第27話 魔術師は、階層から転落する
動きの速いラプトルの群れを足止めするために、第五階梯の魔術、<
いや、本来なら予想してしかるべき事態だった。
一見すると完全な森にしか見えない、『失われた樹海』というロケーションが、ウィルに単純な事実を失念させていたのだ——
「ちょっと、これ何……?」
「……揺れが……収まらない……」
「こんな強力な魔術があるとはね! しかし、これはちょっと洒落に、っ」
舌を噛んだらしいジギーが涙目になった。
「ちょっと、ちょっとちょっと、これ完全に崩壊してるっすよ〜! 落ちるっす〜」
一際大きく広がった地面の亀裂に、まずマリエラの機体が飲まれた。
続いて、地割れの中心である、ウィルを含む四人が集まっている地点も、ラプトルたちを巻き込む形で崩落していく。
そう——ウィルが放った魔術が、元々脆くなっていた迷宮の第五階層と第六階層を分ける岩盤を突き破ってしまったのだ。
「むう……完全にミスったな……」
「そんなことを言ってる場合じゃないでしょ! なんとかしなさいよ!」
「……落下制御の魔術、使う……?」
諸共に落下しながら、涙目のミラが抗議する。リッタは落ち着いているのか、混乱しているのか、なぜか魔術の使用確認をしてきた。
「ひたがひたくてえいひょうが〜」
「ぬわーっ! 機体が重すぎて、止まんないっすー!」
ジギーは慌てている。
落下中に、神聖魔術で舌を癒やしている暇もないだろうから、当然ではあった。
マリエラは一緒に落ちている岩盤を足場に跳躍することで、落下速度を下げようと試みていた。
だが、強化外骨格の重量とパワーにより、割れた岩盤をさらに踏み砕く結果に終わっている。
シルフィは……と確認しようとしたが、彼女の気配は近くにはない。
気配を探ると、ウィルの身長幾つか分は上だった。
そもそも空を飛んでいる彼女だから、意図的に降りてくる必要があるのだろう。もう少しかかりそうだ。
「ともかく……<
ウィルは、
ジギーなどはこれを無詠唱と呼んでいるが、古代魔法王国の基準では、起動詞を使用する魔術は厳密には無詠唱とは言えない。が、実践的には大した違いはないので、ウィル自身さほど区別していない。
ともあれ、魔術は効果を発揮して、一同の落下スピードは目に見えて鈍った。
「助かったわ……いえ、元はといえば貴方のせいだけど」
「……戦闘中のトラブルは、仕方ない……」
「ほんがくひんの名に……これはむりらな」
「しっかし……五階から六階もかなり深いっすね? もう上層階の二、三階分は落ちてると思うっす——あっ」
地面が見えた。
魔術で落下速度がコントロールされてるとはいえ、みんな思い思いに着地の体勢を整える。
だが、その前に。
がんがんがんがん、ぐしゃ、めきぐしゃ、がんがん、どさあっ。
という感じで、落ちた岩盤、ライノサウルスやラプトルたち、土砂の類が先に地面についた。
「ああはなりたくないわね……」
「……うん……」
遠目にも悲惨なグロさになっている魔物たちが見て取れたので、リッタとミラはそんな感想を交わし合っていた。
そうしているうちに、ウィルたちの番が訪れた。
もちろん、魔術が切れて落下して潰れるということではなく——
* * *
「さて……どうしたものか……」
地面に着地した一行は、潰れた魔物達の魔石を手早く回収すると、不快にすぎる血臭が届かないところまで移動した。
そして、辿り着いた先で、ウィルが呟く。
視界に広がるのは——
「なんなの、この壁……」
「……金属? ではなさそう……近いのは、陶器……?」
「この辺まで潜っているのは、近年ではミラクル・ディガーズ以外に数パーティー程度だと聞いていたが……だからかね? まるで手入れをされているようにつるりとして付着した汚れが見られないのは」
「んー、これは、あれっすね……」
「ああ、古代魔法王国の建築の特徴だ——」
「ウィル様!」
マリエラが促したせいもあったが、思わず、ウィルはそう口にしていた。
「古代魔法王国の遺跡? これが?」
「……確かに。初代勇者たちの伝承によれば……第六階層より下は、上層階や中層の森とは別の迷宮だとされている……このへんてこな作りからすると、古代魔法王国の遺跡でも不思議はない……」
「よく一目で分かったわね?」
