第12話 終わりかけた青春を、結城雪崇は再起動しようと試みる(12)

「部員集めは順調なようだな。おや……もう、四人集まっているように見えるが」

「は、はい。だいたい何をやるかも分かってて、志望してくれてるので……あとは、俺が作った試作ゲームを見てもらって、イメージを摑んでもらおうかと」

「それはちょうどいい。私も顧問として、見せてもらっておいたほうが……」

「っ……ま、待ってください先生。俺が作ろうとしてるのは、先生が想像しているようなゲームでは全くなくてですね、できれば先生には顧問だけをお願いして、活動内容には触れずに……」

「先生、このPCで動かせるように準備してあります」

「く、倉嶋さん! 仮にも俺の作ったゲームなのに、勝手に見せるのはちょっと……!」

 慌てふためく俺を見て、倉嶋さんは小首をかしげて微笑んでみせる。そんなことで誤魔化されるわけにはいかないのに、美少女はこんなときに手強い。

「私はよくできていると思うから、先生も含めて全員に見て欲しいと思ってる。さっきだって、二人に良い場面のセーブデータが沢山あるから、厳選して見せようと思っていたのよ。タカフミとミツカが屋上でお昼ごはんを食べるシーン、すごくいいじゃない」

「そう言って貰えるのは嬉しいけど、未完成品を見せるのは恥ずかしいというかだな……せめて絵を差し替えてから……そうだフェリス、どんな絵を描いてるか見せてくれるんだったよな」

 何とか一時的に話をそらすことに成功する――先生が不服そうな顔をしているが、俺にとっては死活問題なので、やすやすと見せられない。

 試作であっても、ゲームとは製作者の魂を晒すようなものなのだ。そうすると倉嶋さんたち三人の魂もユーザーに晒されることになるが、何となくエッチだ――とか考えている場合ではない。

「ユッキー先輩、私が昨日SNSに投稿した絵なのです」

「ユッキーて……ん? この絵……」

 スマホの画面を見ると、俺も登録しているSNSのカスタムされた画面が映し出される。姫系のデコレートだ――それは可愛らしいと思うが、それよりも。

 フェリスが描いたというイラストは、昨日の夜やっていたアニメのキャラクター――今季のダークホースと言われる作品に登場する、『旋律のディベルティメント』のキャラクターだった。

 一言で言って、べらぼうに上手い。前作の原画スタッフにも引けを取らない――いや、総合的には、探してもなかなか見つからないほどの腕だと言っていい。

「私にも見せて……凄い、この絵をフェリスさんが描いたの?」

「クララ先輩も、私のことはフェリスって呼び捨てでいいのです。その方が、早く仲良くなれる気がするのです」

「クララ……あ、あまり外で言われて返事をするのは恥ずかしいけど。部の中だけなら、なんとか許容できる範囲のニックネーム……かしらね……」

「嫌なら今のうちに言っておいた方が、人間関係が円滑になるぞ」

「ユッキーは順応が早いのね。フェリスさん……いえ、フェリスが何となく懐いてくれているからって、私に対して上から目線をしないでね?」

「い、いや、そういうつもりは……というか、倉嶋さんまでユッキーと言われるとかなり落ち着かないぞ……何ですか先生、その複雑そうな表情は」

「昨日のことといい、私はまだ君に対する疑いを捨てきれていない。もし君が、羊の皮をかぶった軟派男だったら、そんなところにこの子たちを引き入れられないからな。ゲーム製作を口実に、密室で……密室で何をするつもりだ?」

「そこまで来たら、自分で推理したらどうですか。先生の豊かな想像力で」

 やさぐれ気味に返事をするが、先生は顔を赤らめたまま、隠れていないほうの目で俺をじっと見てくる。先生が生徒をそんなに見つめないでほしい。そんな俺達を見て、遥が不思議そうに尋ねてきた。

「……? 先生、昨日何かあったんですか?」

「何かあったも何も、あったかもしれないように見えたので、私も悩んでいるんだ」

「せ、先生……あれは誤解です。繰り返し言っておきますが、私はそんなに破廉恥じゃありません。そういうことはちゃんとお互いを理解して……いえ、結城くんがそうだという話ではなくて、私は男女のことには全く……いえ、なんというか……」

 とても説明しづらそうだが、倉嶋さんは何とか先生を説得しようとする。先生が空気を読んでくれなければ、下級生二人に警戒されかねない。部員募集期間中に、俺と倉嶋さんに何かあったなどと誤解されてしまったら――。

