第24話 魔術師は、雪辱戦で手加減する
第三階層——
上層階では、壁面を補強する工事が行われているのだが、フロア全域が補強されているのはこの第三階層までだ。
以降の中層階では、経路の一部だけが補強されている状態で、ルートを外れると自然の洞窟のようになっている(と、他の冒険者からウィルたちは聞いている)。
それは、魔物の活動が著しくなる中層階以降では、土木工事の職人を兵士や冒険者で護衛するのが難しいためだった。
かつて、ユセラ王国が魔物の完全駆除を目指していたころには、六階層までの最短経路が確保されていたそうだが——工事では殉職者も多数生じたらしい。
ウィルたちは、この第三階層で因縁の敵と再会した。
その名はガルーダ。口から火を吐く、獰猛な鳥の魔物だ。この迷宮では群れで現れる。
「前衛は任されましたっすよ」
「ああ、頼む」
前回の探索では、この鳥相手に苦戦をしたことから撤退を余儀なくされた。
あの時は、前衛の不足で、後衛にまで魔物の
だが、今度は違う。
「そんな、へなちょこな炎の息が通じるわけないっす」
至近距離からブレスを浴びたはずのマリエラは平然としている。
古代魔法王国の制圧用強化外骨格は、背中の部分に魔力炉心を要している。
その炉心が、周囲の魔力を吸って、内蔵された防護術式へと供給する。
その結果、展開される多重の保護魔術の前では、迷宮の中層階に棲息している程度の魔物の
——よし。これで俺も手加減に集中出来る。
ウィルは久々に先陣を切って魔術を使うことにした。
最後尾に位置しているウィルの前で、リッタが氷の魔術の詠唱を開始していた。
ジギーは、素早く動くガルーダに対して、無詠唱の魔術の狙いがイマイチ定まらなかった前回を意識して、今回は自分から宣言して防御を担当している。
とはいえ、マリエラとそれをサポートするために、細剣を振り回しているミラの働きを見る限り、その心配はいらないようだった。
さて——前回使った<
ウィルは念話で詠唱を開始する。
同時に、このところ暇があれば練習していた、魔力だけ載せるが特に意味はない空詠唱を口ずさむ。これで偽装も完璧だ。
『次元の狭間に生じる泡よ、真なる空隙よ、大いなる無よ、』
「魔力で紡ぐ、見えない矢よ——」
『狙うにあらず、当てるにあらず、ただしかるべくあるべし、』
「虚空より生じて敵を撃て——」
『数多の敵をただひとたび貫くべし……<
「<
ウィルの魔術の発動より、少しだけ、リッタの魔術のほうが早かった。
それは予定通りではあったが——
「……とこしえの氷雪、死の氷化粧、輝ける氷結晶——歌え、<
あうんの呼吸と言うべきか、術式発動前にミラは影響範囲から飛び退いている。
ガルーダの群れの中に、残っている味方はマリエラだけ。
そして、マリエラを中心に展開された氷の嵐に、全てのガルーダが巻き込まれる。
嵐の中には、氷柱のように尖った霰が含まれている。それは、凍てつく空気とともに暴れ回り、火を吐く鳥の身体を切り裂いた。噴き出た炎のように赤い血も、即座に凍り付いていく。
魔術学院の入学試験で一位を取っただけのことはある、貫禄の魔術行使だった。
——現代の基準では、上級魔術だったな。
第四階梯の魔術である<
術の中心になっているマリエラ自体は、その防護術式の効果で無傷である。
事前に「どんな魔術でも巻き込んでくれて構わない」とマリエラは説明していたが(もちろん、ウィルに言ったわけではない)、リッタは少し信じられなかったらしく、ピンポイントで嵐の目をマリエラに照準していた。
効果範囲外を除けば、何気に一番影響を受けない場所なのである。
この点も含めて、リッタの魔術は、三人の中でもやはり格上だった。
ステラよりも才能があると、本気で思うのだが……。
「と、それはさておいて……うむ、うまく行ったようだな」
ウィルは魔力を目に集めて、<
全てのガルーダの心臓が、三分の一ほど欠けている。
空間制御系魔術の第六階梯、<
リッタの<氷の嵐>を食らった直後に、全てのガルーダがすぐに動きを止めたのはこの影響もあった。
外側からの氷魔術による破壊と、内側に虚空を生じさせることでの破壊。
正直、今回はリッタの魔術だけで十分だったが、もし彼女が撃ち漏らしていても、全てのガルーダには致命傷が与えられている、というわけだ。
ウィルは自分の手並みに満足していた。
だが、あえて言うなら、あとゼロコンマ二秒ぐらいは早く発動したかった。
リッタの魔術の直後に発動させるとは決めていたが、少しだけ術の生成に時間がかかってしまったのだ。念話を利用した無音詠唱と、偽装詠唱の組み合わせの影響だ。
「やったわ! 前回とは全然違うわね、私たち!」
「……マリエラさんの、おかげ……」
「いやいや〜、リッタちゃんの魔術も凄かったっすよ、学生のレベルじゃないっすねー」
「ぐぬぬ……リッタ嬢は、上級魔術まで使えるのだね……。くっ、この僕も負けてはいられないな」
そんな喜びの声が上がるパーティーの中で、ウィルは一人、決意を固める。
この調子なら、もっと深く潜ることが出来るだろう。
そうすれば、まだまだ訓練の機会が増やせる。
——手加減を、極めなくては。
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