第29話 魔術師は、『魔術師殺し』と戦う

「じゃあ、行くっすよ〜!」

「……ん、支援する……。縦の織り糸、横の渡し糸、敵を括る繰り糸……出でよ、<蜘蛛網スパイダーウェブ>」


 走り出したマリエラの後から、リッタが投じた魔術は粘着糸を生成して敵に投げつけるものだ。

 これを食らった相手は、魔術的に強化された粘つく糸の効果によって、動きを妨害される。

 自身が発動する魔術のために精神を集中しながら、ウィルはよしと頷いた。


 示唆したことがリッタにちゃんと伝わっていたからだ。

 この手の物理的な作用をもたらす術式であれば、多少の効果はあるはずで——事実、中でも先行していた一機に直撃した<蜘蛛糸>は、機体の脚と地面にへばりつき、機体の動きが大きく鈍った。


 不幸中の幸いと言えるが、先の崩落の影響もあり、敵がやってくる方向の通路は半分ほど埋まっているから、同時に押しかける魔術師殺しは三機までだ。

 マリエラとリッタが足止めをしてくれれば、その間に魔術を練るのは容易い。

 だが——


 ……ゥゥ……ゥウィィィィン!


 敵の動きを拘束できていたのは僅かな間だった。

 魔導タービンの回転数を上げて、出力を高めたその機体は、強引に<蜘蛛糸>を引きちぎって動き出す。


「半端ないわね……!」


 ミラが驚きの声を上げて、詠唱を終えていた魔術を発動させる。

 それは、彼女が得意としている<火矢ファイアアロー>だったが——


「嘘、まるで効いてないじゃない!」

「どうやら、装甲には耐火性能があるようだね……しかし、こいつらは一体何なのだ?」


 ミラが驚きの声を上げる。

 ジギーは理由を分析しつつも、過去に見たことのない敵の正体を疑問に思っていた。答えを知るウィルは説明している暇がない。どうしても威力過剰な魔術が思い浮かんでしまう。

 その間に、マリエラが一機に接敵した。


「どっせぇぇぇぇい!」


 彼女が振りかぶった大剣が、離れたこちらにまで風圧が届きそうな勢いで振り下ろされる。

 機体の前脚の装甲と、刃が音を立ててぶつかりあうと、辺りに火花を散らした。

 強化外骨格の膂力によって放たれる、単純にして強烈な物理攻撃は——


 通じた。


 リッタやミラの胴並の太さがある魔術師殺しの脚の半ばまで、刃は食い込んでいる。


「やった……!」

「離れろ、マリエラ! 追撃する!」


 それを見てぴんときたウィルの指示に従って、マリエラは強引に剣を力で引っこ抜くと敵から距離を取った。

 そこに——


「<爆炎槍バーストフレアランス>!」


 ウィルの放った炎の槍が、剣によって傷つけられた装甲の開口部へと、寸分違わず突き刺さる。

 そして、爆裂。

 業火に続いて、黒煙が噴き上がる。


「魔術や火に強い装甲があっても——その内側は無防備だ」


 ウィルの呟きの間に、煙が晴れ……脚を一本失い、体勢を崩した魔術師殺しが全員に見えた。


「ちょっと、ウィル、今の魔術ってなんなの?」

「……すごい……」

「やったな!」


 みんなが反応する中で、ミラの質問にウィルは答えず、代わりに注意を喚起した。


「無傷なのが残り四機いるから、気を抜くのはまだ早い。それにまだ倒したわけじゃ——ない、と、思う」


 うっかり言い切りそうになって、ウィルは慌てて言葉の尻に推測を示す一語を付け加えた。

 その言葉を聞いて、敵を確認したミラが呆れたように言った。


「……って、五本脚で動けるんだ……これは面倒そうね」

「とりあえず……また足止めをする」


 見ているだけでは駄目だと判断したリッタは、呪文の詠唱を開始した。


「わ、私も足止めに力を貸すわ」


 それを見てミラも詠唱を始める。

 マリエラがその間にも、もう一機の魔術師殺しに牽制の一撃を放っていた。

 そして、ウィルも次の魔術を何にするか考え始めた。


 現代の魔術体系にて<爆炎槍>があまり知られていないのは予想外だった。

 本来は第四階梯の魔術なのだが、アレンジして命中率と着弾後の威力を引き上げるだけで、魔術師殺しにも(装甲に傷が付いている場合、という条件ありだが)通用する、程よい魔術だと思ったのだが……。

