第25話 魔術師は、迷宮に森を見る

「なにここ……まるで森の中じゃない……あの、おじさん連中から話には聞いてたけど、びっくりね」

「太陽の輝きってほどじゃないっすけど、天井が光ってるっすねー。あれは一体どうなってるんすかね?」

「あっちの木陰にいるのは……鹿、かな? 僕の目が正しければ、魔物ではない、普通の獣のようだが……」

「充溢した魔力の感触があるな……。何かの魔術の影響下にあるようだ」


 第四層を抜け、足を踏み入れた第五層では、一面の緑がパーティを迎えた。

 これまで、迷宮内には光源はなく、自分達で魔術の光を灯して探索を続けていたのだが、マリエラの言う通り、ここは天井が眩しいほどに明るく光っている。

 ウィルは、そこから魔力を感じていたので、その輝きは魔術によるものであるらしかった。

 

 この第五階層は、他の階層とは異なり、天井が遙か上にある。

 第四階層から第五階層に降りるには、誰が設置したのかも分からない魔術式の昇降機エレベーターを使ったのだが、その移動時間から、次の階が特別に深く存在していることの推測はできていた。

 だが、予想もしていなかった光景を目の当たりにした一同は、驚きに包まれていた。

 

 その中で、一人だけ、いつも通りの無表情を浮かべたリッタが語り出す。


「……魔王迷宮は、ふたつの迷宮がくっついたものだと言われてる。……特に、第五階層は違っていて、迷宮ですらない。……第六階層から始まる『次元迷宮』と、第四階層より上の天然のダンジョンの間に差し挟まれた、別の空間だと……。初代勇者とパーティーを組んでいた魔術師が、ここのことを記録している……。その本によれば、ここ、第五階層は『失われた樹海』と呼ばれている……」


 リッタには似合わない長口上の後、ジギーが呟いた。


「『失われた樹海』だって? ふっ、どの辺が失われているのやら……」

「……ここにいる生き物の中には、地上では絶滅した種が含まれている……」

「そうなの? 危険な魔物もいるのかしら……?」


 三人の会話を聞いて、ウィルはマリエラに目を向けた。

 多分に漏れず、森林のことについては、エルフである彼女は詳しいはずだと思ったのだ。


「そうっすねー……たしかにあまり見ない感じの森ですし。近くには怪しい気配はしないっすけど、離れたところには何かいても不思議じゃない雰囲気はあるっすね」

「ふむ………………マリエラが言うなら、そうだろうな」

「なんすか、その間は。ウィルくんには、アタシのこと信じて欲しいっすー」


 マリエラのふざけた反応には苦笑を返すだけに留める。

 沈黙の間に、<遠隔視リモートビューイング><透視クレアポヤンス><敵意感知センスイーブル><生命検知センスライフ>の四つの魔術をこっそりと発動していたのだが、それを説明するわけにもいかない。


「ともかく、今日はここをキャンプ地とする——それでいいな?」


 ウィルの言葉に、一同は頷いたが、若干反応が鈍いものがいた。

 ジギー、それにミラだ。


「ここで休息を取るのには賛成だがね、明日に第六層を目指すのはよく考えてからにしたほうがよいと思うのだが」

「なんとなくジギーには同意したくないけど……私も同感ね。確かにマリエラさんが入って前衛は安定してるけど……敵がかなり強くなってきてるわ。リッタやウィルはいいけど、私やジギーの魔術だと、ここから先の敵にはいまいち通用しない……と思うの」


 悔しげなミラの台詞は正しい。

 第三階層でのガルーダ雪辱戦を経て、気をよくした一行はそのまま下層に進む方針をとった。

 だが、四層に至ってからは、敵の魔法抵抗力や防御力が上がっていて、ジギーの無詠唱魔術では攪乱の役にしか立たなくなっているし、ミラも反撃を怖れて魔法剣を振るう機会が減っている。

 殆どの敵は、マリエラが直接叩き斬るか、リッタとウィルの高火力の魔術で倒しているのが現状なのだった。

 ——もちろん、ウィルは手加減しているのだが。


「そうか……リッタとマリエラはどう思う?」


 ウィルが話を振ると、先にマリエラが反応した。


「んー、そうっすね、いまのところ前衛としてはヤバイと感じる敵はいないっすから、もうちょっと行けるとは思うっすけど……アタシは新参なので、判断は皆さんにお任せするっすよ」

「なるほどな」


 続いて、ここまでの道のりで疲れたのか、手近な倒木に腰を下ろしていたリッタが少し迷う素振りを見せてから言う。


「私は……とりあえず、この階層の魔物と戦ってみたい。この迷宮探索は、学校での生活費の足しにするためだから……欲をかいて深く潜るべきではないと思うけど、ただ……」

「……ただし?」

「……うん。その……マリエラさんがいると、前衛は安定しているから……これまで実戦で使えてなかった攻撃魔術をもう少し試したい、と思う……迷惑?」


 その、リッタの最後の一言は、ウィルやマリエラに向けてではなく、探索の続行に乗り気ではないミラ(とジギー)に向けたものだった。


 彼女とは長い付き合いであるミラは、短いその言葉に、リッタの強い意志を感じ取って、難しい顔をした。

 だが、それも僅かな間で、ため息をつくと細剣を鞘から抜いて、返り血で曇っていたり、刃こぼれがしてないかの点検を始めた。

 ウィルが見るに、そのミラの態度は、言葉での返答よりも雄弁だった。


   * * *

 

