第11話 終わりかけた青春を、結城雪崇は再起動しようと試みる(11)

 ――正直に言って、心が震えた。

 ゲームで評価される部分の大半はビジュアル、つまりは絵だ。

 それを俺の絵、つまりダミー素材で作った状態のゲームでも、彼女は内容を見て評価してくれた。

 俺の一年間は、無駄ではなかった――第一部完。そう一瞬思ってしまうほどの充実感。ネット上のユーザー評価でも一喜一憂するのに、こうして面と向かって良かったと言ってもらえることが、どれだけ嬉しいか。もう、倉嶋さんの下僕になってもいいくらいだ。というのは、『完成度は決して低くない』という意見つきでなければだが。

「でも、試作ゲームだっていうこともよくわかった。確かに絵も、文章の描写が足りていなかったりする部分も、技術のある人に担当してもらった方が格段に良くなるわ」

「……ああ、その通り。俺のゲームは全然未完成だ。こんな状態で完成したなんて言ったら、クリエイターの名がすたる」

 その未完成のゲームを、部活で完成させる。俺がやりたいことに、皆を巻き込む――もしくは、賛同する人に『開発に参加したい』と思ってもらう。

 ネットで募集するよりも、オフでスタッフを集める方が方が数段難しい。そんな俺の思い込みは、こうして部員が集まったことで覆された――いや。俺のゲームを評価してくれた倉嶋さんがもう二人を連れてきてくれたことで、創立メンバーの四人が揃ってしまった。

 あとは、入部の確約を得ることだ。二人がゲーム製作についてどう考えているか、ノベルゲームに対する理解がどれくらいあるのか、面談で聞かなければ。

 まずは、絵を描きたいと言ってくれている有栖川フェリスという下級生。彼女はずっと話に入るタイミングをうかがっていたのか、俺が見やると目を輝かせて、食いつくように話しかけてくる。

「部長先輩、生徒会長が夢中になるほど面白いゲームを作ってるのですか? それって、やっぱり男の人が作るゲームなので、えっちだったりするのですか? ミツカちゃんっていうヒロインの水着シーンとか出てくるですか?」

 ――ある意味、何の説明も必要もないくらい、ギャルゲーに対して偏見も何もないどころか、前のめりなまでのやる気を感じる。水着シーン、それはギャルゲーにおいて必須といえる、ゲームを彩る要素の一つだ。

「今のところカットされているけれど、舞台は夏だから水泳のシーンが出てくるわ」

「ほうほう、そのカットされたっていうちょっとえっちなシーンに、私が絵を描いたらいいのですね。それ、とっても楽しいです!」

 日本語は流暢だと思うが、少し喋りが特徴的ではある。コミュニケーションには全く問題もなく、『えっちなシーン』にこだわる理由はさておき、何を担当するかは分かった上で志望してきてくれたようだ。

「じゃあ、後で絵を見させてもらえると助かるな。塗りの作業もあるから、CGがどれくらいできるか次第では、塗りは別の人に頼む必要もあるし」

「はいです♪ あ、ふだん描いてる絵も見せますですね」

 有栖川さんはスカートのポケットからスマホを取り出す。スマホカバーに見たことのないキャラのイラストが描かれている。

「準備ができたら言ってくれ。それで、長瀬……くんは、文章を書いてるんだな。それは、公募に応募するためとか?」

「は、はい……その、姉の仕事の手伝いをしていて、自分でも文章を書くようになって。まだ、賞に出しているわけじゃなくて、ネットの投稿サイトで載せたりしてて……」

 俺は『おとこ』という存在について、ごくごく少数は現実にも存在するが、まず自分が遭遇することはないと既成観念を築いていた。

 だが、人が空想できる全ての物事は起こりうる現実であると偉い人が言っていたのは、本当のことだったのだと思ってしまう――この、長瀬遥という後輩を前にすれば。

 まず男子に『遥』と名付ける両親のセンスが卓越している。いや、某水泳アニメでも普通に名付けられていたが、あれは女子としても通用しそうな名前という共通コンセプトに基づいて、主要人物の名付けが行われたのだろうから――と、それはいい。

「ボク、姉以外にはまだ自分の文章を直接見せたことがないんです。文芸部では小説を書いたりはしていないみたいで、見学だけしたんですけど、少し違うなと思ったので、この部活の募集に興味を持ちました」

「人に文章を見せたりっていうことを、積極的にやっていきたいと。シナリオを書くことになったら、まず俺たちに見せることになる。それは望むところってことだな」

「はい、ぜひ。それだけじゃなくて、自分で設定を考えたりするのも好きなんですが、共同で作品を作ることもやってみたいと思っているんです」

「ゲーム製作は共同作業だからな。意見交換しながら作れるといいものができると思うよ。それじゃ、長瀬くんも……ああ、そうだ。自己紹介をしてなかったな」

 俺と倉嶋さんの二人の間ですら、アドレス交換までしたというのに、互いに名乗ったりはしなかった。

「アドレスに名前が書いてあるから、分かっているけど。雪崇くんっていうのね」

「っ……ま、まあ、そうだけど。千愛っていう名前は、珍しいな」

「ユーキ、ユキタカ……ユキ、ユキ……」

 有栖川さんは何か思うところがあるのか、小さく何かつぶやいている。そんな彼女を横目に、長瀬さ――いや、長瀬くんがおずおずと口をしつつ、上目遣いで俺を見てくる。いや、普通に見上げているだけなのだろうが、彼は少々仕草が可愛らしすぎた。

「よろしくお願いします、結城先輩。僕は後輩なので、もっと気軽に呼んでください」

「私もそうして欲しいのです、いつも名前で呼ばれてるので、そっちの方が落ち着きますです」

「じゃあ、フェリスに、遥……でいいのかな。俺のことは好きに呼んでくれ」

「呼び方は大事だから、今のうちに決めておいた方がいいわね。それで、私は……」

 倉嶋さんが何か言いかけたところで、視聴覚室のドアが開く。

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