第4話 修学院大学のキャパ友たち

 修学院大学は都心に広大なキャンパスを構えている。

 うっそうとした木立の間に低層の重厚な建物が並んでいる。このキャンパスと隣接する付属高校・中学・小学校などを含めると、修学院のキャンパスは二十万坪に及ぶのだと、亜莉沙は聞いたことがある。


 都内でこれほどの自然環境豊かで広大なキャンパスを持った大学は他に無いとも、教授たちは言っていた。明治維新からの歴史と伝統を誇る修学院ならではのキャンパスである。

 歴史と伝統ならば、東大にも負けない。

 修学院生え抜きの教授がそう言っていた。その通りで、修学院にはかつて皇族が何人も在籍していたのた。


 亜莉沙はこの修学院に女子中等科から女子高等科、大学と通っていた。

 中等科高等科というのは中学校と高校のことだが、歴史と伝統を人一倍誇りにしている修学院は、今でもこういう時代がかった呼称にしている。

 亜莉沙の母も祖母も、この修学院に小学校にあたる初等科から通っていた。亜莉沙も入学は出来たかもしれないが、今は郊外の一戸建てに住んでいる音羽家からは、都心の初等科に通うのは難しいとの父と母の判断で、中学から修学院に入学したのである。


 お見合いをした次の日の月曜日、亜莉沙は午前中の授業に出席した後、午後のランチを大学の友達ととることにした。

授業中に膝に置いたスマホのSNSで場所を打ち合わせてから、亜莉沙は学食のそこへ向かった。

SNSで打ち合わせた場所には4人いた。


皆、亜莉沙の親しい友達だが修学院大学に入ってから知り合ったり、親しくするようになった子が多い。

亜莉沙は4人に手を振り、まず学食前にお弁当を並べているお弁当屋さんから弁当を買ってから、4人の座っている場所に向かった。

学食といっても、ここは亜莉沙が入学した春の、ちょうど直前に完成した真新しいカフェテリアで、建物こそ周囲のキャンパスの重厚なデザインに合わせているが、すべてが新しく快適なインテリアである。

亜莉沙が座ったのは、オープンカフェになっている場所にあるテーブルの一つだ。

お弁当を広げながら午後の講義の予定について、亜莉沙は話を切り出した。

亜莉沙の右となりに座っているのは、白石舞美といって亜莉沙と同学年の友達で、亜莉沙とは大学に入ってから知り合った。

今では親友と言ってもいいくらい親しい。

後の3人も、大学に入ってから親しくなった。

川島里奈、山本葉月の2人は亜莉沙や舞美と同元年で、里奈と葉月は高校も亜莉沙と同じ修学院女子高等科だったが、その頃は亜莉沙とは特に親しくは無かった。あの頃の記憶の隅に残っている、という程度の知り合いだった。

こんなふうに一緒にランチをするようになったのは、大学に入ってからである。

あと1人、錦織玲子だけが1年生である。東京生まれでない玲子は独り暮らしをしている。

この4人が今日は講義の話に乗ってこない。


舞美は照り焼きチキンをフォークで口に運びながら、亜莉沙を斜めに見上げて言った。


「それよりオタク。例のことどうなったのよ。」


「例のことって?」


「バックれるんじゃないの。お見合いよ。」


 皆、亜莉沙のお見合いの話は知っている。

実は舞美にだけ話したのだか、すぐに全員にバラされてしまって、今は4人とも知っていた。


「いい男だった?」


「いやー。それほどでも。」


 亜莉沙は実は武士沢昌之が資産家の息子であることは、まだ舞美にも話していない。音羽家がかつての名門だから、お見合いをせざるをえなくなったとだけ説明している。


「タレントで言うと誰?」


 亜莉沙には特に思いつかない。


「特に誰にも似てないなぁ。」


「いい男だったら怒る。」


「そりゃよかった。ともかくルックスは普通だったよ。」


 しばらくその話題で盛り上がった。

 一番親しい白石舞美とは、知り合ったのは大学に入ってすぐだった。

修学院大学は1年次に導入ゼミというものがあり、1年生の間だけのゼミに、入学者は全員参加することになる。専攻ゼミと違って、いってみれば大学の友達作りのためのゼミなのだが、そこで亜莉沙と一緒になったのである。

 その後、2年生になってから亜莉沙が新宿のキャバクラに体験入店した時、ばったり舞美と会ってしまった。

 たいていこういう場合はきまりが悪い。お互いに無視したいところであったが、なんだが舞美とは妙に気があった。

 その後も一緒にキャバクラの体験入店に行ったり、店の情報を交換するようになった。

 いわゆるキャパ友になっている。

 舞美とはかなりオープンにキャバクラや風俗バイトの話が出来る仲で、亜莉沙も舞美の話は情報収集に役立っている。


 舞美はキャバクラでもモテるらしい。

 それには亜莉沙も納得している。白石舞美はとにかく美しいのである。

 身長は170センチ近くあり、すらりとして長い黒髪を背中に流している。いつも胸が小さいのがコンプレックスだと言っているが、背が高い美貌の彼女にはあまり大きすぎる胸は似合わないと、亜莉沙は思っている。


 舞美以外の3人は、舞美ほどには親しくはない。

 そもそもこの3人がいる時はもちろん、他の修学院大学の学生がいる場では、キャバクラだの風俗だのの話は出来ない。

 やはり修学院大学は、歴史と伝統を誇る大学で、女子学生も奥ゆかしいのである。

 それでも皆、夜のバイトをやっているのは、亜莉沙も知っている。

 なにしろ会話の中に「業界用語」がひんぱんに出てくる。

「ご指名」だの「キャストネーム」「ガールズネーム」「店の男の子」だのとキャバクラ用語は、こんなランチの場面でも皆当たり前のように使う。

 「バイトのシフトが入ってるから。」と言うので、聞いているとそのうちキャバクラのシフトのことだとわかる。


 皆やっているのだからオープンに話せばいいのにと、亜莉沙は思う。

そうしてくれると何かと情報のやりとりや、条件のいい店の情報が得られるのだが、やはりこの大学でこういった普通の会話には、キャバクラのことは出てこない。

 亜莉沙のキャパ友が多い別の女子大の子たちは、かなりあけすけにキャバクラや風俗バイトの話をするが、ここ修学院大学ではそれは無いのである。


「みんな今日、夕方空いてる? 今日バイトなの?」


 この場合、バイトとはキャバクラのことである。


「ううん。今日は店があって。」


 里奈はそう答えたが、ここでまた業界用語が出てくる。

 キャバクラや風俗店の出勤管理は意外に厳しい。急に休んだりするとすぐにクビになったりする。

 店があるのなら仕方がなかった。

 舞美の言う夕方の予定とは、大学が終わってから白薔薇女子大の子たちとカフェで会うということで、たいした事でも無かったが、里奈と葉月はやはり店があるということで、玲子も他の予定があると言って、都合はつかなかった。

 夕方のカフェは、結局亜莉沙と舞美だけとなった。

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