迷宮深層攻略編

第23話 魔術師は、迷宮に戻る

「それじゃー、かわいいウィルくんとその仲間の皆さん、いくっすよー!」


 ——偶然、街に訪れていた昔の知り合いをスカウトしてきた。

 ウィルが、マリエラをミラたち三人に紹介したときの触れ込みはこうだった。

 ほとんど何の説明にもなっていないが、前回の迷宮探索の失敗で、前衛を求めていたパーティーには渡りに船だ。

 マリエラの加入は問題なく認められた。


 その翌日である今日は、彼女を含めた五人パーティーとして初めての探索だ。


「さっき相談した通りに、ここはマリエラさんのお手並み拝見と行きましょうか」

「……一応、魔術は準備しておくべき……」

「とはいえ、ゴブリン三匹なら、僕だけでも十分と言えるがね」

「『ウィルくん』はともかく……せめて、『かわいい』はやめて欲しいのだがな……」


 これまでの編成では、ミラが実質的にワントップになっていた。

 だが、今回からそのポジションは、強化外骨格に身を包んだマリエラが取ってかわっている。

 超、の付く重装甲であるにも関わらず、マリエラの疾駆は早い。


「あんな全身甲冑で、よくあれほど走れるわね……流石は専門の前衛職ってことかしら」

「……私だったら潰れる……」

「全然重そうにしていないのが不思議なくらいだねぇ」

「マリエラは腕のいい戦士だからな」


 と。彼女たちに疑念を抱かせないために、かなりの工夫をしているウィルが最後に言った。


 マリエラを呼んでくる際に、一番の問題になると思われたのは、古代魔法王国期の強化外骨格だった。

 これに乗るマリエラは、魔物のオーガほどとまでは行かないが、平均的な成人男性よりはかなり大きな、人間離れした体格に見えてしまう。

 その上、普通の鎧とは違って「しゅーっ」とか「しゃこん」などと音を立てるのだから、違和感では片付けられない。

 普通に街の中に入ろうとしても門衛に拒否されかねないレベルだ。


 この対策として、ウィルは、自身が知る限りの付与魔術を用いて、マリエラの鎧——強化外骨格に、永続型の隠蔽術式を多数付与しておいたのだ。


「うわっ、ゴブリンを二体同時に一撃とか……どれだけなの!」

「……まるで草でも刈ってるみたい……」

「む。一匹が逃げようとしているね、ここは僕が——」

「いや、まだ手は出さないでくれ、ジギー」


 その結果、一見すると、ただの厳つい全身甲冑に見える程度にはごまかしが効いている。

 元々が魔導の力で動く鎧に、各種術式を上乗せしてしまったので、漏れ出る魔力の隠蔽まではできなかったが。

 その辺を踏まえて、とある迷宮で見つけた魔術のかかった鎧、ということにしてある。

 三人の中で優れた魔力知覚の感覚を持っているリッタは、それでも訝しげな表情ではあった。 


「逃がさないっすよ!」


 マリエラがかけ声と共に大剣を投擲する。

 さきほど二匹のゴブリンをまとめて斬り倒した、身の丈ほどもある巨大な大剣だ。

 通常なら、鍛え上げられた戦士が両手で扱うための重量級の武器が、まるで投擲用の短剣のように飛翔して、背を向けて逃げにかかっていたゴブリンを貫き——その勢いのまま、ゴブリンを縫い止めた状態でさらに数メートルの距離を飛んで、最後は音を立てて迷宮の壁に突き立った。


「嘘でしょ……」

「…………」

「……怖ろしい、な」


 思わず、言葉を失ってしまった三人を含むウィルたちの前で、壁にゴブリンの標本を作った大剣をマリエラが回収する。

 引っこ抜いたときの衝撃で、ゴブリンは上半身と下半身が分断されていたが、彼女はそれを一顧だにせず、ゆっくりと歩いて戻ってきた。


「やー、ゴブリンは臭くていけませんねー……ん、どうしたっすか?」


 軽い世間話のていで、何事もなかったかのように話し始めたマリエラ。

 しかし、一同の態度を見て、途中から問いかけに変えた。


「いや、どうしたっていうか……」

「……うん……」

「うむ、なんと言えばいいのやら……」


 言葉を濁しているように見える——単に言葉が見つからなかっただけだが——三人の反応に、マリエラはウィルに向き直った。


「アタシ、なんかやっちゃいました?」

「いや……」


 自分を除く魔術師三人からの視線を感じながら、ウィルは考えて……答える。


「大剣を投擲してしまうのは、敵の急な増援があったときに危険ではないのか?」

「あー、なるほど、そうすっね。でも、近くに他の敵がいないことは分かってましたし」


 マリエラが着ているのがただの鎧ではなく、高度な索敵機能も持つ強化外骨格だと知っているウィルにはそれは分かっていた。

 これは、あくまでも、パーティーの他のメンバーにマリエラの行動を説明するための問いかけにすぎない。

 だから、ウィルは同意しつつ、他の三人に水を向けた。


「なるほどな。……だ、そうだが?」


 だが、三人からは応答はなかった。

 ウィルに集まっていた視線が、冷たいものになったような、そんな感じだけがあった。


「ウィル様ー……。あのですね、多分、これってそういうことではなくて……ごにょごにょ」


 迷宮探索では存在感の薄くなりがちなシルフィが、見かねたように口を挟んできた。

 彼女の発言は、リッタやミラ、ジギーといった学生魔術師には届かない。

 が、強化外骨格に乗ることで、魔力や瘴気といった不可視の力すら、計器を通じて認識できるようになっているマリエラはその例外だ。

 そして、シルフィの説明が、マリエラ(とウィル)に現在漂っている微妙な空気を理解させるに至ったのである。


「あっ、あー、そういうことっすね! やっ、みなさん、誤解しないで欲しいっす。これもまた、この魔法の鎧の力でしてっ。っていうかー、人外が出てきた、みたいな目で見ないで欲しいっす……」


 この釈明で、固まっていた空気が解けた。

 そもそも、ミラたちもマリエラについて何かの疑いを持っていたわけではない。信じられないぐらいの実力の片鱗を見せつけられて、反応に困っていただけだ。

 実戦経験の少ない彼女たちでは、マリエラの前衛としての実力が勇者パーティーでも通用する——どころか、勇者当人を除けば断トツである——ことまでは分からないのが幸いしていた。

 古代魔法王国期の迷宮から発見された魔法の鎧なら、そういうこともあるのかと一同は納得したのである。


「そ、そうなんだ……すごいわね、その鎧」

「……興味を惹かれる……」

「いや、すごいじゃないか。僕も機会があれば使ってみたいものだね。体力仕事の戦士など、一度たりとも憧れたことはないのだが——」

「あっはっは、でも駄目っすよー。この鎧は、装備しても自力で動ける力がないと装備できないんっすから」


 三人の反応に、適当なことを言って、朗らかに笑うマリエラ。

 その言葉に、ジギーがむうと呟き、ミラとリッタが笑った。

 このとき、ウィルは、マリエラがパーティーに受け入れられた手応えを感じていた。

 同時に、こうも思ったが。


 ……マリエラのやつも『手加減』の修行が必要みたいだな……。

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