第4話 終わりかけた青春を、結城雪崇は再起動しようと試みる(4)
俺が作っているのは恋愛ゲームであり、さらに参加するスタッフにはプロで通用するスキルが要求される。
恋愛ゲームというジャンルは、作っている俺が言うのもなんだが、主流からは遠いニッチだと言わざるを得ない。それをプレイしていることを打ち明けることは、カミングアウトと表現せざるを得ない行為だ――相手が理解者であれば、全く引け目を感じることなど無いのだが。
「君さえ良ければ、近隣の高校から部活交流で仲間を集めるということもできるぞ。うちの市には、高校部活動の交流サイトがあるからな」
クールな伊達先生のイメージからすると少々似つかわしくない、チョコレート柄のスマホカバーを開いて、先生は俺に遠慮なく画面を見せてくれる。しかし、部活を立ち上げていきなり人員をネットで募るのも本末転倒ではないか。
「ええと……実は事情があって、どういうゲームを作ってるか広く知られるわけにはいかないんですよ。それに俺の企画に賛同してくれて、一定のスキルを持ってる人が集まるわけもない。やっぱり、もっと他の方法で――」
言いかけたところで、先生はふっと笑った。なぜこのタイミングで笑うのか――その慈愛に満ちていると言うしかない微笑みに戸惑ってしまう。
「私はバレーが好きで、中学から大学までずっと続けていた。それぞれの学校で出会った仲間たちとは未だに交流がある。自分の好きなことを仲間と共有できれば、一生の財産になりうるということだ」
「俺の好きなことをするために、仲間を見つけろっていうことですか」
「さっきからずっとそう言っている。それが駄目だったら、私にもう一度相談してくれればいい。バレー部のマネージャーにしてもいいし、生徒会役員になるべく手伝いをさせてもいい。学園生活を豊かにするきっかけなど、探せば幾らでもある」
それは確かに、と半分は同意する。しかし、あくまで半分だけだ。
俺は自分がバレー部のマネージャーとして順応しているところも、生徒会役員見習いとして活動しているところも上手く想像ができない。
もし俺が部を作ろうとしても、どんなドラマも起こらないだろう。諦めているのではない、現実とはゲームのようにはいかないものだというだけだ。
しかし何も起こらないだろうとしても、相談に乗ってくれた伊達先生が、コーヒーを一杯飲む間の時間を与えてくれたことには感謝していた。相談するだけして、「参考になりました」とお茶を濁すのなら、初めから相談などしていない。
「君は考え事をしているとき、眉間にしわが寄るな。若いうちからそんなことだと、癖になってしまうぞ」
「すみません、またやっちゃってましたか。目が悪くなるからやめたほうがいいと、妹にもよく言われてます」
「お父様は海外赴任中で、お母様も同行しているということだったな。妹さんとの二人暮らしで家事などもあるだろうし、学園での活動を増やすことを強制はしない。しかし君が部を作ったら、私にできることはなんでも協力しよう。こうして君の担任になったというのも、大切な巡り合わせだからな」
俺はカップに残ったコーヒーを飲み干す。
カフェインが脳を活性化させて、一時的に積極性が高まってしまった。そんな言い訳でもなんでも構わないが、とにかく。
「先生」
「うん、どうした?」
優しく頷きながら聞いてくる伊達先生を見て、俺は新作に先生キャラを出してもいいかもしれないと思った。これまで学園恋愛アドベンチャーに登場するヒロインでも、年上は一歳上までと決めていた俺が、久しぶりにルールを改定してしまいそうだ。
俺という人間は、それほどまでに優しさというものに飢えているのだ。妹以外に、女性は基本的に厳しいものだと思って生きているから――正直を言って、先生の優しさには感謝しきりだった。
そこにこんなお願いを被せるのだから、我ながら図々しいものだと思う。
「顧問って、複数の部活を兼ねられるんですか?」
そう尋ねたときの伊達先生の嬉しそうな顔が、さらに俺に理屈のない期待を抱かせたことは言うまでもない。
2
