第14話 有栖川フェリスは、本能の赴くままに美少女を描き出す(2)

 後ろから眺めつつ、たまに三人がゲームの展開に反応して「ふわっ」とか、「ふふっ」と声を出すたびに俺もガタン、と立ち上がりそうになりながら、気がつくといつの間にか二時間も経っていた。

 しかし三人とも、ゲームを終了する気配がない。じっくりプレイしてもらって、俺が乗り越えたいと思っている自分の前作がどれくらいのクオリティかを確かめてもらいたいのは山々だが、規則は規則だ。

「みんな、どうだった? そろそろセーブして、切り上げてもらって……」

 後ろから声をかけると、ちょうどゲームの進行具合は『パラレルシフト』の最初の山場に差し掛かったところだった。

「ユッキー先輩、ここで終わったら、気になって帰れなくなっちゃうのです!」

「そうです、このままじゃボク、先輩の家まで追いかけていっちゃいますよ! もうちょっとだけでいいんです、お願いですから!」

「ははは……ありがとう、そこまでこのゲームを楽しんでくれて」

「ふぁっ、ふぁいがとって、それはこっちのセリフなのれふ!」

「舌が回っていないわよ、フェリス。このシーンが凄いことは分かるけれど、落ち着きなさい。このゲームを、私たちは超えにゃ……超えなくてはいけないのよ」

(なんだ今の小動物的な噛み方は……空耳かな?)

 そのことも気になったが、倉嶋さんが俺が二作目に対して考えていることを、何も言わなくても察してくれていることに、胸が思わず熱くなった。

 超える――そう、二作目は、前作を超えなくてはならない。

「俺達が作る新しいゲームは、この部活の共有財産……というか、立派な成果物にしたい。胸を張って誇れるような……作ろうとしてるのはいわゆる恋愛ゲームだから、プレイしてもらう人はやっぱり、限られるのかもしれないけど」

 苦笑して言う。特に、あまりオタクという感じがしない遥には、まだこのジャンルのゲームは理解しづらいかもしれない――と思っていたのだが。

「結城先輩、ボク、嬉しいです。こんなにすごい創作物を作った先輩と、一緒にものづくりができるのなら、この『パラレルシフト』の文章と同じ……いえ、それ以上のものを書けるように頑張ります。だから、ボクを先輩のシナリオ担当として採用してくれますか……?」

 遥はわずかに目を潤ませ、自然に距離を詰めてきて俺の手を取る。温かくて柔らかい手――それは『パラレルシフト』をプレイしている間、手に汗を握っていたということで、嘘のない彼の感想を示してはいた。しかしいかんせん、いくら遥がショートカットの美少女にしか見えなくても、俺たちは男同士だ。

「っ……き、期待はしたいんだが……手を取る必要はあるか? そして俺のシナリオじゃなくて、ゲームのシナリオだからな?」

「は、はい、分かってます。でも、ボク本当に感激しちゃって……」

「こ、これは……クララ先輩、二人の後ろにきれいなお花が見えるのです。このままだと、二人が私たちをそっちのけにして、あんなことやこんなことをしちゃったりしなかったり、めくるめくドリームアドベンチャーなのです……っ!」

「ちょ、ちょっと……あ、あなたたち……っ、そういう種類のアドベンチャーをするために、私たちはこの部を作るわけじゃないのよ!」

「もっと、もっと近くで見たいのです! 好奇心が止まらないのです!」

「こ、こらっ……そこまで迫ってくる必要は……っ」

 俺は詰め寄ってくるフェリスを押しとどめる。ひと目見た時から思っていたが、前の方向へのベクトル――端的に言えばバストの山の高さが尋常ではない。アニメやゲームなら後輩の胸を誤って触ってしまっても『もう先輩ったら』『先輩のばかぁ~!』で済まされるが、現実にはそうはいかない。女子のおっぱいは決して触れてはならない不可侵の聖域なのだ。

「フェリス、結城くんから離れなさい! その距離は、今日出会ったばかりの他人同士の距離ではないわ! あ、当たりそうになっているじゃない!」

「もう他人じゃないのです。ユッキー先輩は、私にとって理想の受けの人なのです」

「そ、そうなのね……じゃなくて。私には、生徒の風紀を守る義務があるのよ!」

「ふぁぁっ、そこはらめなのれす、おっぱいなのれす! ひぁぁ~んっ!」

 倉嶋さんはわし、と後ろからフェリスをホールドすると、そのまま俺から引き剥がした――フェリスの反応は少々感じているようにも見えるが、それではR18になってしまうので認めるわけにはいかない。

