第61話 ロキ シシャ


 強いな。

 こいつ、強い。

 勇者。爆炎の勇者。本物か。

 脳裏には、かつての盗賊アーチの姿が浮かんだ。

 あの情けない盗賊風情がここまで育ったのか。

 こりゃあいい。人間どう転ぶかわからない。

 拾っておいてよかった。

 捨て置かなくてよかった。

 この光の世界に引っ張り戻してよかった。

 これが走馬灯というやつか。

 最後に思い浮かべるのはあいつか。

 おかしかった。

 ほかにも思い出すべきものがいくつもある気がした。

 けれど思い出すことはなく、考えるのは目の前で立ち尽くす銀髪の男のことばかり。

 体を焼く炎は、熱さよりも切り裂かれるような痛みだった。

 ああああああああああ!

 苦しいのに声が出た。声を出さずには体が耐えられないのだろう。そもそも耐えられるのだろうか、この苦しみに。

 意識を失いかけつつ、それでもネロは自分の精神力というものに思わず感嘆したのだった。


《光よ この手に最後の刃を フィリ ライア》


 ほとんど視力など残っていなかったが、光魔法に呼応して光のモノクルが力を発揮する。

 ピクスリアの姿を脳がとらえた。

 それに向かって、ネロの両腕から光の刃が解き放たれた。

 幾千もの閃光がピクスリアを襲ってゆく。それらが見事に命中したのが分かった。


 そうしてネロは、倒れた。






『おやおや、最高の手駒がこのざまかい』

 低い、しかし女の声がする。

『リミッターは外しておいたんだけどねぇ……。とんでもない魔法使いを相手にしていたもんだよ』

 そばに誰かがいる。

『ピクスリア』

 そばでなにかが動く音がする。

『さあ、復活するんだよ……、は、はは、ずいぶんとまあ……』

 そばで笑い声がする。

『ははは、これは、人間が人間にする所業かね。ははは』

 ざわざわ、うぞうぞ、そんな奇妙な音がする。

『もう一度消えな。また最初から作り直しだよ。ピクスリア・アーチ』

 音が消えた。

 そして足音が近くに向かってきた。

『こいつも手駒にしたいもんだが』

 誰かが頭を踏んでいる。

『魔法がかかる前に死んじまったから、無理かねぇ』

 ぐりぐりと頭を踏みつけられている。

 ピンヒールだ。

『リミッターを外してやったら、どんな化け物になるか興味はあるんだけれどねぇ……、……やめとこうか』

 頭からピンヒールが離れた。

『裏切られるかもしれない』

 トン、頭のそばに何かを突き刺すような音。

『燃えカス残さず燃え死にな』

 炎が放たれた。

 それを感じるだけの痛覚は残っていなかった。

 





 その時、ロキ・リンミーは思わず椅子から立ち上がった。

 なにが起こったわけでもないが、動かずにはいられなかった。

 周りにいた市庁幹部たちは驚いてロキを見ている。

「市長、どうされたのですか……」

 疲労を色濃くした補佐官が声をかけた。

「いや、……なんでもない」

「あの、それよりも市長、そろそろ向かわれないと……待たせすぎだと使者がもう二度も来ています」

「わかっている」

 執務室は緊迫した空気だった。

 あの衝撃波から数日、コーカル市内及び近郊は驚くほどに平和だ。

 リテリアでの異変は情報統制のために周知されず、コーカルでの異変も魔法師団や専門業者が素早く手を回したおかげで大問題にはならずに収束に向かっている。

 表面上は、平和なのだ。

 しかし、市民の知らぬ場所では大きく事態が動いていた。

「使者どのにお伝えしろ。今すぐに向かいたいが、しばし身支度を整える時間をいただきたい、と」

「市長、ですから待たせすぎですので、身支度など」

「リンミー家の一員として、徹夜続きの汚れた姿をさらすなど到底できない」

「……、」

「一刻もかからん。すぐに行く」

 それだけ言い残し、ロキは隣の部屋に入った。


「……ネロ」

 胸騒ぎがする。

 大丈夫だと信じてはいる。だが嫌な予感がぬぐえない。

 いや、大丈夫だ。

 大丈夫。

 頭を振って意識を元に戻した。

 私はロキ。ロキ・リンミー。リンミー家の一員にしてコーカル市市長。

 市民の安寧を守るもの。

 この土地に生きる遍くすべてを守護するもの。

「よし」

 私は表。

 表には表の役割がある。

 表たるべくロキは貴族の正装をまとった。市庁舎にて仕事をするには華美すぎるそれは、これから会う使者に対し、私はあなたのことを認識している、と思わせるために必要なものだった。

 リンミー家の紋章をつける。

 市長として賜った勲章も惜しみなくつける。

 きれいに装飾された細身の剣をさげ、やはり美しい装飾の銃も腰のホルダーに刺した。

 多少の装飾品もつける。

 スカーフ留めに、ペンダントヘッドで作ったブローチを使った。透明な宝石を、赤と紫の小さな宝石で覆う、少し古めかしいデザインのブローチだ。古めかしさが、アンティークとなり、その価値を高める。

 プラチナのチェーンを首からさげ、白い手袋をはめる。

 ロキ・リンミーの出来上がりだ。

 執務室に戻り、補佐官の案内で使者のいる応接室へ向かった。

「大変遅くなりました」

「いえ、こちらこそいきなりお目通りを願い申し訳ありません」

 ロキよりも少し年上の、にこやかな笑顔を浮かべた男性は、とても品の良い所作でロキに会釈をする。

 ロキも会釈で返した。

 そして補佐官を下がらせて二人きりになると、ロキのほうから切り出した。

「どういったご用件でしたでしょうか」

「はい。要件は一つ。このコーカル市を譲っていただきたい」

「ほう。それは大胆なお申し出ですね」

「もちろん、一時的なものですよ」

「お受けできかねますね」

「そう言われると思っておりました。なに、本気ではありません」

「どうだか」

「ええ。半分本気、半分は、一筋縄ではいかないだろうと思っております。あなたが折れても、ラス・リンミー卿、ジル・リンミー卿が黙ってはいないでしょうし」

「お分かりであるならば、本当の要件をお話になってはいかがかな? こちらは暇ではないので。そちらがことごとく無視をしているリテリア異変にてんやわんやだ」

「そのリテリア異変とやら、ちゃんと把握しておりますよ」

 使者はさらりと言ってのける。

「把握しているとは、恐れ入る。どこにどんな目と耳があるのか非常に興味がわいた」

「なにせ国の中枢ですので、こちらは」

「では、国の中枢からこの東の土地をお守りくださると? 玉座に座ってお茶を飲みながら、優雅に」

「ええ。優雅に」

「……」

 使者は優雅に言った。

「そのために、コーカルの秘宝をお譲りいただきたい」

 にこやかにゆがめられた目の奥で、緑色の瞳がロキの目を射抜いている。

「いえ、カンバリアの秘宝を」

「……なんのことやら」

「お判りでしょう? コーカル王の末裔ならば」

「なんのことやら」

「リンミー家が代々コーカルの市長を他者に譲らないのは、それをカンバリア王から隠すためだ」

「なんのことやら」

「今は国の一大事です。速やかにカンバリアにお渡しいただきたい。魔公サヴァランのタリスマン。原初の魔王の封印護符を」


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