第20話 有栖川フェリスは、本能の赴くままに美少女を描き出す(8)


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 シャワーを浴びたあと、倉嶋さんとフェリスも出てきたのだが、フェリスが何かすぐにやりたいことがあるというので、テニスコート近くのベンチが置いてあるところにやってきた。うちのテニス部はそこまで強くはないので、遅くまで練習しているということもなく、コートには誰もいない。

 そして夕日を浴びながら、フェリスは先ほどから、小型のタブレットを取り出して絵を描いていた。校則ではスマホとタブレットは、授業中などに使用しなければ持ち込んでいいことになっている。

 何年かあとには、学校からタブレットが生徒一人ずつに貸し出される時代も来るらしい。教科書を持ち運ばなくて良くなるし、保護者からもそこまで批判の声は出ていないようだ――と、学園生活に関心の薄かった俺なので、突っ込んだことはよく知らないのだが。学校の規則や制度については、倉嶋さんが歩く生徒手帳のようなものなので、彼女に聞けば間違いないだろう。

「本当は、フラッシュメモリなどの記憶媒体の方が、持ち込みは厳しいのよ。結城くん、今後はできるだけ気をつけてね」

「げっ……そうだったのか。でも、まあそうだよな。メモリで学校の大事なデータを抜かれたりしたら大問題だ。そんなスーパーハカーもなかなかいないだろうが」

「先生と生徒が癒着して、学校のデータを盗み出していた……なんて、ドラマの脚本の題材になりそうですね」

 遥は笑って言うが、その目の奥には何か鋭い光がある――文章の題材になりそうなことには、興味を惹かれるということか。

「結城くん、こんなことを聞くのも何だけど……何も起こらなかったの?」

「ああ、何も起こらなかった。俺も、何かあるんじゃないかとは思ったんだけどな」

「……? どうしてボクを見るんですか、お二人とも」

「いえ、何も無かったら別にいいのよ。そうよね、そんなこと現実に起こり得るわけがないわ。結城くんと二人で話を合わせているわけでもなさそうだし」

 倉嶋さんの気持ちはとても良くわかる。俺も今はこう言ったが、先ほどのシャワータイムを経てなお、遥についての疑念は深まったと言える。

「ユッキー先輩、描けたのです! これが私の最新の絵なのです。試作ゲームに出てくる、お嬢様のイメージに合いませんですか?」

「どれどれ……」

「ちょ、ちょっと待ちなさい、フェリス、先に私に見せてから……」

 倉嶋さんが慌てて、俺が受け取ったフェリスのタブレットの画面を覗き込む。そして俺たちは同時に、喉から変な音を出した。倉嶋さんの方が幾分可愛らしい音だったが。

「クララ先輩のバスタオル姿を見てたら、全身にビビビと電撃が走ったのです。これはもう、描くしかないっちゃ! となったのです!」

 フェリスの懐かしいアニメネタに反応している余裕など、俺にはなかった。

 そこに描かれていたのは、倉嶋さん――シャワーから上がってきた彼女とおぼしき、悩ましいグラマラスボディをした美少女が、タオルを巻いたままで身体を隠しつつ、ショーツを穿こうとしている場面で――というところで、三秒も見ない内にタブレットを倉嶋さんに奪い取られた。

「な、ななっ……何を描いているの、あなたは! ひ、人のお風呂上がりを勝手に……それに、何だか色々と、二割増しくらいになっているじゃない!」

「クララ先輩はこれくらいなのですよ? この目で見たのでしっかり覚えてるのです」

「そ、そんなことは……そうなの? いえ、だってこんなに……」

 自分の体型でも、イラストになると誇張されて感じたりするのだろうか――しかし完璧なプロポーションだった。今でも脈拍が二割増しになって戻ってくれない。

 ノベルゲーマーであり、生徒会長であり、完璧なプロポーションをしていて、さらに本物の令嬢。これはもう、属性の宝石箱と言うべきだろうか。

「と、とにかく……何を描いているか分からなかったから好きにさせていたけど、勝手にモデルにしないこと。それは肖像権の侵害というものよ」

「それなら、少しだけデフォルメするので許してほしいのです」

「ええ、まあそれなら……あまりそのまますぎると、私が色々な人に攻略されるみたいで、落ち着かない気分になってしまうわ」

 そこでちら、と倉嶋さんが俺を見る。彼女をモデルにしてキャラを作るような話をしていたので、牽制しているようだ――だがそれで止められるほど、俺は甘くはない。

「ミツカはメインヒロインとして重要な立ち位置にいるが、ギャルゲーとして考えたとき、ヒロインが一人だとプレイヤーに対して提示する可能性を少なくすることになる。いや、でも、お嬢様……というかティアは、魅力的な非攻略キャラとして考えるべきか」

「ま、待って……元はクレアという名前だったじゃない。私に寄せるなんて、このゲームに対して本当にプラスになるの?」

「倉嶋先輩は、自分で考える以上にすごく目立っていますし、ゲーム的にいうなら、『キャラが立っている』と思います。い、いえ、失礼な意味に聞こえたらすみません」

 俺は遥の意見にうんうんと頷く。フェリスもその真似をすると、何故か俺だけ倉嶋さんに睨まれた――駄目だ、この冷たい目で見られることが癖になってしまっている。

「……どうしても、そうしたほうが良くなるとそう言うのね?」

「ん……いや、そうだな。倉嶋さんと話してて、キャラクターがもっと良くなりそうになったのは確かだ。けど、そのままじゃなくて、俺や皆の中でちゃんと解釈してから、こんなキャラクターにすると良くなるっていう結論を出したい」