「ど、どうしましょう……結城先輩、これってキャットファイトっていうんでしょうか」

 人生において、制服の上から胸に指がめり込む光景を初めて見た――倉嶋さんはフェリスの言動を抑えたいだけで、自覚はないのだろうが。

 俺は色々な意味でフェリスを野放しにすると心配だと思ったが、想像していた以上にこの部の滑り出しは上手く行きそうだと思っていた。脱線しても軌道修正を試みてくれる倉嶋さんには、多大な心労をかけてしまいそうだが。

「んっ……ふぅ……クララ先輩、思ったより強引なのです……」

「はぁっ……あなたっていう人は。少し危険を感じるから、結城くんと二人での作業は、結城くんを補佐する立場として禁ずるわ。男女関係でサークル破壊なんてことは絶対にさせないから」

「ふぇ……? 二人きりは駄目なのですか? 個人的な指示を受けながらキャラクターをデザインするとか、そういうのもですか?」

「っ……だ、だから。担当部分が分かれているといっても、一部の部員だけが固まって作業をするのは、不透明で性的な問題があるというか……」

「それは透明性の問題、と言うところじゃないか」

「なにか?」

「いえ。不透明で性的な問題は駄目だと僕も思います」

「よろしい」

 嬉しそうにドヤ顔をする倉嶋さん。彼女は俺が従順に振る舞うと嬉しいらしい――と、それは穿った言い方をしすぎか。睨まれると怖いので、怒らせないようにしよう。

「部活の時間は限られているから、基本的には家での作業になって、学校ではミーティングと作業状況の確認を行うことになると思うのだけど、それ以外で部員が個人的に集まって作業をするときは、私に報告を……」

「クララ先輩、マネージャーさんみたいなのです。すごくきっちりなのです」

「倉嶋先輩は、結城先輩と一緒に製作の進行を管理されるんですか?」

「そういう話は、確かに昨日少ししてたけど。プロデューサーが俺だとしたら、進行管理をするディレクターは別にいてもいいからな。大規模な開発の場合の話だから、俺たちくらいの人数なら、そこまで負担をかけることにはならないと思う」

「……結城くん、まだ遠慮してる?」

「そりゃ……生徒会長で、学年首席で。それに、倉嶋さんは、家のこととかも……」

 ずっと引っかかっていて、確かめたかったことでもあった。倉嶋さんは、総合ノベル研で活動していていいのか――毎日送迎をされているような、いわゆる令嬢といえる彼女が、俺のゲームのために貴重な時間を割いてくれるというのは、彼女の厚意に甘えることになりはしないかと。

 そんな俺の心配を何でもないことだと言うように、彼女はふっと微笑んだ。世間一般の『お嬢様』に対するイメージに屈せず、自分のものにするかのように、優雅に黒髪をかきあげながら。

「私を誰だと思っているの? 海崎高校では十五年ぶりの、二年生生徒会長にして、学年首席の倉嶋千愛よ。これくらいのタスクで私が根を上げると思っているのなら、その認識を変えてあげる。あなたを完璧に補佐することでね」

「……倉嶋、さん」

 本当なら、ここで俺も笑うべきなのだろう。さすが俺達の倉嶋さん、なんて軽いノリで、大袈裟に喜んで――。

 なぜ、俺なんかを彼女が補佐すると言ってくれるのか。学園生活からドロップアウトして、ゲーム製作においてもスポイルされ尽くしていた俺を、なぜそこまで肯定してくれるのか。

「……あっ、これからキスとかしちゃうのですか? 私たち、隠れて見学した方が良さそうです?」

「そ、そこまでは……でも、それくらいに良い雰囲気ですよね……」

「この人が私をお飾りの部員でなく、自分の補佐として認めて、目標とするクオリティの作品を作れたら……そのときは……」

「えっ……」

 ご褒美に、お疲れ様のキスをくれるのか。いや、おめでとうのキスか――なんていう俺の想像を、倉嶋さんは首を横に振って否定する。つい激しく期待をしてしまったが、迂闊なことを言わなくて良かった。

「そんな不純なことでは、いいゲームは決してできないわ。その気持ちを、新作に全部注いでゲームの中で見せて。私は、まだ結城くんの試作ゲームには全然足りないものがあると思っているの」

 俺の冗談に怒ることもなく、倉嶋さんは言う。微笑みながらも、その視線はまっすぐに俺を捉えて、全くぶれることがない。

「その、足りないものっていうのは……」

「……それはね」

「あ、いや……何でもかんでも、すぐに答えを求めるのは悪い癖だ。少し時間をくれないか、考えてみても分からなかったらまた聞くからさ」

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。そうは言うが、足りないものがあると教えられたら、まず自分で考えなければクリエイターとしての血と肉にはならない。

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