第19話 有栖川フェリスは、本能の赴くままに美少女を描き出す(7)
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そして俺は、男子と女子で別れて更衣室に入ったあと、ようやく遥が何を言おうとしていたのかということに気づく。
「ボク、いつもは先生に言われて、職員用の更衣室で着替えさせてもらっているんです。男子と一緒だと、問題があるからって」
問題があると言われるのも無理はない――というか、当然のことだと思う。
最初はなにげなく遥と近くのロッカーを使おうと思ったが、とてもそうできないことに気が付き、俺は自主的に向かい側のロッカーに移った。今は背中合わせの状態だが、いつまでも背を向けているというわけにはいかない。
もしかしたら、実は普通に男性らしい身体つきかもしれない――そう思って俺は後ろをうかがうが、速攻で向き直り、やはり駄目だと判断する。
俺と比べるとずいぶん華奢な肩に、やたらと細くて白い腕――シャツを着ているときですら女子に見える遥が、脱いだらどうなるかなど自明の理だった。
「結城先輩は、ボクと一緒に着替えてくれるんですね。だから、嬉しいです。ボク、見た目がこんなだから、いつも男子として認めてもらえなくて……」
「そ、それは……まあ……遥の気持ちも分かるけど。周囲の気持ちも分かるだけに、なかなか難しい問題だな」
「そ、そうなんですか……先輩もボクと一緒に着替えるの、本当は……」
「い、嫌じゃない。そうじゃないけど……遥は何ていうか、特別すぎるな。俺は紛れもなくどこから見たって男だけどさ、遥は容姿が整ってるから」
「……そんなことないですよ? ボクから見たら、先輩だって可愛いって思いますよ」
「か、可愛いって。普通男同士で言わないだろ」
「あはは、そうかもしれないですね。ボク、やっぱり変わってるかもしれないです」
どういう会話だ、と思う。遥に対しても、俺に対しても。
これも、遥が女子にしか見えないような容姿をしているから許される――のかどうか分からないが。普通の男同士では絶対に発生しない会話だ。
しかしいつまでもこうしているわけにいかないので、俺は思い切って服を脱ぎ終える。男を相手に衣擦れの音を意識させられるというのも、なかなか悩ましいものがあるので、ここは割り切って素早く切り抜けたい。
「先輩、先にシャワー室の方に行ってもらってもいいですか?」
「ん? あ、ああ。じゃあ、お先に」
「はい、行ってらっしゃい」
その声すら、一片たりとも男だと感じさせないのが悪い――声変わりをしてないとか、そういうレベルでもないように思える。
更衣室を出るとき、やはり気になってしまって、後ろの様子を見る――すると。
「先輩って、思ったよりがっしりしてるんですね」
遥は服を脱いで、タオルで前を押さえていた。白すぎる肌が目に眩しい――なぜ俺は部活を作って初めてのサービスシーン的なイベントを、男子の後輩と迎えているのだろう。そう思うくらい、遥の姿はますます女子にしか見えない。
「い、いや、俺なんて、インドア派もいいところで……」
「今日だって、力仕事を率先していっぱいしてくれましたし、高いところに登る作業も全部してくれてました。蛍光管を交換するのって、大変なんですよね……ボクも家でやったことがありますけど、高いところは得意じゃなくて」
「率先してやってたというよりは、少しでも早く掃除が終わるように、適材適所で動いたというかだな……そんなに深く考えてはいないぞ」
「でも、そういうところをみんな見てるんです。結城先輩のこと、みんなすごいなって思ったと思いますよ」
「……じゃあ、これからその分だけみんなに身体で払ってもらおうか。なんてな」
遥が言うように皆が思ってくれていたとしたら、それは確かに嬉しいが、何かいい格好をしているようで落ち着かず、ヒネたことを言ってバランスを取りたくなる。