 倉嶋さんのキャラが立っていることと、彼女をそのままゲームに出すような形になるのは違う。フェリスも納得してくれたようで、こくりと頷いてくれた。

「よろしい。そういうことなら……フェリスもキャラは立っていると思うのだけど?」

「ふぁぁっ、わ、私は……ちょっぴりハーフというだけで、それ以外には特に何の変哲もないのです。クララ先輩みたいに黒ストでもないですしっ」

「素足にソックスというのもいいじゃない。ちょっとぷにっとしているけれど。あまり運動はしないほうなのかしら?」

「ぷ、ぷにっとなんて……ちょっぴりしかしてないのですよ? お絵描きしながらポッキーとプリッツを食べる習慣を直せば、みるみるうちに痩せ衰えるのです」

「どうやら、あなたについては進行管理だけでなくて、体調の管理もする必要がありそうね……お菓子を食べすぎないこと、運動を適度にすること。絵を描くにも体力が必要なのだから、日頃からの節制が大切よ」

「運動なら、クララ先輩とじゃれるだけで十分カロリーを使ってるのです。あと、バランスボールに乗りながら絵を描いてたりもするですよ」

「ふぅん……だから意外にお腹がすっきりしていたのね。二の腕は少し気になるけれど」

「ご、ごめんなさいなのです、ユッキー先輩の前では体型のことは言わないでほしいのですっ、はじゅかしいのです」

 あまりフェリスには羞恥心が無いのかと思っていた――というのもあんまりな言い草だが、それなりに持ち合わせてはいてくれたようだ。

 胸が大きいということは、イコールぽっちゃり体型ということにもなりやすいのだろうが、フェリスはそんなことはなく、いつも見せている生足もすらっとしている。

「クララ先輩と比べたら、私はまだまだなのです。きっとユッキー先輩も、私のことがオークに見えてるに違いないのですっ」

「全然そんなことは考えてないし、普通に痩せてると思うが……むしろフェリスは金髪だから、オークというより姫騎士のポジションじゃないのか」

「金髪だからって姫騎士扱いしないでよね、くっころなのです!」

「サービス精神が旺盛にも程があるわね……とにかく、それ以上大きくなると机に当たって作画にも支障が出てしまうし、胸が大きくなる食事と運動は控えてもらうわ」

「かしこまりなのです、気をつけるのです」

 フェリスは癖なのか、胸の前で両手を合わせる。何か胸を大きくするための体操の一種にも見えるのだが、これだけ成長するには、様々な要因があるということだろうか。

「次はユッキー先輩とハルちゃんの話を聞いて、男性キャラクターを描くための参考にするのです。ハルちゃん、ユッキー先輩はどんな身体つきでしたか?」

「先輩は思ったよりがっしりしてて……あ、言っちゃっても良かったですか?」

「駄目に決まってるだろ、まったく。参考にしていいのは倉嶋さんだけだ」

「フェリス、結城くんをモデルにした絵を描いたら私に送って。服を身につけることは禁止するわ。隠すべきところには薔薇を描いておいてちょうだい」

「らじゃーなのです!」

「よりによって薔薇はやめてくれ! というか俺を描く必要がどこにある!」

「クララ先輩の絵を見てしまったユッキー先輩は、モデルになる義務があるのです。男の子はあまり描いたことがないので、ぜひ参考にしたいのです」

 そう改めて言われると、俺も強く否定することができない。フェリスは向上心が豊かで、ゲーム製作で必要になるだろう男性キャラの絵も、練習しておきたいということなのだから。

「ハルちゃんに聞くのもいいですけど、やっぱり必要な時がきたらモデルをしてもらうのです。創作に必要なことなので、ユッキー先輩にはぜひ協力してほしいのです」

「ん……フェリス、ちょっといいか? 倉嶋さんはともかく、俺たちをモデルにしたいっていうことは、絵を描くのに実際のモデルが必要っていうことか?」

「できればそのほうがいいのです、衣装も実際に作れるものじゃないと描けないのです。どうしても構造が気になったりして、実際に作れない服は描けないのです。アニメのキャラクターの服は、そういうものだと思って描くのですけど。最近は、衣装として作ることが前提になっていて、原画集を買うと服のデザイン資料も入ってるのです」

 自分でデザインした服を作るというと、コスプレが趣味なのだろうか。実際に作れる服でないと描けない――それはすなわち、キャラの衣装を追加するごとに服の細かな衣装設定も増えるということになるのか。確かに、あらゆる角度で描くことができるという意味では心強いが、労力が結構大きそうだ。

「それは……確認しておきたいのだけど、もし私がキャラクターを描く上でのモデルになるとしたら、あなたの作った服を着なければいけないの?」

「もちのろんなのです! あ、でもママの時間があるときじゃないと一緒に作れないので、実際に全部の服を作るわけじゃないのです。こういう服なら造れるなと思ったら、デザイン画を作れば描けるのです」

「そう……それなら、結城くんと遥の作るシナリオの内容次第で、私は普通の服を着るだけで済むということね。結城くん、忖度という言葉の意味は知っているわね」

 空気を読めと、つまりそういうことらしい。しかしゲームのクオリティを上げるため、やむなくキャラクターがバニーガールの衣装を着ることもありうる。

「黒ストといえば……いや、タイツか。デニール数が問題になってくるか」

「な、何の話を……結城くん、ストッキングとタイツの違いについて知りたいのなら、それは教えることはやぶさかではないけれど。私に変な服を着せるために、キャラクターの設定を作ることは控えてもらうわよ」

「俺たちのユッキー先輩ならやってくれるに違いないのです、私は信じてるのです」

 フェリスの熱い期待と、倉嶋さんの不審そうな目の板挟みとなった俺は、どちらかといえば倉嶋さんに冒険した衣装を着てみせて欲しいと思った。もちろんゲームのクオリティを上げるために必要であるという、理由をつけられた場合に限るが。

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