隠れオタな彼女と、史上最高のラブコメをさがしませんか?

朱月十話/ファミ通文庫

第1話 終わりかけた青春を、結城雪崇は再起動しようと試みる(1)

 高校生が、ゲームを作るために部活を作る。

 それも、『恋愛ノベルゲーム』を作ると言ったら、世間的には馬鹿げているとか、それは趣味の範囲でやれとか、そう言われるのが普通だろう。

 まして、こんなことは決してありえないはずなのだ。


「新しい……部活を作るっていうポスターを見て、ここに来たんですが。もう、締め切ってしまいましたか?」


 こんなふうに、学園で一番の美少女が、同じ部活で活動したいと申し出てくれることなどは。

 初めは、夢を見ているのかと思った。あるいは幻聴でも聞こえているのかと。

 しかし瞬きをしても、白いレースのカーテン越しに、窓から夕日が差し込む視聴覚室の光景と、その中に立つ美少女の姿は消えたりはしなくて、艶のある長い黒髪は微風に揺れ、大きくて澄んだ瞳もまた、俺をじっと捉えたままで。

 頬をつねることも考えたが、それこそ漫画の読み過ぎと言われそうで、俺はただひたすらしどろもどろになる。

 『若き天才クリエイター』『ノベルゲームの新星』と呼ばれた俺だが、ゲームの中でヒロインとのやりとりを描くことはできても、リアルで上手いこと言えるわけもなく、いきなり軽妙なジョークを飛ばしたり、奇人ぶりをアピールしたりしてから徐々に心を開いていくなんてことも到底無理な話で――、


「質問をしているのに、答えずに百面相ばかりして。何も答えなくても意図を汲んでくれっていうの? あまり感心しない態度ね」


 普通はそうやってしどろもどろになったら、こうやって怒られるものなのだ。

 主人公を全肯定するヒロインは、リアルでは貴重な存在だ。いや、むしろ現実になんて存在し得ないし、彼女をヒロインと例えること自体が失礼で――と考えていたらまた怒られてしまうだろうから、そろそろ腹をくくらなくてはいけない。

 万が一、彼女がもし本当に、俺の部に入部希望で来てくれたのだとしたら。

 そうだとしたら――何が起きるのか。未来のことは、決して誰にもわからない。


   1


 俺の家には現在、両親は一緒に住んでいない。父親が仕事で海外赴任になり、母親はそれに同行していて、今は俺と妹の二人だ。

 今日の朝食を作る当番は俺だった。自分で作った二人分の朝食を摂りながら、思わず俺は、昨今の懸念事項について独り言を繰り出してしまう。

「俺の思春期、もう終わっちまったのかな……」

「まだ始まったばかりだよ、お兄ちゃん」

 たわいない俺の弱音に答えてくれる妹は、誤解を恐れずに言えば、ここ数ヶ月で唯一会話している異性である。妹に異性を意識しているとかではない。

 厳密に言えば、担任の先生とも「次の日直は君だな」「へい」というくらいは会話をしたかもしれない。年上の女性にいきなり声をかけられて酷く動揺し、挙動不審きょどうふしんに陥った苦い記憶が蘇る。

 学生を主人公にしたゲームを作っているのに、学校での会話不足でネタに詰まるとは、俺の生き方自体に何か致命的な間違いがあるんじゃないだろうか。

「何か悩んでることでもある? 最近ため息が多いから、氷菜は心配だよ」

 俺と妹――氷菜ひなは遺伝子的に繋がっているのは間違いないのだが、なぜかあまり似ていない。俺より三学年下で、年は今のところ二つ離れている。俺のほうが誕生日が遅いので、氷菜は中学二年で十四歳、俺は高二で十六だ。

「自分のことを名前で呼ぶのは控えめにな。家の中とはいえ、親しきお兄ちゃんにも礼儀ありというやつだぞ」

「お兄ちゃんだって自分のことお兄ちゃんって言ってるじゃん」

「それもそうか。いや、基本的には俺は俺のことを俺って言うぞ。僕と言ったからといって、動揺してるわけじゃないからな」

「私はお兄ちゃんが僕っていうと、昔に戻ったみたいで嬉しいよ?」

「……な、なんだよ。夕食を作って欲しいからって機嫌を取っても、俺はそんなにチョロくはないからな。何が食べたい?」

「じゃあね、じゃあね、氷菜はね、焼きそばかハンバーグがいい!」

童心どうしんに返ったメニューだな。じゃあお子様ランチにするか」

「それを言うなら、お兄ちゃんって童……ドームシティとか行きたくない?」

「どっ……ドームシティっていうよりラクーアだよな、氷菜が好きなのは」

「だってお兄ちゃんと温水プールで泳いだりするの恥ずかしいし……」

 温水プールに妹と行くには、俺たちは大きくなりすぎた――ということもないのだろうが、客観的に見て仲良し兄妹にもほどがある。というか、スキあらば妹が童貞とか指摘してくるのが心臓に悪い。兄妹でも触れてはいけないセンシティブな問題だ。