「ああ……昔、書物で読んだことがあってな」
ウィルはごまかした。
読んでいた書籍が『現代の建築魔術の概観と理論』というタイトルであったことは口にしない。古代魔法王国が古代ではなかった頃の学術書だからだ。
優れた魔術師であることを求められていたウィルは、魔術に関する多数の書物も教養として読破していたのだった。
そこに、ジギーが明るい口調で、しかし慨嘆するかのように言った。
「やれやれ、こんなところまで来てしまうとはね! ミラクル・ディガーズの面々もここから下は分からないことのほうが多いようだが——どうにかして上層に戻る手段を見つけるべきだろう」
「上の迷宮と下の迷宮が別物ってことは、ここから下に出てくる魔物はこれまでとは別ってことっすか? 注意しないといけないっすよね」
この中で、ミラクル・ディガーズから話を聞いていないのは、ジギーと、その時にちょうどエルフの里にいたウィルとマリエラの三人だ。
だから、そんな懸念をマリエラは抱いたのだが、リッタが首を振って否定する。
「……いいえ。ここから下には魔物は出ない、と聞いている……」
「あれ、そうなんすか」
「ほう……しかし、魔王はこの施設に居を構えていたのだろう?」
ウィルが疑問を口にする。
「その通り……。当時は、魔王を守るように、強力な魔物の群れがこの迷宮にいたらしい……だけど、なぜか今はいなくなっている、と」
「勇者一行が魔王を討伐したからじゃないのかね?」
「かもしれないわね、でも油断は禁物よ」
ジギーが推測を言うと、ミラが口を尖らせて注意した。
「魔物が出ないというのに? 一体何に注意すると言うのだね?」
「……この階層からは、魔術による罠が仕掛けられている。感じない? 精緻かつ精密に編まれた魔力の波動を……」
「ああ……確かに、複数の魔力源の気配がするな」
ジギーが眉を上げたところで、ウィルは頷いた。
そして続ける。
「これは厄介な気がするな……。これらの魔術に触れないように、通路を通るのは至難の業だろう」
こくりと頷く、リッタ。
ウィルは、魔力を感じる位置——複数の床が該当している——へと、<
結果を受けて、声には出さずに口内で呟く。
……転移魔術による惑わしの罠か。
古代魔法王国期の建物であれば、転移魔術もそこまで珍しくないとはいえ、ここまで多数の罠が張り巡らされているのは珍しい。
『解呪してしまいたいところだが……』
「駄目なんですかー……?」
念話でシルフィに話しかけ、応答に答える。
『リッタが感知しているからな。流石にこの術式の山を次から次へと解呪していては正体がばれるどころの話ではないし——それに』
「それに、なんです?」
『面倒にすぎる』
ウィルが言うと、シルフィは「ええー……」と声を上げて、小さな首を振った。
「じゃあ、どうするんです?」
『幸いにも、落ちて来たところまで穴は貫通したままだ。飛翔の術で戻るしかないだろう。それぐらいの魔術であれば、まあごまかしも効くはずだ——むっ』
ウィルが広げていた周囲を警戒するための受動式にアレンジした敵感知の魔術に、反応があった。
ラプトルよりは大きいがライノサウルスほど巨大ではない、五体ほどの敵性反応が、入り組んだ通路を通って、一同が集まっている落下地点目がけて、まっしぐらにやってくる。
「魔物はいないはずだったな?」
「そう言ったじゃない、聞いてなかったの?」
ウィルが発言すると、呆れたような口調でミラが反応した。
が、すぐにマリエラも気づいた。
「これは——敵、かどうかは分からないっすけど、何か集まってくる気配がするっすよ!」
「……魔力感知が、他の罠に反応してて、よく分からな……あ、これ」
さらに、リッタも気づく。
こういう反応になれば、まだ感知は出来ていないミラとジギーも、敵の存在を意識して、剣を抜いたり、魔術の準備を始める。
ミラはいつもの細剣だが、ジギーは懐から
体内の枯渇した魔力を補うための薬のようだ。
嫌な顔をしてぐっと飲み干している。
——現代の魔力薬は不味すぎるからな……。
ウィルはそんなことを考えながら、迫り来る五つの反応が姿を現すのを待ち構える。
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