第5話 終わりかけた青春を、結城雪崇は再起動しようと試みる(5)
「
「そちらはあなたに一任するわ。私は部活の予算編成委員会に出ないといけないから」
「は、はい……でも、副会長の私だけでは、上手く進行できるかどうか……」
「心配しなくても、委員会は新しい委員長たちの顔合わせのようなものだから。予算編成については、連休に入る前に各部の申請について議論しなくてはならないの。優先度をつけているようだけれど、どちらも同じくらい重要な仕事よ」
「で、でも……私、正直言って自信が……」
副会長なら、会長の手が回らない仕事を補佐して然るべきだ。そう思ってしまうところだが、倉嶋会長は気を悪くした様子もなく、自分と同じ色のリボンの制服を着た副会長――同級生の女子を前にして、緊張した空気を解きほぐすように微笑みかける。
「もし何か問題があったら、私に連絡してきなさい。それなら安心でしょう?」
「……会長」
「貴方は先生方からの推薦で役員になっているものね。期待が大きくて大変なのは分かるわ。でも、重い荷物なら生徒会全体で背負うべきで、貴方が一人で抱え込むことはないのよ」
――そんなことを、こんなに生徒が集まっているホールで言ってしまったら。
彼女のように近づきがたいほどの容貌を持つ人が、緊張している仲間を励ますような言葉を、穏やかな微笑みを浮かべて口にしたら。
まるで絵に描いたような展開。行き交う生徒たちが足を止め、会長と副会長に注目する――会長は副会長に頼られる存在であり、自分自身に対する重圧をものともしない度量を持っているということを、生徒の誰もが思い知る。
悔しいのは、彼女がそれを狙ってやっているわけではないということだった。ゲームに登場するヒロインでも、これほど人望を集める天分を持っているキャラクターはそうそう登場しないだろう。
副会長を落ち着かせて別れたあとも、会長は周囲から遠巻きの視線を受けていることに気づき、軽く視線を巡らせる。それだけで、生徒たちは慌てて会長から目をそらして散っていく。
「……ふぅ……」
見間違いかと思うほどの、一瞬のこと。
倉嶋会長は肩にかかる髪に触れながら、憂鬱そうにごく小さなため息をつくと、正面に目を向ける。
視線の先にあるのは、掲示板。生徒会長ともなれば、どんな掲示が出されているか、毎朝確認する習慣があるのだろうか。
俺の作ったポスターは、ありふれた掲示の一つとして流されるだろう。彼女が目を留めることはないだろうし、俺は今度こそ自分のクラスに向かおうとする。
自意識過剰ではありたくない。しかしどうしても気になってしまい、俺は玄関ホールの階段を上がる前に、掲示板に視線を送ってしまった。
「……あ」
思わず声を出しかけ、途中で飲み込む。それほどにありえない光景が、俺の目に確かに映し出されていた。
他の掲示が山ほどある中で、倉嶋会長は、掲示板の端をじっと見つめていた。
その先にあるのは、俺の貼り出したポスターかもしれない。だが、階段の途中で立ち止まってまで見ていれば、俺の行動は不審に見えると分かっていた。
俺は自分のクラスに入り、窓際の一番後ろから一つ前の席に座って、窓の外を見ながらホームルームの始まりを待つ。
生徒会長は俺のポスターを見たのではなく、掲示物を確認しただけだ。そう自分に言い聞かせながら、俺は妹から届いたメールを確認する。
『お兄ちゃん、首尾はいかがでござるか』という質問に、『それなりにいい感じでござる』と返信する。妹が急に忍者になろうと、俺ほどの兄となると動じはしない。
◆◇◆
放課後、俺は入部志望者待ちをするべく視聴覚室に向かった。伊達先生も教室を出るときに俺に対して意味深な目配せをしていたし、新入部員など来ないと決めつけて帰ったら、今度は相談ではなく説教をされることになりかねない。
海崎高校は北校舎と南校舎に分かれており、北校舎は文化部のクラブハウスとして使われている。視聴覚室があるのはマルチメディア棟という、ここ最近になって建てられた施設で、ここで一部の文化系クラブが活動している。
俺のゲーム製作部も、PCを必須とする都合上、このマルチメディア棟の空き室を使わせてもらうというのが理想ではある。しかし創部の許可が下りてから申請することになるので、今は視聴覚室を使わせてもらうことにした。
視聴覚室の備品であるPCの使用許可はもらっているので、試しに立ち上げてみる。
フラッシュメモリを刺して、俺がこの一年をかけて作った『雪之丈ゲーム二作目(仮)』を起動する。ここの環境でも、問題なく起動した――環境依存にならないよう留意して作っているのだが、こうして実際に動かせると安心する。
しかし、改めて思う――これを入部希望者に見せるのは勇気が要る。
昨日までは俺の作った、お世辞にも上手いとは言えないグラフィックでゲームを作っていた。さすがに見栄えに問題があるので、今は前作の素材を流用して、仮素材だと分かるように「ダミー」の文字を貼り付けている。
グラフィックを担当できる部員が入ってくれたら、このダミー素材を差し替えて完成に近づけていく。そういう作り方ならば、工程の説明もしやすい――だが、そもそも俺の要求するクオリティに耐えうる絵を描ける人が入部志望で来てくれるというのがハードルが高い。そんな人が高校生で、この学校にいて、募集ポスターを見て来てくれるなど、それこそ天文学的な確率の低さだ。
そう思っていながら、俺はこうして入部希望者がやってくるのを待っている。
先生の厚意を無にしないためのポーズに過ぎないのかと言われれば、それは違う。
――絶対に無いと思いながら、わずかに期待してしまっている。
俺にクリエイターとしての名声を与えてくれた『パラレルシフト』。
それを超えるゲームを作るには、奇跡を起こさなくてはならない。
俺が求めているスタッフが集まり、意思の疎通がしっかりとできて、完成までモチベーションを共有することができる――そんな、砂漠でゴマ粒かコンタクトレンズを見つけ出すような奇跡を。
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