第7話 終わりかけた青春を、結城雪崇は再起動しようと試みる(7)

 感情的になって、一気にまくし立てて――それ以上、続ける言葉が出てこなくなる。

 仲間が欲しいから部員を集めているなんて、とても口にできなかった。

 前作のスタッフを一人も引き止められなかった俺がそれを言うことが、たまらなく惨めなことだと自覚していたから。

「……痛いところを指摘してしまったみたいね。でも、あなたも悪いのよ」

「……悪いって、何が?」

「そんなふうに噛みついても無駄よ。今のあなたには、牙がないのだもの」

 また分かったようなことを言う。美人なら何を言ってもいいと思っているのか。

「それで、どんなゲームを作っているの?」

 倉嶋会長は、さらに踏み込んでくる。

 彼女のような生徒が入部してくれるわけがない。そんなのは、本当にゲームの序盤ストーリーのような展開であって、現実には起こらない。

 しかし――もしまかり間違って、何かの理由があって、本当に入部したいと思ってここに来てくれたのなら。

 彼女がここに来たばかりのとき、息を切らしていたのは。

 委員会が終わったあと、急いで駆けつけてくれたからだと導き出せる。

「あまり身構えないでもらえると有り難いのだけど。生徒会長は部活に入ってはいけないという理由はないし」

「じゃあ……本当に……入部希望ってことで、いいんですか?」

「だからそう言っているのに。それに敬語でなくていいって言っているでしょう、ただでさえ日頃から同級生にまで敬語を使われて肩がこっているのよ」

「わ、分かった。えーと……じゃあ、この入部希望用紙に記入してもらっていいか」

「ええ。ごめんなさい、急いでいるから走り書きになってしまうけど……」

 スカートがめくれないように気を留めつつ席に座る仕草も、着席したときの姿勢の良さも、たったそれだけの所作で彼女が日頃から油断をしないタイプであることを感じさせる。それは書き文字にも現れていて、整った文字でクラスと出席番号、名前を用紙に書き込んでいく。

『2年A組 出席番号12番  倉嶋くらしま千愛ちあ

 ふりがなを見たところ、千愛と書いて『ちあ』と読むらしい。その凛とした容姿と比べて意外に可愛らしい名前だ、なんて言ったら怒られるだろうか。

 海崎高校は公立高校だが、AとBの2クラスは特進クラスとされており、成績優秀者が集まっている。首席の彼女がAクラスにいるのは当然だ――俺のDクラスも言うほど悪いわけでなく、学年全体からすると平均よりは上の位置である。

 特進クラスと一般クラスには色々と差があるのだが、端的に言うと特進クラスの方が授業のコマ数が多い。今日だと俺は七限、彼女は八限まであり、さらに委員会に出て、その後に閉門時間ギリギリでここに来たということになる。

「倉嶋さん、特進で部活にも来るって大丈夫なのか?」

「ええ。ゲーム製作って、PCを使ってするんでしょう。それなら、下校時間に縛られずに自宅でも部活動ができると思うのだけど……この認識であっている?」

「あ、ああ。確かに、自宅でもやりとりができると、開発は確実に進められると思う。その前に、どんなゲームを作るのかを紹介しないとな」

「……それは……たしかに、当然のことだけど。いいの? まだ私が製作の役に立てるか分からないのに、紹介なんてしてしまって」

「いや、むしろ紹介してから入部については最終判断をしてもらうってことで……あれ? 倉嶋さん、ゲーム製作のことが結構イメージできてるみたいだけど、もしかして、元から興味があったってことか?」

「っ……」

 ふと気になって尋ねて見ると、ずっとポーカーフェイスに近かった倉嶋さんの表情が、初めて大きく変わった――ように見えた。

 心なしか、ほんのりと顔が赤くなっているように見える。彼女は頬にかかる髪をかきあげながら、視聴覚室の長机を挟んで向かい側に座っている俺を上目遣いに見た。この角度で女子から見られることがほとんどないので、実際はこうなのか、とささやかな感動を覚えてしまう。

「……興味が無かったら、入部希望なんて出すと思う?」

「そ、それはそうか……確かにそうだよな。でも倉嶋さんとゲーム製作って、普段のイメージからすると全然結びつかないから」

「そんなに日頃から注目していたの? 全然気が付かなかったのだけど……」

「い、いや……本人を前にして言うのも何だけど、倉嶋さんは間違いなくうちの学校で一番目立ってるし、注目されてるから。俺も、そのうちの一人ではあるというか……」

 つまりは俺も、倉嶋さんを遠巻きに見ているモブの一人であって、存在を認識されていないのは当然で――まあ話したことがないので当たり前なのだが。

「ま、まあ……生徒会長なんてしていたら、注目というか、視界に入るのは当然のことよね。ごめんなさい、自意識過剰な言い方をして」

 生徒会長として周囲を引っ張る姿から感じていた、絶対的な自信――絵に描いたような高嶺の花で近づきがたいというイメージも、話すほどに変化していく。

 手に入らないものは何一つない、それほど完璧に見える彼女が、謙遜を口にする。『自意識過剰』なんて、彼女が絶対に言いそうにない言葉だと思っていた。

「できれば志望動機の欄は、他の人にも見られるから、本当のところは書かずにおきたいのだけど」

「とりあえず、ゲーム製作に関心があるからっていうだけで大丈夫だと思う。俺の方こそ、あのポスターには詳細を書いてないからな……志望動機は、どういうゲームを作るか次第でも変わってくると思うし」

 ようやく会話に慣れてきたというのに、一瞬で全てが瓦解するかもしれない。

 それほどに、『恋愛ノベルゲーム』を作っているというのは容易に明かし難かった。

 俺が作っているゲームの内容を紹介するには、フラッシュメモリを持ち帰ってもらい、実際に触ってもらうのが一番手っ取り早い。

 手っ取り早いのだが――正直、同級生の女子に自分が作ったゲームをプレイしてもらうなんて、自分から希望して拷問を受けるようなものだった。恥ずかしさで死ぬ。

「私はアクションとか、ロールプレイングとか、シューティングの類はそこまで興味がないの」

「……じゃあ、シミュレーションとか、農場系とか、フィットネス系とか?」

「いいえ。どれも触ってみたことはあるけど、それほどハマれなかったわ。私がドハマリしているのは、もっと別のジャンルよ」

 ハマるとかハマらないとか、ドハマリだとか、そんな単語が彼女の口から出てきてもいいのだろうか、と俺は親のような気持ちで心配する。

 その反応になぜか気を良くしたのか、倉嶋さんはさらに続けた。

「あのポスターには、入部希望者への条件が書かれていたわね。あの中で、私はどれにあてはまると思う?」

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