「ユッキー先輩、私の絵、どうですか? ゲームづくり、できそうですか?」

「ん……あ、ああ。いや、驚いたよ。こんなに沢山の人に見られてて、それに、フォロアーの数が……んん?」

「そう……よね。このフォロアーの人数って……フェリス、あなたってプロで活動したりしているの? そうでなかったら、こんな桁にはならないと思うのだけど」

「人気のあるアニメのイラストだと、いっぱい見てくれる人がいるのですよ。私はほとんど毎日一枚ずつ投稿していた時期があったので、その頃にいっぱい増えたのです。今はじわじわ増えているかも、という感じなのですよ」

 そうは言うが、絵を拡散したり、『いいよ』をつけたりしている人数が半端ではない。もしフェリスが絵を担当しているゲームが完成し、世に出るとなったら、彼女一人だけでも宣伝効果は大きく、『パラレルシフト』のファン層とはまた違うユーザーが流入することになる。これほどフェリスに人気があるというのは、素直に賞賛すべきことであり、そんな絵師が入ってきてくれたことを僥倖と言うほかない。

「こんなに細かくて綺麗な絵を描けるのか……逸材を引いたな、結城くん」

「い、いや。フェリスを連れてきてくれたのは、倉嶋さんですから」

「ポスターを作って貼ったのは結城くんでしょう。あまり謙遜しなくていいのよ」

 倉嶋さんが朗らかに言うので、どうにも照れてしまう。フェリスはニヤニヤとして見ているが、遥はまるで聖人かなにかのように、俺たちを優しい目で見守っていた。性格という面では動と静というような、対照的な二人だ。

「ああ、それと……一つ提案したいことがあるのだけど。『ゲーム研究部』と『ゲーム製作部』がふたつあると、申請のときに跳ねられてしまう可能性があるから、部の名前も変えた方がいいと思うわ。ノベルゲームを専門に作る部活だけど、ノベルゲームとはっきり言うとそれはそれで偏った注目を集めてしまう可能性があるから、表現も工夫する必要があると思うの」

「む、それは確かにそうだな。活動内容が類似していると見られると、部が作れても予算委員会などでの査定が厳しくなるかもしれない」

 倉嶋さんの意見に先生が頷く。アイデンティティの要である部の名前は、確かに固有のものであった方がいい。

 ノベルゲームを作る部活ではあるので、その辺りに触れていればいいと思うのだが――と考えていると、フェリスが興奮した様子で倉嶋さんに話しかける。

「クララ先輩、さすが生徒会長さんなのです! ユッキー先輩と同じくらい、この部活のことをわかってるのです。私、そんなに頭がよくないので難しいことは分からないんですけど、確かにえっちな絵の出てくるノベルゲームを作ってるって知られたら、クラスの子たちからえっちな子だと思われてしまいそうで、恥ずかしいのです」

「なに……え、エッチと言ったか? 結城くん、君という男は……!」

「ち、違います! あくまでも、少年向けの範囲のサービスシーンがあるかもしれないってだけで、先生が想像してるようなハレンチな感じじゃありません!」

「私がハレンチだと……上等ではないか。今すぐ屋上に来い」

「だ、駄目です、暴力は……先生、ボクが結城先輩の代わりに怒られますから、どうか先輩のことだけは許してください……っ!」

 まだ会ったばかりだというのに、健気に俺のことを庇ってくれる。人を信じる心を失いかけていた俺は、遥が何を言っているのか一瞬理解できなかった――なんといういたわりと友愛だろうか。これが隣人への愛、アガペーだと神は言っている。

「先生は、元レディ……いえ、何でもありません」

「あぁん? ……コホン、済まない。結城くんに釣られてしまった。だめだぞ、仮にも学校でハレンチなどと連呼しては」

「ハレンチってタグをつけると、結構見てくれる人もいるのですよ~。あ、そういうタグをつけるのは裏垢ですけど」

 まさかこの美麗な絵柄でエロスな絵を――と食いつきかけてしまうが、男子ってやーねという目で見られるのも何なので、俺は真面目な顔を保つことに務める。

「倉嶋さん、何から何まで頼るようで悪いんだが、うちの部活に別の名前をつけるとしたら何がいいと思う?」

「そうね……無難な名前にはなるけれど、目立ちすぎて偏見を受けないようにということを重視して……こういうのは、どうかしら」

 倉嶋さんは視聴覚室のホワイトボードに、マーカーできゅっきゅっと書き込む。

 『総合ノベル研究会』

 その名前を見た時、俺は青くさくて恥ずかしいと思うが、こう思ってしまった。

 もう一度理想のゲームを作るために、止まっていた時間が再び動き始めたのだと。

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