「あ……すみません、結城先輩。ボク、やっぱりこのままだと、シャワー室まで行けません。あまり身体を見られるの、得意じゃなくて」
「得意なやつはそうそういないと思うけどな……まあいいけど。じゃあ、どうする?」
「でも、先輩と一緒にシャワー室を使いたいので。男同士の付き合いっていう感じで、憧れるじゃないですか」
「そ、そうか……? でも見られるのは苦手なんだよな」
「はい。なので……先輩、少し後ろを向いていてもらってもいいですか?」
「ん……な、何をするつもりだ……?」
「これなら、心配ないかなと思って……ちょっと怖いかもしれませんけど、危なくないように、ボクが連れていってあげますから」
控えめで、大人しい後輩だとばかり思っていたが、そればかりでもないらしい。
後ろから近づいてきた遥が、至近距離で何をしたかというと――俺の目にタオルをくるりと巻いて、目隠しをしてしまった。
「な、なるほど……しかし、ここまでする必要あるのか、男同士で」
「……す、すみません。自分でしておいてこんなことを言うのもなんですけど……こうやって目隠しをするのって、ちょっとやましい感じがしますね……でも、これなら大丈夫です。先輩、こっちですよ」
俺は遥に誘導されて、シャワー室に移動する。今は貸し切りなのでいいが、他の男子がいるときはシャワーを利用することはできなさそうだ。
よくアニメで見るような、仕切りで分けられたシャワールーム。そのうちひとつに入って、遥に温度を調節してもらい、ぬるめの湯を頭から浴びた。
「あー、さっぱりした……」
「フェリスさんは、結城先輩から悪魔が去ったなんて言いそうですね」
隣のブースを使っている遥が楽しそうに言う。声が完全に女性なので、落ち着かないことこの上ない――そんなことばかり言っていないで、遥の個性に慣れていかなくては。
「あいつはノリが良すぎて、こっちが圧倒されるくらいだ。見た目だけだったら、普通にクラスのリア充グループに属してそうな垢抜けた感じなのにな。あんなにオタ活に熱心だっていうのは意外だった」
「毎クール、まずアニメの第一話はすべて見てチェックするそうですよ。コミックやライトノベルの新刊も、タブレットで絵を描く合間に読んでるそうです。本当に気に入ったものは紙がいいって言っていましたけど、ボクもそう思います」
「結構フェリスと話したのか? かなり仲良くなったみたいだな」
「いえ、昨日結城先輩が来る前に、倉嶋先輩に色々と聞いていたんです。ボクもライトノベルは読みますとお話したら、ゲームのシナリオはそれに近いものがあると言われて安心しました。ネットで載せているものは、またちょっと違うんですけど」
「文章についてはすでに見せてもらったし、全く問題はないと思う。ただ、アレだな……俺が作ってるのは恋愛ゲームだから、こそばゆいというか、そういう描写も出てくるかもしれない。フェリスを喜ばせるためじゃないが、ちょっとエッチなシーンも出てきたりするしな」
「……だ、大丈夫です。そういうシーンは、その、エンタメとしてすごく大切で、基本とも言える部分なので、しっかり書けるようにしろと言われたので……その、姉は、恋愛をしたことが無い方が、夢のある描写ができると言っていて、エッチもその、妄想が爆発した方が過激になるというセオリーがあるって……」
「せ、セオリーというのか知らないが……童貞にしか書けない描写っていうのもあるとはよく言われるな。ま、まあ、年齢制限がかかるようなエロは入れないけどな」
「そ、そうなんですか? 姉は、年頃の男の子が作ろうとするノベルゲームは、な、なんていうか……ひ、卑猥な内容に違いないって言っていましたけど……」
「遥の姉さんには、一度ゆっくり説明させてもらいたいな……俺は部員のみんなを騙すつもりはないし、エロゲーを部活で作るわけがないっていうのも言っておきたい」
「……ボ、ボク、すごく恥ずかしいこと言ってましたね。姉さんの言うことを何でも信じてしまって……こんな単純じゃ、いい文章は書けないですよね。結城先輩みたいに、酸いも甘いも噛み分けた人にならなくちゃ」