 ……まあ、存在する魔術だけに縛って戦うのが無理なら、やむを得ない場面か……。


 とりあえず、しばらくは<爆炎槍>で行こうと思いつつ、


『それにしても、味方に観察されてしまう状況はやりにくすぎるな……。シルフィ、何か良い方法はないだろうか』

「えっ、私に聞きますかー……?」

『俺の修行のサポート役だろう?』


 ウィルは言う。

 やりとりのついでに<爆炎槍>をもう一本放ちつつ。


 術式の構築が早すぎるかもしれないが……彼女達も自分の詠唱に気を取られているし、それ以上に敵の行動を注視しなければならないわけで……なんとかなるだろう。


 しかし、マリエラの攻撃への追撃でしか使えない術なのは痛い。

 傷がないところに単に食らわせても、耐魔術装甲で大したダメージが与えられないのである。


『いまのところ、打撃攻撃しかしてこないようだから、このままいけるか……いや、まてよ……?』

「どうかしましたかー?」

『ん、ああ、すまん。万が一のために、並列で防御魔術の仕込みをしていからな、ちょっと念話を切り忘れたんだが……。それはさておき、嫌な予感がするぞ』

「と、言いますと……?」


 ウィルの独り言に、シルフィが律儀に反応を返す。

 だが、それに応答する前に、ウィルは能動アクティブ型の探査魔術を素早く放っていた。


 この迷宮に入ってからは、常に敵を警戒して、周囲を索敵する魔術を使っている。

 だが、これまで主に使っていたのは受動パッシブ型の探査魔術だ。


 これは相手から逆検知される心配が少ないのだが、今使用した能動型はかなりの確率で相手から逆に感知されてしまう。

 つまり、敵を呼び寄せてしまう危険が高いのだ(相手の持つ能力にもよるが)。


 では、なぜ今、その危険な能動型の探査魔術を使用したかといえば——


「——まずい! 背後に気をつけろ、挟み撃ちする気だっ!」


 探査魔術の結果が判明した瞬間、ウィルはそう叫んだ。

 だが、パーティーメンバーの反応は鈍い。

 ミラとリッタ、それにジギーはもちろん。

 マリエラですら、一瞬攻撃の手を止めてこちらを見てくるほどだ。


 マリエラは強化外骨格の索敵機能で、周囲の気配を常時確認している。正確には、周囲に何か異常がある場合、機体がそれを通知してくる。

 だが、今は戦闘機動中で、遠隔の索敵機能の処理優先度は下がっていた。

 だから、気づいていないのだ。


「くそっ!」


 誰一人とも危機感を共有できなかったウィルは悪態を吐いた。

 神託を受けた時以来だった。

 ウィルが、余裕を失ったのは。


 ここは論より証拠——

 <隠蔽破壊クラックハイディング>——!


 完全な無詠唱で、隠されたものを暴き出す術式を投じた。

 通路の後方、これまでやってきた道に向かって。

 日頃は使わない、大量の魔力を叩き込んで、展開されている魔術術式を強引にぶち壊す類の雑な魔術だが、効果は抜群だった。


「嘘っ、こいつら、どこにいたの!」


 ミラが狼狽して叫ぶのも当然だ。

 崩落に巻き込まれた死骸をおいていった道——つまり、後方から、さらに五機の魔術師殺しが姿を現したのだ。


 ——前後を挟まれた。


 もし、ウィルとマリエラのいないパーティーであれば、これで詰みだ。

 マリエラだけだったら、自分一人の生還ならともかくも、パーティーメンバーを護りきるのは無理だろう。

 この状況をどうにかする術は、ウィルだけにしかない。


 しかし——。


 一瞬、ほんの一瞬だけ。

 ウィルは迷った。


 ここで自身の正体がばれるようなことをしてしまえば、魔術学院での修行は最悪おじゃんになる。そうすれば、勇者パーティーへの復帰が遅れてしまうことに——

 先日に見た瓦版で、勇者リオたちのことを思い返すことになったのだが、その迷いを生んだ原因だったかもしれない。


 そして、それが起きた。


「ちょっと、こっちに脇道があるわ!」

「……前後を挟まれるより……」

「閉じこもって戦うほうが同時に襲われずにはすむ、か!」


 ミラとリッタとジギーが、魔術師殺しがやってくる前後の通路とは別の、細い至道を見つけていた。

 ウィルも頷いた。

 マリエラに入り口を守って貰えれば、敵が十機であろうとも、安定して戦えるという戦況判断によって。

 だが——


「——いや、待つんだ!」


「ちょっ——えっ?」

「……あ、これ……」


 通路の中に先行して入った、ミラとリッタの姿がかき消えた。


「なんだ? 二人が消えたぞ?」


 一歩遅れたジギーはぎりぎりで踏みとどまっていた。

 そう——通路には、罠が仕掛けられていた。


「ジギー、止まれ、そこには転移魔術の罠が仕掛けられてる——くそっ、見落とした!」


 ウィルは舌打ちをする。

 ——まずった。

 分かっていたはずだった。


 ——この階層からは、魔術による罠が仕掛けられている——

 ——転移魔術による惑わしの罠か——

 ——古代魔法王国期の建物であれば、転移魔術もそこまで珍しくないとはいえ、ここまで多数の罠が張り巡らされているのは珍しい——


 リッタは口にしていた。ウィル自身、気づいていた。

 なのに。

 予期しない状況に戦闘が推移して混乱を来したとはいえ——

 やってはいけないミスだった。


 ……一体、二人はどこに飛ばされた?

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