第28話 魔術師は、『魔術師殺し』と遭遇する
「これはまずい——」
続々と姿を現した敵の五
これは身バレに繋がる危険がある発言だった。
が、戦闘が始まる直前、という状況が状況だからか、今回はシルフィからは咎められなかった。
そもそも、それどころではないのだ。
——まさか。
——完動品の『
赤く塗られた金属製の筐体。
一見、海に棲む食用にもなる節足動物——つまりは、カニのような姿をしている。
もちろん、そのままのカニと同じではない。
カニと蜘蛛を合わせたような何か、というところだ。
脚は六本。太さは人の胴体ぐらいはある。
脚にはそれぞれ関節部が二箇所あり、六本の脚の中心には円盤を太くしたような本体がある。
そこに、丸い円形の部品が一つあり、常時赤く光っている。
ウィルは、その部分が機体が周囲を視認するのに使うセンサーだと知っているが、知識が無い現代の人間でも、これは目だと感覚で理解するだろう。
近づいてくる、それらの機体は、マリエラの強化外骨格に似た音を立てていた。
俗に魔術師殺しと呼ばれるこれらの機体は、魔導技術で作り上げられた
表面装甲に強力な魔力抵抗を生み出す術式が刻印されており、生半可な魔術師では傷一つ付けることができない。
年式の違いや、兵装の違いなどにより、正式な型名はいくつもあり、性能や機能は違っている。が、対魔術師向けの特性を持っていることには違いがない。
魔術師殺しと呼ばれるのは偏にそれが原因だ。
古代魔法王国時代。
この頃は、犯罪者でも魔術師としてかなりの能力を保有していることが多かった。
というより、なまじ強力な魔術が使えるからこそ、犯罪目的で使う人間が後を絶たなかった、とも言える。
そこで、この手の魔術が効きにくい兵器が有用だった。
攻撃用の武装の少ない機体が警備用としてよく用いられたし、テロや反乱に備えた重武装の機体も存在した。
魔術師殺しなどという剣呑な名前が付いているにもかかわらず、ある意味で生活に密着した、ありふれた存在だったと言っても過言ではない。
よって、古代魔法王国の遺跡で、これが出現するのはある意味では当然だったが——千年の時を経て、今も万全の状態で稼働している機体は少数だ。
それに、まとめて五機も出くわすという自体は、本来なら、未発見の遺跡でもなければ起きない。
今回は、階層間の崩落により、これまで到達不能だった領域にウィル達が落ちたための不幸な遭遇戦だったのだが——
それについては、ウィルですらも知るよしはなかった。
少し考えれば推察することは出来ただろうが、今のように明らかに敵として認識されているときに、そのような思考は余分である。
赤い目を輝かせる魔術殺しの五機を前にして、ウィルは叫ぶ。
「マリエラ! 『全力で』引きつけてくれ!」
ウィルにとっては——本気が出せれば、魔術師殺しの五機程度は相手にならない。
しかし。
ここで本気を出してしまうと、学院での手加減修行の計画に差し障るのは明らか。
幸いにも、今日は物理攻撃力と防御力ともに優れている強化外骨格を操るマリエラが前衛にいる——
「ここは、俺の本気の手加減を見せてやる……!」
周囲には聞こえない程度にだが、ウィルは確かにそう宣言する。
——魔術師殺し、五機。
強固な
そろそろ、勇者パーティーは新しい大陸に到着した頃だろう……。
これまでの探索の中で、あるいは、宿屋などでイメージトレーニングで少しずつ鍛え上げてきた、現時点で辿り着いた手加減の極致を試す。
実戦において問題なく実践できれば——勇者パーティーへの復帰に近づけるはず。
そうだ。
勇者リオとの冒険を再開するための一歩をいまここで踏み出してみせる——
「気をつけろ、ミラ! 不明な相手だ、接敵は避けてマリエラに任せるんだ」
「う、うん……? 分かったわ」
いつもはパーティーの先頭には立たないウィルが、リーダーシップを取った。
ミラは面食らいつつも頷く。
「リッタ、敵の装甲には魔術への耐性があると見えるから、物理的な攻撃が可能な魔術を選択したほうがいい!」
「……ん。ウィルが、そう言うなら……」
数日前の宿屋での一件で、ウィルの実力の片鱗を見ているリッタは、素直に従った。
「ジギーは、万が一のため、神聖魔術の回復が使えるように魔力を温存しておいてくれ」
「やる気満々だね。君にしては珍しいじゃあないか。活躍できないのは残念だが……まあ、魔力薬が必要なぐらいに魔力が枯渇しているのは事実だからね……ここは君の提案を受け入れておこう」
ジギーもまた、勿体をつけつつも同意する。
自身で言うように、ここまでの戦いで、大きく魔力を消費していたのもあるだろう。
——本来ならば。
ウィルが指示出しをするのは、正体隠しという意味では危険な行為であるが。
魔術師殺しが相手では、油断は不慮の事態に繋がると、ウィルはそこまで考えたのだ。
そして、この判断は過ちではなかった。
しかし——それでもまだ甘さがあったのだと、この後でウィルは後悔することになる——
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