第8話 ソシアルパーティ会場では

 ソシアルパーティの会場は、六本木のかなり入り組んだ路地の奥にあった。

 てっきりどこかのホテルのパーティ会場でやるものだと思っていた亜莉沙は、いささか驚いたものだ。 


「ヤル相手探すパーティを、ホテルでやるわけ無いじゃない。」


 沙織はいつものようにあっさりと言った。確かにその通りだと亜莉沙も思った。

 会場は入口の小さいイベントスペースで、中のインテリアからして普段はライブハウスに使われているのかもしれない、あまり広くない場所であった。

 入口では黒服が男性のチケットと身分証明書を厳重にチェックしている。

 女の子たちはほとんどチェックは受けない。特に沙織とその連れであった亜莉沙と舞美は、沙織の顔パスで中に入れた。


 中には30人ほどの人たちがいた。きちんと数えてはいないが男女半々か男性のほうが少し多い程度の割合である。あとは黒服が数人いるが、亜莉沙は黒服を人数に数えない。これはキャバクラでバイトする時と同じだ。

 特に開会の挨拶のようなものがあるわけでもなく、そのままパーティが始まっていた。

 亜莉沙はテーブルの上のワインをグラスに少し注ぎ、スナックの皿からチョコレートを取って口に運んだ。


 そうしながらパーティに来ている男たちを観察する。

 ほとんどは年齢の高い男性たちで、だいたい亜莉沙の父と同じくらいの人が多い。もっとも若い男性も2.3人いて、彼らが沙織の言う「勘違いして来てる人」なのだろう。

 たいていの男性はぱりっとしたスーツを身にまとい、中にはハンカチを胸ポケットから出している伊達男もいる。

 その一方で、何を考えているのかと思えるほど、ラフな格好の男性も数人いる。彼らはカジュアルというより汚いと言ってもいいくらいの、ひどい格好である。

 もっとも男性慣れしている亜莉沙は、世の中には服装を全く気にしない男性が一定数いて、汚い格好をしているからといって、決して金持ちやセレブで無いわけではないことは、よく解っている。


 亜莉沙と舞美、それに沙織がワイングラスを手にとって小声で話していると、さっそく男性が話しかけてきた。

 中年の男性で、自分は弁護士だと自己紹介した。もっとも名前は名乗らない。すぐに名前までオープンにしないのはキャバクラと同じなようである。

 男性の目線は舞美に注がれていて、舞美を狙っているのは明らかだった。

 もっとも亜莉沙は、それは当然と思うだけだ。

 亜莉沙も認めているのだが、舞美は美しいのである。2人でいると、たいてい亜莉沙よりも舞美から男性は声をかけてくる。亜莉沙が舞美を親友として認めていなければ、腹立たしさを感じてしまうだろう。


「このパーティ、よく来るの。」


「いえ、今日がはじめてなんです。だから私たち、どうしていいのかわからなくて。」


 当たり障りのない会話から始まる。

 舞美はこの男性の品定めをしているようだ。舞美はこの弁護士だという男性に、それほど悪い感情は持っていないように思えた。

 横を見ると、沙織はとっくに亜莉沙たちから離れて、髪に少し白いものがまじっている年配の男性と話をしている。

 亜莉沙もしばらく舞美の後ろから会話に加わっていたが、頃合いをみて2人から離れた。


 それを見計らったように、一人の男性が近寄ってきた。


「このパーティ。よく来るの。」


「いえ、今日が初めてなんです。」


 なんだか「こんにちは」の挨拶のように、2人の間に定型の言葉が交わされた。

 その男性は若かった。三十歳前後に見える。かなりいいジャケットを着ている。亜莉沙は靴に目をやった。上等な靴のようだ。

 長いキャバクラ経験から、亜莉沙は男性の懐具合は靴に出るものだと思っている。あまり金の無い男は、いくら服装に気をつかっても靴には金をかけない。

 その男性は目線だけは正直な人らしく、亜莉沙を見つめる視線は、ぎらぎらとした光を放っている。

 つまり自分に目をつけていたのね。亜莉沙はそう思う。


「若いね。学生なの。」


「ええ、まだ大学生です。」


「このパーティ。大学生の子が多いね。今日はどうして来たの。」


「友達がこのパーティ知ってて、一緒にどうかって。

 あなたは?」


「悪友に連れられて。ほらあいつ。」


 男性は目で指し示した。


「どういう友達なんですか。」


「実は僕は医者なんだ。あいつも。医者の悪友同士ってわけ。」


 キャバクラでは男性が医者と名乗る時、半分は嘘だ。男と女。どうせお互いに本当のことは言わないものなのだ。


「そうなんですか。すごいですね。」


 亜莉沙は素直に関心して見せた。


「まだ研修医なんだけどね。ひよっこだよ。」


「どこの病院なんですか。」


「関東医科大学病院。大学もそこを出てる。」


 私立の医科大である。亜莉沙も知っている大学名で、そこの学生たちは皆裕福な医者の子弟ばかりだと聞いたことがある。

 本当ならばキープしておいても悪くない相手だ。


「あなた美人だね。彼氏いるの。」


「いませんよ。そんなの。いたらここに来ない。」


「本当? 信じられないな。」


「どうすれば信じてもらえるのかなぁ。」


「じゃあ、今度会ってじっくり話をしたら、信じられるかもしれない。」


 なかなか上手い誘い方だった。

 それなりに女の扱いの上手い男なのかもしれない。


「お名前は、なんて言うんですか。」


「篠田。篠田龍次。すごい時代がかった名前だろ。よく笑われるんだ。」


 篠田は屈託のない笑い方をする。

 育ちのいい男性特有の、邪気の無い表情だ。

 とはいえそれ以上に育ちのいいはずの昌之は、こんな笑顔を見せたことは無いなと、亜莉沙はふと思った。

 篠田は亜莉沙の名前を聞いてきたので、ここは正直に音羽亜莉沙と答えた。

 その後、SNSの連絡先を交換して、他愛の無い会話を交わし、また改めてデートすることを約束して2人は離れた。


 まあ、これで今日の収穫はあったと思うべきだと亜莉沙は考えた。

 舞美も沙織もそれぞれ男性と会話していたのが、ほとんど同時に終わったようだった。

 2人ともヤラせてあげてもいい男性と、合意したのかしらと思って、亜莉沙は心の中でちょっと笑った。

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