「これは……食べられるのだろうね?」

「食べたくないのなら、無理にとは言わないわよ」


 ジギーとミラのやりとりが、たき火の前で行われる。

 一同は魔術も駆使した上で一帯を広く探索し、その中でもっとも危険が少なそうな、やや開けた場所を選定して、そこで野営を開始していた。

 防御のための結界も張っているため、危険な存在が近づいたときには分かるようになっている。

 ついでに、探索の途中で発見した魔物ではない生き物の肉を調理したのだが……。


「……人体に毒でないことは、魔術で確認している……」

「ま、即効性が高くない程度の毒なら、僕の神性魔術で解毒が可能だがね……しかし、そういう問題ではないのだよ……まったく、だから迷宮での野営はいやなんだ」


 リッタから指摘されても、ぶつぶつと愚痴っているジギーを尻目に、ウィルは天井を見上げた。

 どのような仕組みになっているものやら——ウィルの睨んだところでは、時間経過で光度が変動する永続タイプの付与術式がかかっているのだと思われるが——光る天井による明るさはここに降りてきた頃よりもだいぶ下がっている。

 その結果、辺りは夕暮れ時のような色合いになっていた。


 たき火をすることにしたのは、不足してきた照明の補助のためと——迷宮内であるにもかかわらず、なぜか気温も低下し始めているので、暖を取るためもあった。


『ミラクル・ディガーズのラルフ——だったか。ミラとリッタが、あの男から、この階層のことを聞き出していたのはよかったな』

「そうですねー……、迷宮を探索してて、いきなりこんなところに辿り着いたら驚いちゃいますしー……」


 迷宮探索において、休息中以外にはあまり話す機会のないシルフィへ、ウィルは念話で話しかけた。


『何よりも、途中の休息のために食材などの装備一式を揃える手間がないのが助かる』

「ああー……それもそうですね。私は食べなくても半月ぐらいは平気ですけどー……人間はそうじゃないから、大変ですよねー」

『物体の移動や運搬のための魔術もあるにはあるのだがな』


 残念ながら、現代ではほぼ失われた知識扱いだ。

 なんでも、<貯蔵庫ストレージボックス>の付与魔術がかかった鞄などの物品は、かなりの高額で取引されているそうだ。

 古代魔法王国期では消耗品だった使用回数の制限がついているものですら、小さな家並の値段がするとかで、勇者パーティーの頃には魔族から街を解放したときに、国から褒美として貸与されたものを使っていたぐらいである。


 生活支援系の魔術はあまり腰を入れて学んでなかったウィルだが、ちょっと練習すれば永続付与も可能だと思う。

 しかし、そういうものを持っていることがバレると面倒なことになりかねないので、やらないことにしているのだった。


「はー……色々大変ですねえ、古代魔法王国の魔術師ってのもー……」

『現代との感覚の違いは致し方ないところだ』


 と、ミラが鋭い声をウィルに投げかけてくる。

 敵か? と一瞬思ってしまったのだが。


「ちょっとウィル、あんたも食べないの? せっかくマリエラさんが仕留めてくれたんだから、食べなさいよね!」

「……ああ、いや、ちょっと考えごとをしていたんだ」


 焼き上がった獣の肉を串に刺したものを突きつけられたウィルは、そう言い訳をした。

 直火で炙られたその肉は、表面でじゅうじゅうと肉汁と脂が音を立てている。

 串を受け取って囓ってみると……。


「旨いな。牛肉に似ているが、少しあっさりしているようだ。それに、少し野性味があるような……?」

「ま、見た目も牛に近いっすからね〜。牛の原種か何かじゃないかと思うっすよ」


 マリエラの言葉を聞きつつ、表面がカリッと焼き上がった肉を口に運ぶ。

 味付けは持ってきた塩と少しの香辛料だけだが、それでもシンプルに旨い。


「ううむ……皆が旨そうに食べていると、つい手が出るな……」

「……美味しいけど、もっと野菜も欲しい……」

「じゃあこっちも食べるといいっすよ」


 リッタに自分の野菜炒めを差し出して、マリエラが言った。


「……ありがとう……」

「マリエラさんって、エルフだし、野菜ばかり食べるのかと思ってたけれど……」

「へっ? いや、エルフは狩猟民族っすから主食は肉っすよ?」

「ええっ、そうだったの?」


 マリエラの反応に、ミラは誤解していたと話す。

 なんでも子供の頃に読んだ物語でエルフは菜食主義だと書かれていたらしい。


「あー、そういうエルフもいるっすね。そういう同胞は、森に居づらくなって人間の世界を旅をすることが多いっすから……その辺で誤ったイメージが広まったのかも知れないっすね」

「イメージが違うといえば、帝国ではエルフは華奢で、腕力には優れていない種族という印象だが……その辺も誤解だったようだな」


 ジギーが恐る恐る、肉の串に手を出す。

 そして、マリエラが初めて鎧を脱いで姿を現したとき、驚いた一同の意見を代表するかのように言った。

 この発言には、ミラやリッタも頷く。


「あ、いやー、それは……」

「それは誤解じゃないな。マリエラがおかしいだけだ」

「ちょっ、ウィルくん、その言い方はないっすよ!」


 強化外骨格のおかげだとは言えないウィルが誤魔化したのだが、マリエラのお気には召さなかったらしい。

 車座になってたき火を囲んでいる面々に笑いが起きた。


 こうして、第五層での夜は更けていった。

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