第19話 白石舞美の恋
「あたし本気なの。」
歌うように白石舞美は言った。
それは亜莉沙もよく解った。その男のことを話す時、舞美の目は潤み両足がしっかり閉じられている。興奮しているのがはっきりと解る。
官能的な舞美の表情は、亜莉沙がこれまで見たことがないほど潤んだそれだった。
「でも、その人42歳なんでしょ。」
亜莉沙は舞美の言葉に驚いた。いや、唖然としたと言った方がいい。
またカフェラテを口にした亜莉沙に、舞美は笑いながら言った。
「そう。でも好きになっちゃったんだもん。」
舞美はその言葉を、ポップスのサビを歌うように言ったものだ。
舞美がその男とこうなったのは、あの「出会いカフェ ERIKA」にまた行ったことが始まりだった。
亜莉沙と一緒に行った前回は、舞美は思わしい結果にならなかった。
もっとも、そんなことは気にしていない。出会いカフェであれどんなところであれ、いつでも良い相手と出会えるとは限らない。
物事にはうまくいかない日もあるのだ。あの日がそうだったというだけのことだ。
今日は今日で、新しい出会いがあるかもしれない。舞美はそう思って、また「出会いカフェ ERIKA」に来ることにした。
この日、修学院大学の授業は最終講義時間まであって、舞美は真面目に出席していた。
その後、友人たちと食事をし、話に夢中になり、そうこうしているうちに夜のこんな時間になってしまったのである。
「出会いカフェ ERIKA」には、特に来店時間があるわけでもないので、舞美も時間など気にしないで電車に乗り、歌舞伎町にやってきた。
舞美が店に入ったのは、あと5分ほどで9時になるという時刻だった。
エレベーターを出ると、いつものようにカウンターの向こうにいた黒服が立ち上がった。
「いらっしゃいませ。今日も来てくれましたね。」
「ええ、ちょっと遅いけど。」
「いい時間帯ですよ。それにどんな時間でも、あなたが来店してくれるのは有難いです。」
この黒服と特に知り合いになっている訳でもないのだが、舞美は「出会いカフェ ERIKA」では、いつの間にか顔を知られる存在になってしまっていた。
これは自分でも自覚しているのだが、舞美は美人であるし、店にとっては美人の女性来店客は歓迎すべきものである。男性来店客の間で、あの出会い系にはいつも美人が多いと評判になれば、店の宣伝になる。
舞美にもそのことは理解している。自分はこの店に来れば、歓迎されるのだと。
「どうぞ。実は今日はちょっと男性が少なくて。」
「何人くらいなんですか。」
「今、3人いますね。」
平日はいつも客は少ないものだが、この時間で3人は決して多くない。
さらに女性スペースに入ってみると、こちらには2人ほどいただけだった。
この店は女性の数は一定しておらず、日によっては1人もいないということもあった。それなので今日が特に少ないという訳ではないのだが、スペースの広さからすると、がらんとした印象を与えてしまう。
マジックミラーの向こうの男性たちも、今日は女の子が少ないなと思っているのかもしれない。
そう思ったりしながら舞美はいつものように荷物をソファに置いた。飲み物とお菓子を取り、女性雑誌を2誌ほど選んで、荷物の隣に座る。
すぐに指名が入り、舞美は出会いスペースに出向き、その男性が全く好みのタイプではないと感じて、あっという間に交渉不成立にした。
また女性スペースに戻り、舞美はさっきまで読んでいた女性誌の記事に夢中になっていた。
「ご指名です。」
耳元で声がして、舞美は驚いて顔を上げた。
黒服がかがみ込んでいた。
「すみません。さっき入り口でお呼びしたんですが、聞こえなかったようで。」
黒服はそう言い訳した。
舞美は「いえいえ」と愛想よく返事をして、立ち上がった。
また出会いスペースに行くと、2カ所あるスペースのうちの一つにカーテンが半分下がり、そこから男が顔を覗かせていた。
舞美は少しどきりとした。
このときめきは今までに無い経験だった。
いや、小学生の頃、初めて好きになった男の子と、校舎の廊下でハチ合わせした時、こんなふうにどきりとしたような気がする。
少し心拍数があがっている気もする。
カーテンをめくって、舞美は出会いスペースに入った。
「やあ。」
男はそう言った。
舞美はいつものように愛想笑いを返す。
中年の男性で、スーツを着ている。高級そうなスーツだと思った。既製品ではなくおそらく仕立てだろう。
スーツの下にはブルーストライプのシャツが見えていて、ネクタイは締めていない。
シャツの下のほうは膨らんでいて、下腹が突き出している。
年齢は…、30代には見えない。40代くらいに舞美には感じられた。
男は少し照れたように笑いかけた。
「よく、ここには来るの?」
「いえ、初めてなんです。」
とにかく舞美は、いつもこう答えることにしている。
「あなたは?」
「俺? 2.3回目かなぁ。」
「そうなんですか。」
男は少し間を置いた。
「でも、あなたみたいな美人を見たのは初めてだよ。」
「そうですか。」
何故だかわからないが、舞美は心底この言葉が嬉しかった。
たとえリップサービスであったとしても、なんだか心から信じられる言葉だった。
「私も嬉しいです。」
「そう…。」
言葉が途切れて、2人は見つめ合っていた。
「どこか行こうか。」
「ええ、いいですよ。」
「その…、この店ではどこかに行くのに、いくらか女の子にお金を払らわないといけないんだよね。」
「そうみたいですね。」
「いくらくらい払えばいいのかな。」
舞美が自分につけている相場は、ホテル1回で5万円である。
でもこの時は、金の話をしたくなかった。
「いくらでもいいですよ。」
「でも、いくらくらいあげればいいのか、聞いておかないと。」
これはこの店にとっても必要なことだった。店の目的からしても、タダでヤラせるわけにはいかないのだ。
「では、お気持ち程度で。」
「2万円でどうかな。」
「ええ、結構です。」
そう舞美は答えた。
男と舞美は合意し、「出会いカフェ ERIKA」を出て、ホテルに向かうことになった。
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