第9話 ソシアルパーティ その後
「てことで別れたの。」
亜莉沙はそう舞美と沙織に報告した。
あのソシアルパーティの日から5日ほど経った、カフェでのことである。
3人はお互いに連絡を取って、このカフェに集合し互いの「戦果」を報告しあうことにしたのである。
亜莉沙はあの後、しばらくして篠田と会うことになった。
「とにかくメールがすごいの。毎日メールが来るんだもん。」
篠田龍次はあの日、パーティが終わってからすぐにメールをよこしたが、その後、毎日1回かそれ以上のペースでメールを送ってくるようになった。
「どうしても私と会いたいって、デートして欲しい。そればっかりよ。」
「それ、いいのか悪いのかわかんないよね。」
沙織が茶々を入れる。
「メールの内容ってのも、あなたは美人だしどうせ彼氏いるんでしょ。僕なんかと会ってくれないよね、とか、そういうのばっかりなの。
それが朝と夕方と深夜に1回づつ来るの。」
篠田は亜莉沙にメロメロになっていたらしかった。
どうしてそれが解るのかというと、篠田がメールにそう書いてきていたからだ。
「僕が亜莉沙ちゃんにメロメロになってるの解るだろ。恥ずかしいよって。」
「見せて、それ。」
「もうSNS、お互い拒否ってるから見えないよ。」
このSNSの設定は、相手が拒否設定にすると自動的に消えるのだ。
「それで会うことにしたの。デートは昨日。」
「えっ、昨日。」
「そう。だから会って別れたばっかり。SNSを拒否設定にしたのは昨日の夜になるかな。」
篠田とのデートは、特にひどいデートだったとは言えない。
ただ篠田が嘘をついていたのが分かったのである。
まず篠田は年齢をサバ読みしていた。ソシアルパーティの時は、28歳だと言っていたのが、実は32歳だと告白された。
それだけならば許せなくは無い。
ああいうパーティの場である。自分を少しでも若く見せようとして、つい嘘を言ってしまったとしても、理解はできる。
しかし篠田の嘘はそれだけではなかった。
篠田の出た大学と今勤めている病院も嘘だった。
関東医科大学と言っていたのが、実は別の大学だった。その大学も医科大学であることは違い無いのだが、亜莉沙が辛うじて知っている神奈川にある大学で、お坊ちゃん揃いで知られる関東医科大学とはステイタスという意味では、かなり劣る。
さらに勤めている病院も、当然のように関東医科大学附属病院ではなく、別の病院だった。
となると、篠田の言うことはあまり信用できなくなる。
そもそも医者だと言うことが、少々信じられなくなってしまったのだ。
それでも亜莉沙は、キャバクラで何回か指名された医者の男性を見た経験から、篠田が医者であることは間違いないだろうと踏んではいた。
そうは言ってもあくまで亜莉沙の勘である。
篠田がデートの時、自分から語った話によると、篠田の家は東京の西部のある市にある開業医で、自分はその跡取りだと言う。
クリニックだが患者は多くて流行っている。そこの院長である父親の年収は1億を超える。
「すごいですね。そんなにお金持ちなんですか。」
その時、亜莉沙はすかさず持ち上げて見せたものだ。
篠田は亜莉沙の反応に、満足したように自慢話を続けた。
「うちには車が三台あるんだ。
一台がランボルギーニ。もう一台はアストンマーチン。もう一台はベンツのワゴンで、親父はもっぱらこれを使ってる。」
亜莉沙がわかったのはベンツだけで、あとの2台の名前は聞いたことが無かった。
だから、篠田がベンツの名前を出してくれなければ、篠田の実家が所有しているという車が、どれだけ高価なものなのか、価値が判定できなかっただろう。
もっともこの頃には、亜莉沙もこの篠田という自称医者の言うことを、まともに信用しなくなっていた。
デートは新宿のホテルのレストランだったが、食事が終わるとそのまま2人は別れた。
しばらくするとSNSに、篠田から拒否設定されたという通知が届いた。亜莉沙も帰宅してから拒否設定するつもりだったので、手間が省けたと喜んだものだ。
こうして篠田との仲は終わりとなった。
「なんかあっさりしてんのね。」
沙織はちょっと呆れ顔で言った。
「でも、医者であることは間違いないんでしょ。もったいないよ。」
「医者って言っても、私がそう判断してるってだけで、本当かどうかは解らないよ。」
「でもねぇ。」
沙織のほうは、ソシアルパーティで何人かの男性と連絡先を交換したのだが、結局いずれも不発に終わったとのことだった。
そのせいなのか、篠田という医者を振ってしまって平気な亜莉沙を見て、かなり残念そうな顔をしている。
話は舞美の報告に移った。
例の中年の弁護士とは、ソシアルパーティの3日後に再び会ったという。
「結構ストレートに言われたの。割り切りで3万円でどうかって。」
「えっ、いきなり。」
「うん、ちょっと驚いたけど、あの弁護士に言わせると、ソシアルパーティなんて、割り切り援助交際の相手探す場所だから、面倒くさい前置きはいらないって。」
舞美は続けて言った。
「それで私、割り切りなら1回5万円よって言ったの。」
亜莉沙は舞美がときどき割り切りと称する援助交際で、男性とセックスしていることを知っている。
その時でも、舞美はホテルに行くのに1回5万円以下では応じないことも、亜莉沙はよく知っていた。
なにより舞美は美しいのである。
女子大生とホテルに行くのに、1回5万円の「料金」は法外であることは、亜莉沙も解っている。ただ、黒髪ですらりとした美女の舞美とは、その値段で応じる男性も結構いるらしかった。
「それで、なんだか価格交渉になってきて、その弁護士が失礼なこと言い始めたの。」
「何て?」
「…だから、女子大生が売春するのにいい気になるんじゃない。青臭い小娘に5万も出せるか、って。」
「それ、すごい失礼。」
亜莉沙は心底憤慨していた。沙織も怒った表情で頷いている。
「でしょ。何よって思って、立ち上がって帰ってきちゃった。そこの喫茶店の支払いもしなかった。」
「そんなのその弁護士に払わせればいいよ。」
沙織はむくれた顔で言った。
「だいたいそのエロ弁護士。普通なら舞美みたいな美人が相手にしてくれる男じゃないよ。
何考えてんのよ。」
亜莉沙も加わって、それからしばらく3人でエロ弁護士を罵倒し続ける。
興奮して話していたが、しばらくしてバックの中のスマホが振動しているのに気がついた。
見ると、SNSに昌之からメッセージが来ている。
昌之∧後でいいからメッセージに返信してほしい。
亜莉沙∧わかりました。今友達と話してるので、後で連絡します。
とりあえず簡単にそう返信を送っておいた。
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