第2話 終わりかけた青春を、結城雪崇は再起動しようと試みる(2)

 海崎高校うみさきこうこう二年D組、そこが俺のクラスだ。

 中学時代にゲーム制作であれほど時間を使って、それでも県下有数の進学校に入学することができたのは僥倖だった。

 入学当時はまだ、俺の目は多少なりと輝いていたことだろう。入学生総代表が飛び抜けた美少女だったこともあり、同じ学校に通えるだけでラッキーだと思ったものだ。

 だが、俺は高校に入ってからすぐにスランプに陥った。

 中学二年の時にSNSで知り合い、俺にゲームの作り方を教えてくれた、『師匠』と呼んでいた人。ただ理想のゲームを作りたいと漠然と考えていただけの俺に、ゲーム製作におけるあらゆる手ほどきをしてくれた人が、中学卒業と同時に俺の相談役を『卒業』すると言って、それきりパッタリ連絡が取れなくなった。

 俺はその人に、クリエイターとしても、ネット上の友人としても依存していたのだろう。一人でも新作を作ってみせると奮い立つものの、『師匠』がいてくれた時と比べると、アイデア出しの作業からなかなか前に進まず、毎日授業が終わると速攻で家に帰り、頭ががるまでパソコンの前で悩み続けた。

 結果、学校での人間関係に回すカロリーが無くなったというのは、言い訳に過ぎない。あくまでゲーム製作は学生の本分ではなく、俺の趣味だからだ。

 このままではゲームも完成せず、何も残せずに高校生活が終わってしまう。今さら人並みの高校生活を送りたいと思うのは、俺の甘えに他ならないとは分かっている。

 しかし、一度は甘えてみたいと思ってしまうほど――否。相談に乗ってもらいたいと思うほど、今回の担任は今までとは違っていた。

 控えめに言っても、彼女はそうそういないくらいの美人だった。それこそ、声をかけられただけで動揺してしまい、変な返事をしてしまうくらいの相手である。

 だが、担任の先生だ――そこに希望を見出し、俺はある日の放課後、帰りのホームルームが終わったあとに先生に声をかけた。

「先生、すみません。ちょっとお話させてもらっていいですか」

「なんだ? 今日はバレー部の試合明けで部活を休みにしているから、ある程度なら相談に乗ってやれるが」

 二年D組の担任であり、バレー部の顧問でもあるこの伊達だて鹿緒しかおという先生は、男子生徒たちからの人気がとても高いらしい。スタイルがいいというか、ストレートに言うと巨乳だからだ。おっぱいミサイルという表現は頭が悪いと思っていたが、実在してしまうのだからこの世は面白い。探せ、だいたい全てをおっぱいの上に置いてきた。これが世に言う大おっぱい時代の幕開けである。

 さておき、ほとんど中年男性とおばさんで構成された我が校の教師陣において、若くて美人な女性教師というのはやはり注目される。一年のときは保健体育理論の授業を受け持ってくれていたのだが、その時も美人だなと思ってはいた。やたらと硬派な口調で、長い髪で片目が隠れがちであるという容姿から、昔はヤンチャをしていたのではと噂されており、彼女を前にして軟派なことなど考えようもないのだが。

 相談があるという旨を先生に伝えると、指導室に連れていかれた。校則違反の生徒に対する指導にも使われる部屋だが、俺は今回初めて入った――テーブルを挟んでソファが置いてあり、コーヒーの匂いがする。

 生徒にコーヒーが出されることは無いかと思ったが、普通に出てきた。ミルクと砂糖が添えてあるので、とりあえず両方入れる。

結城ゆうきは砂糖とミルクを入れる派か。私はブラックのイメージがあると言われるが、それはなぜだろうな。自分ではわかりかねている」

「伊達先生はクールでかっこいいからじゃないですか。そういう女性はコーヒーもブラックで飲むという共通認識というか、そういうものがあると思うんですよ」

「んっ……けほっ、けほっ。な、なんだ急にお世辞のようなことを……君は授業中もぼーっとしていることが多いから、何か学校生活の悩みでも抱えているのかと思ったが、意外に饒舌なんだな」

「いや、悩みなら抱えてます。ちょっと自分の人生について、見つめ直さなきゃいけない時が来たような気がしてまして……」

 可能な限り真剣な目をして、俺は神妙しんみょうに話を切り出した。伊達鹿緒教諭(二十七歳独身)は、常に周囲の襟を正させるような眼光をしているのだが、心なしか落ち着かなさそうに視線を横に逃がした。

「な、なんだ……教師をそんなふうにガン見して、いったい何を話そうと言うんだ。メンチを切られているのかと思ったぞ」

「先生、やっぱり昔は相当なヤンチャをなさってたんですね」

「……私は部活が休みでも、やることがあって忙しいんだが?」

「す、すみませんでした。もう絶対に舐めた口を利いたりしませんから、ぜひともご指導をお願いします」

「……まあ、私も自分が生徒から怖がられていることは理解している。ナメられるよりはずっといいからな、その印象を変えたいわけでもない。間違ってはいないしな」

「間違ってはいないんですね……」

「軟派よりは硬派な方がいい、教師としてもな。それで、君の悩みというのは? 友達がいないことか、二年にもなってまだ部活に所属していないことか。成績については中の中といったところだから、進学先の望みが高すぎなければ今から焦ることもないだろう。さあ、どうだ」

 私は担任なので受け持っている生徒のことをよく知っているぞ、と言わんばかりに伊達先生は胸を張った。身体の一部分に生じた縦の振動に、マグニチュードはどれくらいかと気になってしまう。

「……そ、そういう指導は無理だぞ。私も教師続けたいからな、まだ夕日に向かってみんなで走るとか、達成していない目標が沢山あるし」

「い、いや、俺もそこまで冒険したいわけじゃないので。先生がどうしてもと言ってくれたら、それは断る理由はありませんけどね」

「……やはり君は教師を教師と思っていないのではないか。竹刀を持ってきていいか? 男子高校生の臀部はさぞいい音を立てるだろうな」

「僕は楽器じゃないですよ、先生。演奏するならもっと別の音楽にしてください」

 思わず一人称が『僕』になってしまうとき、人は誰しも真の恐怖を感じているものである――と、これ以上は本当に先生の好感度がマイナスに達してしまう。

「別の音楽って何だ……はぁ。君は今の生活状況でも、意外に余裕があることはわかった。それでも悩みがあるというなら聞いてやる」

 伊達先生は眼鏡をかけると、指導記録というものだろうか、黒いカバーのファイルを取り出して万年筆を持つ。何をしてもいちいち絵になると思いつつ、俺はある一点に留意して、自分の悩みを話そうと試みた。

 俺という人間が学園生活に適合しようと努力してこなかったことについて、自虐的になりすぎないよう、かつ簡潔に伝えねばならない。『自業自得だ』と言われてしまっては、それで終わりだ。

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