「い、いや、俺も何というか……人生経験的な経験値は、多いとは言えないが……」
遥はすぐに返事をせず、ザァ、とシャワーが床を打つ音だけが響く。
「……ど、どうした? 遥、俺何か変なことでも言ったか?」
「い、いえ。こういうときって、ボクは後輩だから、先輩の背中を流したりとか、そういうふうにした方がいいんじゃないかって……そういうのも、『男同士の付き合い』ですよね」
一瞬、思考が停止する――隣でシャワーを浴びていたはずの遥の声が、後ろから聞こえたからだ。
「ちょ、ちょっと待て、幾ら男同士だからといって急にそれは……っ!」
「あっ……だ、駄目です先輩っ」
「っ……す、すまん! って、男同士なんだから別に見ても構わないよな……?」
「は、はい、それはそうなんですけど……ボク、こういう男の人同士で仲良くするっていうか、そういうことには慣れてなくて……」
確かに、遥の容姿だとなんとなく男友達は作りづらいというか、相手の方から微妙に遠慮されてしまいそうな感じはする。
しかし顔立ちが中性的というか、限りなく美少女そのものであったとしても、胸があったり、あるべきものが無かったりということは無い――そのはずなのだが。なぜ俺は、こうも振り返ることに禁忌を感じているのだろう。
「あ……先輩、背中の方をしっかりあらった方がいいですよ。ホコリが濡れてついちゃってます。ボクが取っちゃってもいいですか?」
「あ、ああ。悪い、しっかり落ちてなかったか……じゃあ、頼もうかな」
「はい、それじゃじっとしていてくださいね」
「っ……ボディソープとかあったんだな。気が付かなかったよ」
「はい、備えつけのものがあったので借りてきました。せっかくだから、さっぱりしちゃいましょうか……んっ……」
シャワーを出したままなのに、吐息すら聞こえるほど神経が過敏になっている。
俺は一体何をしているのだろう――後輩にシャワールームで背中を流してもらっているわけだが。こんな関係性の先輩後輩はなかなかいない気がしてならない。
「……先輩、肩幅が広いんですね。ボクは華奢なので、羨ましいです」
「ま、まあ個人差はあるしな。遥もこれから広くなってくるんじゃないか?」
「そうだといいですね……あ……」
「こ、今度はどうした? そろそろ洗い終わったし、俺は大丈夫……おわっ……!」
振り返っても問題はないのだが、遥が恥ずかしがるので容易に後ろを向けない――そんなふうにまごついているうちに、想定外の出来事が起こった。
背中に、遥が寄り添ってくる。俺たちは男同士なんだ、これ以上はいけない。混乱しきってそんなことを口走る前に、遥はそっと離れていく。
何か、男の身体と思えないほど柔らかいような――しかし、振り返ってみるとなぜか上と下にタオルを巻いているために、濡れたタオルの感触でカバーされて、肌が触れるということはなかった。いや、期待しているわけでは全くないのだが。
「だ、大丈夫か? もしかして、のぼせたのか。顔が真っ赤になってるぞ」
「は、はい……慣れないことをしたから、でしょうか……す、すみません、ボク、胸板が薄いので、こんなふうに隠したりして……」
胸板が薄いというか、むしろ――いや、いくら男子とはいえ、後輩の身体を凝視してはいけない。
「じゃあ、ちょっと更衣室で休むか。俺は先に上がって飲み物を買ってくるからな」
「はい……ありがとうございます。先輩、優しいんですね……」
さっきからヒロインのようなことしか言わない後輩だが、いくら可愛くても男なのである――惜しい、と思ってしまう俺を誰が責められるだろうか。
たぶん遥は、鳩胸だったりして恥ずかしいのだろう。胸を隠していた件については、俺も理解ある落ち着いた先輩として、そう解釈しておくことにした。
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