第21話 有栖川フェリスは、本能の赴くままに美少女を描き出す(9)


 倉嶋さんにメールが入り、彼女がそろそろ時間だというので校門の外まで一緒に出ると、昨日と同じ外車が離れた場所に停まっており、倉嶋さんは後部座席に乗り込んだ。

「はぇ~、おっきい車なのです。狭い十字路ででつっかえちゃいそうなのです」

「そういうところをあえて通らなさそうだけどな……二人は知ってたか? 倉嶋さんは、倉嶋グループっていうところの娘さんだって話」

「倉嶋……コマーシャルでもよく見ます。手がけていない産業はないというくらい、とても大きなグループですよね。そんなに大きな家の方なのに、結城先輩はどうやって勧誘したんですか?」

「いや、俺が勧誘したんじゃなくて、倉嶋さんから来てくれたんだ。俺も最初は信じられなかったけど、あの募集を見て興味を持ってくれたって言ってたよ」

「クララ先輩は、ユッキー先輩の前の作品を元から知ってたのですか?」

「いや、そういう話は倉嶋さんからは聞いてないけど」

「えっ……そ、そうなんですか? 失礼ですが、『パラレルシフト』というタイトルで検索をかけさせてもらったんですけど、すぐに出てきましたよ。元はフリーソフトとして公開されて、口コミで広がって、たった半年で商業化までした作品だって……ノベルゲームが好きな倉嶋先輩なら、注目してもおかしくないと思うんですが」

 確かに、それはそうだ。しかし、視聴覚室で三人が『パラレルシフト』をプレイしたときも、倉嶋さんは何も言わなかった。

 しかし、今の倉嶋さんは知っていて当然とも言える。彼女の鋭さから考えて、俺の前作、クリエイターとしての素性について、全く調べないというのは考えづらい。

「ユッキー先輩は、『ユキノジョウ』さんなのですよね。ネットではすごく有名人だったのです」

「ああ、おかげさまでな。今作っているゲームも、本当は自分のサイトで公開しようとした二作目なんだ。だからもし皆が良ければ、大々的に告知したい。ネットで無料公開するにしても、多くの人にプレイしてほしいからな……ごめん、最初に言わなくて」

「いえ……結城先輩が、進んで『雪之丈』さんだってことを明かさなかった理由は、こんなことを言うのもおこがましいですけど、少しだけ分かる気がします。一作目の伝説的な評判を見て、二作目を作るのがどれくらい大変なのか、見ただけでボクが怖くなるくらいでしたから……」 

 俺のサイトの掲示板に書き込まれた、期待と失望の書き込み。

 新作ずっと待ってますという書き込みに背中を押され、同時にもう才能が枯れたのか、予定を守れないなら初めから言うなと、罵倒の書き込みも山ほど届いた。

 自分のサイトだ、耳触りのいい書き込みだけを残して削除することもできる。けれど途中からそうしなくなったのは、一向にゲームを完成させられない自分への、自責の念が湧き始めたからだった。

 叩かれて折れてしまい、ネットから退場した。それでいいじゃないかと思いかけたこともあった。スタッフが抜けて自分一人になった後は、何度もサイトを閉鎖しようかと迷い、いつまでも踏み切れずに、夜眠れなくなることもあった。

 けれど俺は、ゲームの企画を一人でも作ることができてしまった。

 理想のゲームを作りたいという想いが、どうしても身体から消えることがなかった。

 自分で作った拙い素材を組み込んで試作ゲームを作っていても、楽しいと思えた。それでも最後には行き詰まってしまい、先生に助けを求めた――今からでも、受験勉強に悩み苦しみ、学園生活でほどほどの思い出を作って、卒業式を迎える学生になれはしないかと。

「怖いといえば怖いよ。今だってそうだ。ただ作りたいと思ったものを作る、二作目を作るっていう約束を守る。それは、何としてもやらなきゃいけないことだ。俺一人じゃできないって、折れかけてたんだけどな」

「ふぁぁ……そうだったのですね。ユッキー先輩が一人で作った試作ゲームからは、そんな不安は感じなかったのです。でも……」

「いくら悩んでても、ゲームで泣き言を言っちゃおしまいだ。みんなが楽しんでくれること、それだけを考えるようにしてたからな。でも、質が低くちゃ話にならないけどさ」

「違うのです。ただ、ユッキー先輩が助けを求めてるような気がしたのです。黒い画面や、『ダミー』って文字の乗った素材が出てくるたびに、ああ、私はこのためにこの部活に入ったんだなって思いました。このゲームを、このままじゃ終わらせちゃいけないって。いつかエッチなゲームにパワーアップするために、私が描かなきゃって」

 そんなふうに受け止めてもらうことが、作り手として情けなく、同時に涙が出るほどありがたかった。

 まだ何も始まっていない。始まったとしても、最初の半歩を踏み出しただけで、どこに感極まる要素があるのかと自分に言い聞かせる。

「いつの間にか、『なのです』が抜けてるけど。いいのか?」

「……ま、真面目なお話のときは、普通にしゃべらないと緊張感が……なくなってしまう、のです、よ?」

「あはは……有栖川さんの素は普通の喋り方なのかと思った。結城先輩も、そう思いませんでしたか?」

「ちょっとだけな。でも確かに、真剣なんだってことは伝わってきた」

「はふぅ……良かったのです。私、こういう話し方なので、クラスでは不思議ちゃんみたいな扱いなのです。全然不思議じゃないですのに」

「色々大変そうだな……まあ、部活で気を抜けるならそれもいいよな。俺もクラスじゃほとんど会話しないから、皆のおかげで喉が枯れ気味だ」

「あ、あの……ボクも同じです。クラスでは、男子のグループにはなかなか入れてもらえないですし、女子と仲良くするのも変かなと思って……いえ、仲良くしてくれてはいるんですけど、少し落ち着かなくて。結城先輩といると、不思議に安心できるんです。創作のことを相談できるからでしょうか」

 これで女子だったら、もうルートに入っていると見ていい好感度のように思えるが、男子なので友情ルートまっしぐらである。卒業式の日に屋上で笑い合い、「ボクたちはずっと先輩と後輩ですよね」と言われて、それも悪くないなと俺はニヒルに笑い――駄目だ、悪くないと思ってしまう俺はどこかが間違っている。

「あ、あの……お話は戻りますけど、倉嶋先輩には『雪之丈』さんだってことは言っていないのなら、ボクたちも内緒にした方がいいんでしょうか?」

「調べれば分かることだし、そのうち俺が言うよ。実はプロなんだ、っていうのは何というか、言いにくいというか……やっぱり明かすのが遅かったか」

「ユッキー先輩は、凄い人なのに遠慮がちなのです。そういうところに気がついて、きっとクララ先輩も入部してきてくれたのですよ」

 そうかもしれない、だが絶対にそうだというほどでもない。

 二度も大型のセダンで走り去る姿を見て、彼女と住む世界が違うことは分かっている。自虐ではなく、それは見たままの事実だ。

 そんな彼女が『パラレルシフト』を予め知ってくれていたというのは、都合が良すぎる考えだと思った――それこそ、ラノベかアニメの中で描かれる物語のように。

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