第17話 有栖川フェリスは、本能の赴くままに美少女を描き出す(5)


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 翌日、中休みに伊達先生に呼び出され、生徒指導室に連れて行かれた。倉嶋さんとのことについて改めて軽く確認されたのち(疑り深い先生である)、部活の設立申請が通ったこと、そして部室が決まったことを知らされた。

「君たちの部室は、旧校舎の一階だ。マルチメディア棟の部屋も空いてはいるのだが、あそこは本来、十八時には外に出なければならない規則になっている。君が部員を募集しているうちは、私の一存で延長してもらっていたがな。恒常的にそうするわけにもいかない。なるべく、閉門まで活動したいのだろう?」

「時間のことを配慮してもらって、ありがとうございます。場所がどこでも、部室があるっていうだけで有り難いですよ」

「すまないな。代わりに、必要な機材をマルチメディア棟から借りていってもいい。何か必要なものはあるか?」

「電源のタップとかですかね。それも無ければ、自分たちで……」

「いや、もし新しく購入するようなら部費の申請をしてくれていい。実績のない部では年間に出る予算額が二万円程度しかないが、電気代などは請求しないのでな。必要なことにはどんどん使ってくれてかまわない」

「ありがとうございます。といっても、機材は自前で用意しますよ。学園のものを借りると、色々と問題もあるので……な、何ですか先生」

 先生はコーヒーカップを両手で持ちつつ、チェアに座ったままこちらをじっとりと見つめてくる。足を組んでいるので、応接用のソファに座っている俺からは、スカートの奥が微妙に見えそうだ――見えそうで絶対に見えないものなのだが。

「私もアマチュアのゲーム製作というものについて、少し調べた。今は『同人ゲーム』というものが流行っていて、せ、青少年の教育に良くないものが数多くネットなどで売られているそうだな。もしや君は、そういったゲームを、女子部員と女子のような男子生徒と、密室で作ろうとしているのではないか?」

「そ、それは無いですって。そういうゲームの存在は確かに知ってはいますが、俺が中学の頃に作ったゲームも、今作ろうとしてるゲームも、十五歳以上なら誰でもプレイしていいように作ってますよ。もしエロゲーを作ろうとしたら、その時点で倉嶋さんが止めますから。自慢じゃないですが、俺は彼女の冷たい視線には弱いですよ」

「わ、分かった……エロゲーとか大きい声で言うな。仮にもここは学び舎だぞ、他の先生方や生徒に聞かれたらどうする」

「す、すみません。個人的には、エロゲーもノベルゲームという文化の継続を支える、屋台骨の一つだと思ってはいるんですが」

「……やけに詳しいな、と問い詰めるのはやめておこう。先生は生徒を信じるものだからな」

 悲壮感の漂う目で見つめられる――俺はそんなに疑われているのだろうか。妹の教育に悪いということで、エロゲーではなく移植版を一緒にプレイすることで、家族間の関係を良好に保つコミュニケーションツールとしているのだが。

 どちらかといえばエロありがいいと思ってしまうのは無理からぬことであり、先生もそんな俺の心を見透かしているようだ――何とか清廉潔白な空気を醸し出さなければ。

「俺は先生の信頼を絶対に裏切りません」

「……そ、そうか。だから私も言っているだろ、基本的には信じると。だが、あのメンバーは少し、君のようにぼっち気味な高校生活を送ってきた男子にとっては、何というか……刺激が強すぎるのではないか。私の偏見かもしれないが、有栖川くんなどは、特に男子の気を惹く存在だろう。君に耐えられるのか? 色々な意味で」

「い、いや……俺もまだフェ……有栖川さんと、じっくり話したわけじゃないので」

「なぜ呼び方を変える……私に疑われると思ってか? まあそうだな、出会って初日から名前で呼ぶほど親密な関係になったのなら、ゴールデンウィークが二人にとって特別な時間になる可能性も否定はできない。町の巡回をしているときに、偶然見つける心の準備をしておかなければな」

 先生を包む怨念のようなもの――先生には連休の予定が無いのだろうかと考えて、強豪の運動部なら休みこそ練習に費やされるものだと思い当たる。

「先生も大変なんですね……」

「そうでもない。バレーの指導は好きだし、生徒たちも熱心だからな。しかし、君たちの顧問を請け負った以上は、中途半端で終わらせたりはしないぞ」

 というよりも、俺がリア充になってしまうような展開を絶対に阻止したいというように見える。なぜだろう――先生の年齢が、適齢期と言われる時期だからだろうか。

「学園生活の思い出づくりというのが、浮ついた男女の不純異性交遊を記録したアルバムづくりという意味でないことを祈りたいものだ。そんなことになったら私は完全に道化だぞ?」

「先生、目が怖いですよ。そんな顔しちゃ、美人が台無しじゃないですか」

「っ……お、大人をからかうな、馬鹿者! まったく、だから軟派を疑っているというのに……一応、礼は言っておくがな」

 放課後でないと、先生はコーヒーを出してくれない。彼女のコーヒーはとても美味しいので、ちょっと期待して来たのだが。それを言うとまた先生が過敏に反応しそうなので、自重することにしよう。

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