんなことをしている男も女も許せない。ものすごく不潔に感じる。

 亜莉沙はいつもそう思っている。

 目の前の舞美がそれをやっていると平然と答えるのを見ながら、やはり亜莉沙は激しい嫌悪と不潔感を感じてしまっていた。

 それが親友の舞美だとしても。


「それ良くないよ。相手の奥さんに悪いよ。」


「でも私、雄介さんの家庭を壊したりするつもり無いもん。不倫で全然かまわない。このままの関係でいいの。」


「でも、バレたら大変だよ。修羅場になっちゃうよ。」


「その時は、私を出会い系で買った女だって、奥さんに言ってくれるように話してるの。

 それなら奥さんもそんなに怒らないだろうし。」


 簡単にそう言う舞美に、亜莉沙はますます嫌悪を感じていた。

 自分自身を簡単に「出会い系で買った女」と称する感覚は、亜莉沙には理解できない。

あまりにプライドが無さすぎる。

亜莉沙も男とホテルに行って金を貰った経験はある。それでも自分を買われたとは思っていない。その時はいつでも、フィーリングが合った相手とデートをしている。貰う金はお小遣いとしてだと考えるようにしている。

自分が金で買われるなど、とんでもないことだ。

 亜莉沙は自分の顔が、だんだんしかめっ面になっていってるのだろうと、そう感じていた。


「そんなの良くないよ。子供もいるんでしょ、その人。

 舞美は子供たちのお父さんを奪ってるんだよ。そんなの絶対良くないよ。」


 舞美はすぐに返事をしなかった。

 親友だと思っていた亜莉沙の反応が意外だったのかもしれない。亜莉沙は自分の純愛をわかってくれるはずだと思っていた。だからこそ、こうして亜莉沙には話をしたのだ。

 ちょっと意外だという表情をしながら、舞美は言った。


「そんなこと無いよ。だって子供に迷惑かけてないもん。

雄介さんも、お泊りの日以外は毎日家には帰ってるし、子供の世話も奥さんだけにやらせないで、自分もマイホームパパしてるって言ってるよ。

 私と泊まるのも、仕事で遅くなって外泊するのは、これまでもやってたし、特に子供に迷惑なこと押し付けてるわけじゃないよ。」


「…そう言っても。」


 亜莉沙は納得できなかった。

 確かに舞美の言う通り、辻本雄介と舞美の恋は家族に迷惑をかけてない。大昔の不倫ドラマみたいに、奥さんから愛する人を奪おうなどと思っているわけでもない。

 ただ亜莉沙には不快なのである。

 嫌悪感と不潔感がたまらなくある。舞美は今でも親友のつもりでいるし、その舞美にこんな感覚を抱いてしまうことが辛かった。

 こんな話、自分にしなければよかったのにと、そのことで舞美を恨むような気分になってしまう。


 複雑な心中が表情に出てしまっているのか、そんな亜莉沙を舞美は不思議そうに見ていた。

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