第15話 有栖川フェリスは、本能の赴くままに美少女を描き出す(3)

「ユッキー先輩、『パラレルシフト』と試作ゲームは両方やってもいいのです?」

「もちろん。と言っても、パラレルシフトと違って、試作ゲームの方は未完成で、見せるのはちょっと恥ずかしいけどな。俺が作りたいと思ってるゲームの骨組みだと思って見てくれ。遥もどうしたら良くなるかを、プレイして考えてみてほしい。時間に余裕があるときでかまわないから」

「今日帰ってから、早速取り掛かります。『パラレルシフト』のシナリオを見て、凄くレベルが高いと思いました。ボクがシナリオ部分で部の力になれるかどうかが、とても高いハードルだっていうことも。でも、頑張ってみたいです」

「うん。試作ゲームの方は、設定の根幹から意見してもらってかまわない。『パラレルシフト』は、俺の原案から、完成までに随分内容が変わったんだ。スタッフの意見や、上げてきた絵やテキストに触発されて、拡張に拡張を重ねて完成した。今回も、そういう過程を踏めると理想的だと思う」

「かしこまりましたのです!」

「……ものすごく前のめりね。どうしてさっきからそんなに元気なの?」

 フェリスは金色の髪を撫でつけながら、夢見る乙女のように目をきらきらと輝かせ、倉嶋さんに向き直る。

「この部活に入って、もうすっごく良かったと思ってるのです。クララ先輩やみんなを見てると、創作意欲がむくむく膨らんでくるのです!」

 自覚なしに、十分すぎるほどに膨らみきった胸に手を添え、胸を張りながら彼女は言う――ブレザーの前を開けているが、油断したらシャツのボタンが吹き飛びそうだ。

「何か誘ってるような感じが、全身からするのだけど……無邪気なだけかしら」

 倉嶋さんが言うと、フェリスは山猫のように目を輝かせて反応する――こういうリアクションをリアルでするのは、俺の妹くらいだと思っていた。

 ――そしてフェリスは、そのおっとりした容姿からは想像できないほどに。内に秘めたリビドーという意味では、遥かに俺より高みを行く逸材だった。

「私はクララ先輩のほうが誘ってると思うのです。お胸と腰つきのバランスもいいですし、スポーツも適度にしているのできゅっと足首が締まっていて、パーフェクトな脚線美なのです。まるでその黒ストッキングは、極上のスイーツを包み込む包み紙のようで……ふぁぁっ、生足、黒ストッキングを脱いだときの真っ白なケーキみたいな生足……もう、かぶりついてしまいたいくらいなのです……っ」

「っ……あ、あなた、女の子同士でそこまで……興味があるのは男性同士のカップリングじゃなかったの……?」

 ふるる、と倉嶋さんが自分の身体を抱いて震える。しかし猛獣は、怯える子羊ほど魅力的に感じるというのは往々にある話で。

「はぁはぁ……クララ先輩、ベッドに座って、こうやって黒ストを脱いでるところを見せてくれないですか? きっと、いい具合にえっちな絵になると思うのです。これはすごいゲームになるですよ……!」

「あ、あなたは……っ、結城くんのゲームは性的なことが主題になっているわけじゃないのよ! 男女関係のプラトニックな進展を描いた甘酸っぱさと、先が気になるストーリー展開が核にあるものなの! サービス要素は添えるだけでいいのよ!」

「……あ、あの、結城先輩。ボク、どんなシナリオでも書けるように頑張ります。でも男女がえっと、いちゃいちゃ……するとか、そういう場面はまだ慣れてないので……どんなふうにすればいいか、教えて欲しいというか……」

 指を突き合わせて恥じらいつつ聞いてくる遥。何というか、世の中には神様が性別を間違えることが起こりうるのだなと思わされる。

 しかしこれで3タイプの美少女が集まってゲーム製作開始なんてことになったら、それこそご都合主義にもほどがあるわけで。遥がいてくれることで、男子一人で生徒会長と巨乳金髪の下級生と密室であやしいことをしていると噂にならずに済むわけだ。

「ああ、そうだ。遥、ネットに小説を投稿してるんだったよな。どんなテキストを書くのか参考にしたいから、見せてもらってもいいか?」

「は、はい……えっと、ここのサイトで書いているんです」

 遥はスマートフォンを操作して、某有名な小説サイトを開き、自分の小説を見せてくれた。ペンネームは『永野春』で、ジャンルは主に恋愛ものを書いているようだ。

 試しに一つを開いてみる。すると止まらなくなり、俺は皆を待たせていることは分かっていながらも、つい最初の二話分、合計二万字ほどに目を通してしまった。

「あ、あの……先輩、どうですか……?」

「……ん、すまない、読みふけってた。何も問題ない、それどころか即戦力ってやつだ。読みやすいし、会話のテンポが良くて、登場人物も魅力がある。ゲームシナリオに慣れるまでは少し指導をするけど、ここまで書けるならすぐ対応できると思うよ」

「ほ、本当ですか……? 良かった……僕、あんなにすごいゲームを作った先輩だから、僕の文章じゃ物足りないんじゃないかって……」

「ハルちゃん、恋愛小説を書いてるのですね。胸キュンなのです!」

「私たちが作ろうとしているゲームに最も必要な要素だと思うわ。胸キュンというか……ヒロインにときめいてこそだものね」

「私はクララ先輩に萌え萌えキュン☆ なのですよ。ユッキー先輩も」

「っ……あ、あなたたち、いつの間にそんなふうに結託して……」

「ま、待ってください。僕とフェリスさんは今日会ったばかりなんですよ」

「あ……結城先輩って、動揺すると『僕』になるんですね」

「ふぅん……そういうキャラ付けをしているの? 見た目によらずあざといわね」

「あ、あざといって……」

「と、とにかく。フェリスは絵を、遥はテキストを担当すると決まったのだから、作業スピードを見てスケジュールを決めていきましょう。目標となるマイルストーンを設置して、一つ一つクリアしていけば、膨大な作業量でも必ず終わらせられるわ」

 さすが倉嶋さん、と軽率に言ってしまいそうになるが、本当に彼女は頼りになる。後輩二人も、完全に尊敬の眼差しだ。

「つかぬことを聞くが、マイルストーンって何だっけ」

「私も分からないのです、何か石っぽいというのは分かるのですが」

 倉嶋さんは俺たちの反応を見るなり、移動式のホワイトボードを引っ張ってきて、マーカーで『マイルストーンとは』と書いた。まるで塾講師か何かのようだ。

「マイルストーンというのは、全体の工程において、幾つか通過点として設定する目標地点のことよ。昔、ローマの街道に1マイルごとに設置された目印が由来と言われているわ。ここはテストに出るわよ」

 倉嶋先生の授業が選択できたら、俺は迷わず受けてしまいそうだ――三人揃って拍手をすると、倉嶋さんは髪をかきあげて「どや」という顔をしてみせる。そうされても全く嫌味に感じないのは、流石と言ってしまいたくなるところだ。

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