第13話 有栖川フェリスは、本能の赴くままに美少女を描き出す(1)
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ノベルゲーム――つまりノベルとグラフィック、そしてサウンドが一体化したものは、情報化社会の中で生まれた『総合エンターテインメント』だと言うことができる。
それを研究し、開発する部活と表現すると、学校の部活としてもギリギリ許可してもらえそうな感じはしてくる。物事はTPOが大事で、必要ならば俺達の活動について、硬い解釈を用意しておく必要もあるということだ。
部の設立申込書を書き、伊達先生に託す。彼女は顧問と部員さえ揃っていれば、四月のうちに申請すれば問題なく受理されると言ってくれた。
伊達先生をなんとなく敬礼で送り出すと、フェリスが俺の真似をしていた。遥も恥ずかしそうにやっている――倉嶋さんはさすがに恥ずかしいのか、窓の外を見てごまかしていた。
「さて……遥がどんな文章を書くのかも気になるけど。正式な活動は、部室が割り当てられてから始めようか」
「はいです。部室はこの建物の中になるですか?」
「ええ、そうなると思うわ。空き室は旧校舎にもあるのだけど、私たちはPCを使うことになるから、元からPCの設置してあるところを部室にできるといいわね」
「ボクは普段、ノートパソコンで文章を書いてるので、パソコンが置いてない部屋でも大丈夫です」
「私もタブレットを使っているので、場所は選ばないですよ。でも、母艦があったほうが安心ではありますです」
まずい、普通に後輩たちの準備が良すぎてほろりとしてしまいそうになる――絵描きのフェリスは得意とする画材で描いてもらうのが一番だが、遥がもしアナログ派だったら、彼のためにノートPCを用意してデジタル作業に移行してもらうことも辞さないつもりだったのだが。さすがにPCのテキストファイルで作成してもらわないと、色々と不便が生じてくる。
「俺もノートは持ってるけど、必要があればデスクトップのPCを組もうと思ってる。開発環境のプログラムを動かすために、できるだけスペックが高い方がいいからな」
「そう、みんな機材は自前で持っているのね。私も部活の予算委員会に出るけど、どれくらい頑張った方がいいのかと思っていて……」
倉嶋さんの頼りがいがありすぎて困るほどだが、部費が出るということを計算に入れて行動していたわけではないので、学校の部活としての活動について費用を補助してもらうくらいで良いと思う。文化祭での展示なども、この学校の文化部はしなくてはならないはずだ――去年は開発のことで悩んでいて、どんな出し物があったのか記憶にないのだが。
「どうしたの、遠い目をして……遠い目ってこういう目のことを言うのね、勉強になったわ」
「去年の文化祭のことを思い出そうとしたんだが、あまり覚えてなかったんだ。文化部といえば、文化祭で出し物を出さないといけないんだよな」
「それは期日が近づいてきたら考えるとしましょう。今のところは、少しでも早く結城くんの試作ゲームを完成形に近づけることを考えないと。遥のシナリオが結城くんの想定にあっているかは、どうやって確認するの?」
「そうだな……実際にテキストを見せてもらうのもいいが。参考に、前作のテキストを見てくれ。俺が原案を書いて、文章担当のスタッフにリライトしてもらったり、ベースから書いてもらったりして完成させたものだ」
「あ、その前作を見てみたいのです! 結城先輩、どんなゲームを作っていたのですか?」
「じゃあ、さわりだけ。俺は企画と雑用を担当して、他は全部ネットで集まったスタッフに担当してもらったんだが……」
俺は『パラレルシフト』のPC版が入ったメモリを取り出して、視聴覚室のPCに差し込む。俺自身、起動するのは久しぶりだ。
起動するとまず、ムービーが流れる――最初は俺が自分で作った静止画MADムービーを入れていたのだが、ゲームをプレイした人が素材を使ってオープニングを作りたいと申し出てくれて、今では一部手描きアニメまで取り入れた豪華なものになっている。「今のシーン、アニメで動かしてるですか?」
「ああ、そうだ。有志でアニメを作ってくれた人がいて……いや、何度も期待できることじゃないが。新作では、ちゃんと報酬を払って作ってもらおうと思ってる。素材として使う絵とは、フェリスに描いてもらうことになるな」
「ふわぁ……ちょ、ちょっと大変そうですけど、私がやりたかったことって、まさにそういうことなのです! えっちなゲームはまだ作れないのですけど、ゲームの絵を描いてみたかったのです……っ」
ゲーム開発において、シナリオと同等かそれ以上に負担が大きいのはグラフィックだ。フェリスは塗りまでできるが、基本的には原画家として線画のクリーンナップまでの作業をしてもらい、塗りについては俺の方で昔のツテを使って、在宅でCG彩色をやっているプロの人に頼もうと思っている。
「フェリスには原画をやってもらいたい。もちろん勉強もあるから、無理しない範囲でやれるように、俺も全面的に協力するから」
「らじゃーなのです、ユッキー部長!」
「いい返事だ。じゃあ倉嶋さん、ちょっと俺の代わりに進めてもらえるかな。俺が自分で進めるのは、少し照れるものがあって……俺の中では、これはもう『旧作』なんだ。二年前の俺を見せられるみたいで、落ち着かなくなるからさ」
「え、ええ……わかったわ。それじゃ、始めるわよ」
倉嶋さんが画面に表示された『スタート』のボタンを押すと、聞き慣れて頭の中に染み付いた効果音とともに、ゲームが始まる。俺はそれを少し離れて見ていた。
遥はメッセージウィンドウに表示されるテキストを、ほとんど瞬きをせずに見つめている――すごい集中力だ。フェリスも絵が表示されるたびに食い入るように見ている。
席に座ってゲームをプレイする倉嶋さんは、横顔を見られていることに気づいて、俺を見やる――それは俺が悪かったのだが、見ないで、というように威嚇されてしまった。いつも完璧な彼女がその時ばかりは子犬のように見えてしまい、俺は苦笑して机に突っ伏し、聞こえてくる音楽とクリック音を聞きながら待つことにした。
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