第10話 終わりかけた青春を、結城雪崇は再起動しようと試みる(10)
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翌日――朝から俺は、窓の外を見ながら物思いに耽ってばかりだった。放課後に倉嶋さんが視聴覚室に来てくれるかどうか、俺の試作ゲームをやってくれたのかばかりを考えて、急に先生に当てられて間一髪のピンチという場面もあった。
一つ一つの授業が、やけに長く感じた。結城雪崇の一番長い日――と言うと大袈裟かもしれないが、それくらいに時間の流れが遅く、じれったいと思った。
だが、耐える時間にも終わりが来る。帰りのホームルームが終わり、今日も伊達先生が俺に視線を送ってから出ていく――今日は昨日と違って、微妙に牽制するようなニュアンスを感じた。まだ、倉嶋さんとのことを多少誤解されているようだ。
昨日のことを思い出しながら、どうしても急ぐ気持ちを抑えて、マルチメディア棟へ向かう。視聴覚室の鍵を借りようと、ロビーにある受付で鍵を借りようとすると、中にいる事務員の女性が驚いたような顔をした。
「視聴覚室の鍵でしたら、さっき借りていかれた方がいましたけど」
「え……そ、そうなんですか。すみません、今週一杯は、放課後は借りられるっていう話だったんですが」
「はい、『ゲーム製作部』の生徒さんが借りていかれましたよ。まだ部員を募集している段階ですけど、このままいけば設立できる見通しだと言っていらっしゃいました」
「わかりました、ありがとうございます」
ゲーム製作部の部員は、俺しかいない。鍵を借りるにしてもここで待っていてくれれば良かったのに、先に行くには何か理由があるのだろうか。
だろうか、じゃない。答えはもう出ている。
しかし『設立できる見通し』と言ってくれたのが彼女だと、今から確信を持って視聴覚室に行くなんて、とてもできない。
自分のゲームをプレイして評価してくれた。あの、高嶺の花というほかない存在の倉嶋さんが――俺が考える理想のギャルゲーのプロトタイプを試して、それでも入部したいと思ってくれたなんて。
信じられない、信じようがない。
だから俺は、喜んでいることが顔に出ないようにする。満面の笑顔で視聴覚室に入ってきた俺を見たら、それは客観的に見てもちょっと怖いというか、引かれてしまいそうだから――爆発しそうな感情を抑えて、視聴覚室のドアノブに手をかける。
「……あれ?」
部屋の中には倉嶋さんがいる、そう思っていた――確かにいるのだが、想定していた光景とは違っている。
座っている倉嶋さんの横に、二人の生徒が立っている――女子は、今までも全校集会の時などに見たことがある。外国からの留学生か、それともうちの妹のようにハーフなのか、ブロンドのふわふわとしたロングヘアが印象的だ。
もう一人は男子で――と、その姿を改めて見て、俺は首をひねりそうになる。確かに男子の制服を着ているのだが、遠目に見ても、女子よりも女子らしいというか、女子が制服を着ているようにしか見えない。
「彼が、うちの部活の部長よ。結城くんっていうの」
「お先に失礼していますのです、部長先輩」
「結城先輩、初めまして。あの、掲示を見て、興味があって来たんですけど……」
「それはちょっと違うのです。掲示板を見ていたら、生徒会長さんが声をかけてくれたので、案内してもらったのです」
リボンの色からすると、ふたりとも下級生だ。おっとりとした話し方のブロンド少女は、男子――制服が男子なのでそう認識せざるを得ないが、限りなく女子にしか見えない――と共に俺のところにやってくると、二人で紙を差し出してきた。
『1年G組 出席番号2番
希望する部活:ゲーム製作部
志望動機:絵を描いてゲームづくりに参加したい』
『1年B組 出席番号17番
希望する部活:ゲーム製作部
志望動機:文章を書くことが好きなので、興味があって希望しました』
それは、記入済みの入部届だった。
倉嶋さんがここに来るまでに二人に声をかけて連れてきて、これを書かせていた。入部届は職員室でもらう必要があるので、わざわざ取りに行ってからここに来たということになる。
「え、えっと……まだ、何も紹介とかしてないけど。本当に、いいのか……?」
当然の疑問だと思った。しかし、座っていた倉嶋さんが「ううん」と咳払いをして、ずんずんとこちらにやってくる。
そして彼女は腕を組み、なぜか肩をいからせながら、俺を横目で見ながら言った。今の俺は、直視できないような顔をしているのだろうか。
「私がある程度、どんなゲームを作るのかは説明しておいたわ。テストプレイをしたのだから、内容を把握できているし……そ、その……何というか……」
「そ、そうか……あのゲーム、プレイしててくれたんだな。昨夜連絡がないから、まだ手をつけてないのかと……」
「っ……そ、そういえば、そうだったわね……わからないことがあったら聞くって言っていたけど。とてもやりやすかったし、思っていた以上に、その……」
「い、いや、いいんだ。俺は絵も上手くないし、シナリオだって専門じゃない。とても人に見せられるものじゃないのに、プレイしてくれただけで本当に有り難い。試作品とはいえ結構長いから、最初の十五分くらいやってもらうだけで……」
「……そんな……っ、そんなこと、できると本当に思っているの!?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
――後ろに倒されそうなくらいに勢いで、倉嶋さんに詰め寄られている。美少女は至近距離で見ても美少女だ、とそんな場合でなくても考えてしまう。
「く、倉嶋さん、いきなりどうしたんだ。俺のゲームは凄く長いし、まだ試作段階だから、じっくりテストプレイする必要はないってことをだな……」
「……っ、……っ」
倉嶋さんは感情が高ぶりすぎて声にならないのか、俺が着ているシャツの胸のところを摑んだまま、口をぱくぱくと動かしている――そして俺は、あることに気づく。
「……倉嶋さん、目が赤くなってる」
「あっ……い、いえ、何でもないわ。ちょっと、最近ドライアイで……大丈夫、目薬を差せば治るわ」
倉嶋さんは俺からぱっと離れると、鞄から目薬を取り出して差しに行く。そして振り返ると、なぜかドヤ顔をする――まだ、目がうるうるしているのだが。
「ほら、大丈夫でしょう。目が充血するなんて、誰でもあることよ」
「……何というか、自分のゲームのことだから、言うのは恥ずかしいんだけど。もしかして、俺のゲームを全部やってくれたから、寝不足とか……」
「そんなことはないわ、どこにそんな痕跡があるっていうの?」
「今のところ第一部が終わるところまで作ってあるんだけど、どう思った?」
「あんなところで切るなんて鬼だと思ったわ。選択肢だって難しいし、何度か挑戦してやっとミツカが事故に遭わないルートを見つけたのに……あっ」
まるで漫画のような反応。今度は目どころか、耳まで真っ赤になった倉嶋さんを見て、
俺は思う――変な嗜好とかそういうのではなくて、素直に嬉しい。
ミツカというヒロインは、攻略に失敗すると事故に遭ってしまい、主人公と約束した場所に来られなくなってしまう。
それを回避できたところで、第一部は終わる。これはノベルゲームの体験版では最も効果的な手法の一つで、続きが最も気になるところで容赦なく切ることで、興味を継続することができる。無論、牽引力のあるストーリーにできなければ効果はないが。
「……朝まではかからなかったわ。一度見たシーンはスキップできたし、選択肢のところまで戻る機能もあったし……試作品とは思えないくらい、ちゃんとしてた。画面いっぱいに絵が出るようなシーンで、黒画面でごまかしていても、それでも楽しいくらいに……すごく、よかった。音楽も、演出も、完成度は決して低くないと思う」
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