第26話 魔術師は、樹海の地を割る

「囲まれたぞ!」


 ジギーが叫ぶと、一同の間に緊張が走る。

 魔王迷宮、第五層での初めての戦闘は、野営の翌日に行われた。


 この階層には魔物が少ないようで、戦闘経験を積むための相手を探して、かなりの奥地まで入ることになった。

 そして、時折開けた場所があるものの、基本的にはずっと続く森の中で、敵の気配を感じたのがつい最前のこと。


 だが、そう気づいたときには、すでに一行は忍び寄る魔物の群れに囲まれていたのである。


 それは、鎧を着込んでいるかのように、外皮を硬く発達させたトカゲの群れだ。

 トカゲは二種類いて、ちょっとした小屋ほどもある巨体を誇る個体が三頭。体格的にはウィルたちと変わらないぐらいの個体が、こちらは数が多く、十数頭もいる。

 巨体の方は四足歩行で、頭部が大きくずんぐりとしていて、そこに大きな角と牙を持っている。

 比較的小さい個体のほうは、地上を走る類の鳥のように軽快に地面を駆けるようで、こちらは牙に、鋭い爪を有していた。


 ウィルはそれを見て思った。

 この空間は、やはり古代魔法王国のサファリパークの名残が見て取れる——と。


 当時、巨体はライノサウルス、小さいのはラプトルと呼んでいた。かつて絶滅したとされる動物を魔石の力を借りて魔導技術で復活させた代物だ。

 合成魔物とでも名付けるべき存在だが、古代魔法王国期には、あくまでも観賞用の生き物として飼育していたのである。

 この手の生き物を鑑賞させる公園は、万が一の脱走事故の懸念に配慮して、地下に作ることもよくあった。


「ウィルっ! 集中しないと危険よ!」


 ミラの叱咤の声を聞いて、ウィルは記憶に沈んでいた思考を、目の前の敵に戻した。

 すでに戦闘は始まっている。

 昨日から引き続いて、マリエラが単身で突出するようにしながらも、多くの敵を引きつけている。だが、今回は、小さなトカゲ——いや、恐竜であるラプトルの数が多い。完全には引きつけられていない。

 そこで、牽制のためにジギーが無詠唱魔術を矢継ぎ早に飛ばして、その間にリッタが魔術の大技を仕込んでいる。

 リッタは、燃える細剣を構えて、いざというときにジギーやリッタのカバーに入るつもりのようだ。


 ウィルの意識が少し逸れている間に、そこまで状況が展開していたのだ。


「すまん——飛礫つぶてよ」


 現代の基準では初級以下に分類されるような、簡素な詠唱のみの魔術を飛ばす。

 地に落ちた土砂の類を巻き上げて、目標にぶつけるだけの魔術だが、魔力で何かを形成するステップすら存在しないため、出が早い。目くらましには最適だ。

 死角からジギーに飛びかかりそうだったラプトルの一体の視界をそれで奪った。


「……数が多すぎる……」


 リッタが得意とする氷の魔術を飛ばしたあとで、呟いた。

 放たれた魔術はラプトルの脚を四体まとめて氷漬けにした。

 少し前にもリッタは同じ魔術を使っていたので、都合九体が足止めされているのだが、ラプトルは魔法抵抗力が高いらしく、しばらくすると最初に足止めした個体の氷が砕けて、再び動きだした。


「これはちょっと不味いかな……。神聖魔法に、敵の動きを遅くする術式がある! あまり慣れてないから、発動には時間がかかるが——それまで持たせられるか!?」


 ジギーが焦った調子で叫ぶ。


「こっちのサイみたいなデカブツは、ぜんぶ任せてもらって大丈夫っすよ!」

「とすると……このトカゲ連中を、リッタと私とウィルでなんとかするしかないわけね……」


 言葉と共に、ミラは炎を纏わせた細剣を構える。

 鞘は安物だが、優美な装飾がされたその剣が、魔術が付与された魔法剣であることにウィルは気づいていた。

 魔力を注ぐと炎を纏う作りのようだが、展開される術式の構成から、それが古代魔法王国期の付与魔術であることが読み取れる。

 ウィルから見ると気にくわない部分もあるのだが、現代においては一級品とされる武器だろう。


「だが……今のこの状況では役に立たない、か」


 ウィルは、連続して火矢を生み出す魔術を放ちながら、その合間に考えた。


 ラプトルどもは生き物としての本能によるものか、火を嫌っているような動きを見せているが、実際には魔法抵抗力によりほぼダメージが通っていない。

 こいつらを焼き払うには、第五階梯の<炎熱地獄インフェルノ>ぐらいの火力が必要だが、この辺りが多少拓けているとはいえ、森の中で使うには躊躇われる術式だ。

 山火事が発生してしまうと、その鎮火のために同クラスかそれ以上の魔術を使用せざるを得なくなる。


 リッタですらまだ第四階梯の<氷の嵐アイスストーム>しか披露していない中で、第五階梯を連発するのも躊躇われる……。


「仕方ないな……。ジギー、足止めは俺がやる! みんな、いや、マリエラ以外は近くで円陣を組んでくれ。効果範囲が広い魔術を使うからな」

「了解したわ! って、こいつの皮膚、硬いわね……っ」

「……何の魔術?」

「何か手があるなら助かるが、大丈夫なのかね!?」

「って、アタシは巻き込む宣言っすね! ま、大丈夫だとは思うっすけど! ……ウィルくんのは、ちょっと怖いっす……」


 四人がそれぞれの反応をする中、最後のマリエラの呟きが終わるかどうかのタイミングでウィルは詠唱を開始した。

 第五階梯の<大地鳴動アースクエイク>だ。

 本来であれば詠唱は不要だが、これぐらいの階梯の魔術になれば、普通に詠唱しても魔力が暴発しないようにコントロールができるようになっていた。

 この魔術の知識がある者が今ここにいるかどうかは分からないが、上級魔術にカテゴライズされる程度の魔術だ。知られている可能性もある。

 実力を隠すには無詠唱というわけにはいかなかった。


 その判断は間違っていなかったようで——


「<大地鳴動アースクエイク>……? こんな高度な魔術を使えるなんて……」


 ウィルが魔術を発動させた直後。

 響く地割れの音と、流体になったかのように震える大地に、敵味方すべての意識が奪われる中——銀髪の少女だけが冷静に呟いていたのだった。


 そして、このすぐ後に、ウィルですら予測していなかった事態が起きる。

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