第8話 終わりかけた青春を、結城雪崇は再起動しようと試みる(8)
急にクイズの時間が始まった。もう閉門まで、あと五分を告げる放送が流れているのだが。
「ええと……三番?」
「正解。そして四番も入っているわ」
「え……四番って……」
『ゲームのジャンルを差別しない』。それはただ先入観だけで、恋愛ゲームを否定しないで欲しいという意味で書いたのだが――。
「この部活が製作しようとしているのは、アドベンチャー……いえ、ノベルゲームね。絵と文章がメインの素材となるゲーム……募集要項を見れば、推測するのは難しくないわ。ジャンルでゲームを差別しないっていう条件があったのは、ノベルゲームにはミステリなんかもあるけど、恋愛ものが多いからでしょう? そういうものをオタクっぽいと言う人もいるものね」
俺は何も答えられない。
倉嶋千愛という人物は、ことごとく俺の想像を超えてくる。現実が、ゲームを
「私はあらゆるゲームの中で、ノベルゲームが一番好みに合っているの」
――ありえない。ゲームの中でも、そんなセリフを言うキャラクターを作ろうなんて、俺は一度も考えなかった。あまりにも都合が良すぎて。
「私は絵も文章も専門じゃないけど、製作のお手伝いはできると思うわ。高校の部活でどんなゲームを作れるのか、興味があるのよ」
畳み掛けるように、彼女が言う。俺が求めていた言葉ばかりで、自分が本当に現実の中にいるのか、また
だが、これ
今度は、俺の番だ――俺が、彼女に今伝えるべきことは何かを、止まっていた思考に活を入れて、絞り出そうとする。
「……俺は、ゲーム製作の経験があって……新作でも企画と、製作に必要な細かい雑用なんかをやろうと思ってる。だから、その……俺が今作ろうとしてるものの試作品に、少しでも見どころがあったら。できの悪いゲームだけど、完成させたとき、面白くなるような気がしたら……改めて、入部を考えてみてくれないか」
ゲームの核となるシナリオ、そしてグラフィック担当が入ってくれなければ、この部が動き出すことはできない。
しかし、まず大事なことは、ゲーム製作に強い関心を持ってくれる人を、自分以外にも見つけることだ。
そして俺がやろうとしていたことを、倉嶋さんと分担することができたら。彼女に負担をかけすぎないように、部員として籍を置いてもらえたら。
「私が多忙そうだからというのは、気にしないで。忙しいからといって部活を
胸に手を当てて彼女が言う。今まで見ないようにしてきたが、彼女が男子の人気を集めている理由の一つがそこにある――ブレザーを着ていてもはっきり分かるほどの起伏。つまり、彼女は胸がかなり大きい。
美人で巨乳の生徒会長が俺の作る部に興味を持ち、高いモチベーションを持って参加してくれる。これで俺のゲームが思ったよりつまらなそうだからと入部の話がなかったことになったとしても、それはそれで、彼女に認められるようなゲームを作るというモチベーションは生まれてくる。
後ろ向きではあるが、どちらにせよ前には進む。俺はマウスを操作し、デバイスを外す準備を整えてから、フラッシュメモリをPCから引き抜いた。
「この中に、俺が一年かけて作った試作ゲームが入ってる。これのクオリティは正直なことを言うと、全く満足がいくレベルじゃないんだけど、作りたいゲームの方向性や雰囲気は掴んでもらえると思う……倉嶋さん?」
もうマルチメディア棟を出なければ間に合わない時間なので、生徒会長の彼女が時間に遅れてしまうというのもまずい。そう思ってメモリを持ち、わりと早口でまくし立ててしまったのだが、少々先走り過ぎただろうか。
「……あ、あの。試作ゲームって、とても大切なものだと思うのだけど、いいの? 持って帰ってしまっても」
「ああ、そのつもりで持ってきたから。本当は、ここのPCを使って見せようと思ってたんだけど、もう時間が無いからな。忙しいと思うから、金曜日までにプレイしてみてもらえると助かるな。起動方法とかが分からなかったら、えーと……」
質問があったら連絡できるように、アドレスを交換する。何かその流れが役得のように感じられて自分でもどうかと思うが、倉嶋さんは自分からスマホを取り出す。
「分からないことがあったら、質問させてもらうわね。ゲームを起動してプレイしてみるだけなら、大丈夫だと思うけど」
思えば他人とアドレスの交換など、親や妹としかしていない俺だが、辛うじてアドレス交換の方法は覚えていた。しかし、操作してもなぜか上手くいかない。
「……
その聞き方だと、ぜひお願いしたいと言ったら新しい機種を買ってくれそうな感じだが――まあ、言葉のアヤだろうか。彼女があまりに自然に言うので、一瞬そんなことを考えてしまった。スマホの機種を新しくするくらいの資金はあるのだが。
「いや、変えるのも思い切りが必要というか。アプリが起動しなくなったら変えようと思ってるんだ」
「じゃあ、何とかこれで交換するしかないわね……近づけてみたらどう?」
「っ……」
倉嶋さんは机の上に身を乗り出して、座ったままスマホを持っている俺の前にずいっと身を乗り出し、白いカバーのついたスマホを近づけてきた。
「……専用のアプリを使った方がいいかもしれないわね。フリック操作で交換できるものがあるから、ダウンロードして」
「は、はい……かしこまりました」
「敬語どころか、執事みたいになっているのだけど……何か変なことを言ったかしら」
そうして小首をかしげる仕草も、彼女がやるとあざとさを感じない。
可愛いは正義というが、本当にその通りだと思う。しかし、感服してばかりもいられない。
視聴覚室の入り口から誰か入ってきたとき、今の俺たちの立ち位置では、まるで倉嶋さんが身を乗り出して、俺に顔を近づけているようにも見えるわけで――。
「っ……お、お前たち。入部の挨拶にキスをする文化など、この学校には……いや、私の知っている一般社会には存在しないぞ!?」
このように、様子を見にきてくれた伊達先生に勘違いをされてしまうので気をつけなくてはならない。
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