都合のいいことはそう起こらないし、奇跡は何度も期待してはいけない。それが俺の人生訓であるはずなのに、なぜ俺は部活を作ることに前向きになっているのだろう。
そう思いはするが、親身に相談に乗ってくれた先生の手前、途中でやっぱりやめましたというわけにもいかない。俺は妹に協力してもらい、夜なべをしてポスターを作り、早めに登校して朝イチで掲示板に貼り出すことにした。
ゲーム製作部、創部のお知らせ 創立メンバー募集中、受付は視聴覚室にて
一、PCでイラストを描ける
二、小説を書いたことがある
三、ゲーム製作に興味がある
四、ジャンルでゲームを差別しない
一つでも当てはまる方、未経験者でも歓迎します
質問その他もろもろは2年D組の結城まで
どんなゲームを作るかを公表していないという点で、このポスターは全体的に曖昧な情報しか開示していない。
そしてポスターを貼るスペースも目立つ場所は占拠されているので、端に貼るしかない。カラフルなギャル文字が躍る軽音楽部のポスターの隣に掲示すると、少し小さくまとまり過ぎたかと思えてくる――だが、まずはこれで様子を見たい。
あからさまに監視しているわけにもいかないので、距離を取って携帯の画面を見ているフリをしつつ様子を見ていると、掲示板の前で生徒の足が止まった。あのリボンの色を見るに、新入部員として有力な候補となる一年生だ。もう半分以上は部活を決めているだろうが、例年の傾向では、四月いっぱい迷っている生徒も多いらしい。
「ユカリ、何か良さそうな部活あった?」
その時、俺に緊張が走る――俺が作ったポスターに、ユカリと呼ばれた小柄な女子が視線を滑らせた気がしたからだ。
「美術部か、軽音部。放課後にティータイムとかしてそうだから。できるだけ、ゆるめの部活がいい」
惜しい――ということもない。そもそも、ノベルゲームや二次元の文化に縁のなさそうな下級生だというのに、これも人の性と言うものか、ポスターを見るだけ見てもらえないかと期待してしまう。
「文化系だったら、どこでも休憩のときにお茶とかしてるんじゃない?」
「そうかも……あ、昨日はなかったポスターが貼ってある」
(見てくれた……!)
やはり見てもらえるだけで嬉しいものだ――それ以上は望まない。そう思っても、もしかしたらと考えてしまうのは否めない。
「ゲーム製作部……これって、オタクっぽいやつじゃん?」
「でも、文化部だからティータイムはありそう」
「オタクっぽいのは駄目だよ、クラスで浮いちゃったらどうすんの。それにあたしら、そういうの似合わないって」
「ん……それなら、やっぱり軽音部にする」
「そうそう、それがいいって。今日の放課後にでも見学行こうよ」
二人の下級生女子は連れ立って掲示板の前を離れる。片方の子はいかにも高校デビューというようなギャルっぽさだったが、もう一人はこの日本において絶滅危惧種といえるツインテールという点が気になった――と、そんなことを気にしても仕方ない。
それからも何人かポスターには目を止め、関心を示してはいるが、どちらかというとプラスではない種類の好奇心を向けられているだけに過ぎなかった。
分かってはいたことだ。ポスターを貼ってすぐに誰かが関心を寄せてくれるわけじゃないし、期限ギリギリまでの耐久戦になる。
「……そろそろ行くか」
このまま掲示板の様子を監視し続けていたらさすがに不審すぎるので、校舎の二階にある自分のクラスに向かおうとしたときだった。
登校してきた生徒たちの足音や喧騒で騒がしかった一階の玄関ホールの空気が、急に変わったような気がして、俺は後ろを振り返る。
太陽の光を背にして入ってきたのは、流れるような黒髪を持つ一人の女子生徒。
学園生活に目を向けていなかった俺でも、その存在は知っていた――彼女は昨年度末の生徒会役員選挙で、他の候補を圧倒的な票差で下して当選し、数年ぶりに二年生で生徒会長になった。
この学園で最も名前と顔が知られている生徒。彼女を学園で見かけるときは、いつも取り巻きを連れていた。
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