「高校入ってから、お兄ちゃん友達できてないよね」

「それが例え事実だとしても、もう少しオブラートに包んでだな……」

「一緒に遊ぶ人がいないうちは、氷菜が遊んだげる。そしたら、またゲーム作るの手伝ってあげるし」

「それは真剣にありがたい。ちょっと泣けるっての」

 とは言うものの、妹にはあまり負担はかけられない。その気になると、この妹はテスト勉強や宿題を放り出しても俺のやることに付きあってくれるからだ。

「なんて、私がお兄ちゃんに遊んで欲しいだけなんだけどね。分かってても言わないでくれてるんだよね、お兄ちゃんは」

 これくらいの一言で完全に攻略されてしまうほど、俺は簡単なお兄ちゃんである。それを妹も分かっているので、こちらとしては完全にお手上げだ。小悪魔系の妹に翻弄されるのは兄の義務だと思っている。

「それでお兄ちゃん、ゲーム作りの新しい仲間は見つかったの?」

「ま、まあ……全然集まってないというか、集めるために動く段階ですらないな」

 中学時代に、俺はネット上で仲間を集めて自主制作のノベルゲーム『パラレルシフト』を作り、自分のサイトで無料公開した。

 結果はといえば、作った俺自身の信じられないほどの大成功だった――あれよと言う間に口コミで評判が広がり、動画サイトで紹介されたことをきっかけにして爆発的にダウンロードが伸び、評判を聞きつけた商業ゲーム会社で移植までされてしまった。

 一作目がそんな成功を収めれば、周囲は二作目に期待する。他ならぬ俺自身も、高いモチベーションを持って二作目を作ろうとした――しかし。

 現状はといえば、スタッフは俺だけしか残っていない。

 一人でも開発を進めてはいるが、最初にゲームの体験版を出す予定だった高校一年の夏はとっくの昔に通り過ぎて、二年の春を迎えてしまっていた。

「お兄ちゃんが自分で絵を描くよりは、氷菜の友達の上手い子に描いてもらった方がいいと思う。ネットに絵をアップすると、沢山『いいよ』がつく子いるよ」

「凄いな。中学生でそれだと、将来プロになれるぞ」

 そう答えはするが、ネットに趣味の絵を上げることと、ゲーム制作に必要となる膨大な量のグラフィックを描いてもらうことは、全く別の話だ。

 常識的に考えて、学生でゲームの開発に参加するなんて現実的じゃない。時間にも限りがあるし、成果物を上げる速度だって、プロには到底及ばないのだから。

 それを一度は成してしまった俺も、参加してくれたスタッフが優秀だったからというのが大きい。ゲーム開発について知らなかった俺を、サポートしてくれる人までいたのだ――今では疎遠になってしまったが。

「その子、お兄ちゃんに直接話を聞きたいって言ってたけど、それは断っておいたよ。お兄ちゃんはあることがあって女性恐怖症だから、妹の私にしか心を開かないよって。だから私を通訳として介してね、ってお願いしといたげた」

「俺のことを重度のシスコンみたいに……変な噂を広めるなよ」

「私はお兄ちゃんが心配だから、過保護になっちゃうんだよ。ハンバーグまだ?」

 結局妹に弱い俺は、シスコン兄貴と広められても仕方ないのかもしれない。だが妹の健康を鑑みて、肉だけでなく豆腐も使ってハンバーグを作ることにする。

 妹がすくすくと成長してくれることが、ゲーム製作に没頭するあまり他のことを疎かにしてきた俺の、ささやかな幸福なのだ。そして俺が結婚できずに生涯を終えそうになったときには、是非とも養ってもらいたい――というのは駄目すぎるか。

「ところで、兄として言っておきたいことがあるんだが……」

「なに? お兄ちゃん」

「俺しか見ていないと言っても、その格好で食事するのはそろそろ卒業しないとな」

 制服の下に着る専用のキャミソールというやつがある。上はそれを着ただけで、下はスカートというのは、朝のシャワーを浴びてきて暑いからといって大胆すぎやしないかと思ってしまう。

「……お兄ちゃん、そんなこと気にしてたの? むっつりえっちだね」

 成長がはっきりと分かる格好をされても、兄は真顔で話さなくてはならない。それはそれとして、そろそろ妹はブラのサイズアップを母上に相談すべきではないかと思った。

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