第21話 魔術師は、頭痛が痛い

「ここに来るのは久しぶりだが、変わっていないな……」

「そりゃー、エルフの里は数千年続いてるっすから。ほんの数ヶ月で様変わりするようなことはないっすよ」

「マリエラさんのお家は、妖精エルフという言葉から受けるイメージのまんまですねー……」


 三人は、あれから場所を移していた。

 ウィルは、今の迷宮探索パーティーの前衛として、マリエラを呼ぶつもりだった。

 勇者パーティーを脱退して、魔術学院に通うことになった背景は、立ち話で伝えるには事情が込み入っている。


 よって、落ち着ける場所を所望したら、マリエラの家にお招きをあずかったのだった。

 エルフの里にある家は、すべて木造である。

 主には丸太を組み合わせて、一部に加工された板が使われている程度の、原始的にも思える造りだ。天井は草葺き。

 だが、もっとも特徴的なのは、その建物が樹の上にあるということだ。


 この世界において、大半のエルフは、同族だけが集うエルフの里で過ごしている。

 一部の変わり者のエルフは人間の都市に出てきて、人と混じって生活をしているが、里で暮らすエルフはこのように樹上生活者なのだった。


 地上には虫やら何やらがいるので、それを嫌う気持ちは分からなくもない。

 とはいえ、木の上に家を建てるのでは、落下の危険のほうが問題になるのでは? とウィルは思う。

 しかし、生来、身軽なエルフにとっては苦にならないらしい。


 ちなみに……古代魔法王国時代の研究によれば、人間もかつては樹上生活者だった可能性があるらしい。

 気候の変化により、森林面積が狭くなったこと、温暖な地域では地上のほうが涼しいことから、人類の祖先は地上生活を増やしていき……そうして今に至るようだ。

 一方のエルフ達が、古代魔法王国期においても、主に冷涼な地域に拠点を持っていることからも、この仮説は当たっているのかもしれない。


「まー、木の上は快適なのは快適なんすけど、例の強化外骨格を持ち込みにくいのが難点っす」

「あれは何気に重量があるからなぁ……」


 ウィルは頷く。シルフィもまた。


「どうみても似合いませんしねー……」


 シルフィは、姿隠しの精霊術を解いている。

 元々、エルフには精霊への感応性が高い個体が多いこともあるが、いま話題になっている強化外骨格の索敵機能はそれ以上で、シルフィは完全に存在を看破されてしまったのだ。

 ウィルが勇者パーティーの一員であることを知っているマリエラに、姿を隠し続ける意味はないから、精霊術自体を止めることにしたわけだった。


「いやー、シルフィさん。アタシみたいにわがままボディな女子が、あのごっつい強化外骨格を着るのがいいんじゃないっすか。ギャップ萌えってやつっすよ。確か、人の間ではそんなふうに言うんすよね? ウィルの旦那?」

「それ、古代魔法王国時代にはすでに死語だぞ……。あと、『わがままボディ』は完全に意味が違う」

「ええー……まじっすか」


 ウィルの認識阻害の神術がかかったブレスレットだが、こちらはエルフの里を訪れる前から、外している。

 勇者パーティーの魔術師として会いにいくのに、別人の顔をしていっては話が通じなくなるだけだからだ。

 だから、今のウィルは本来の二十代ぐらいの外見を取り戻している。「旦那」という呼びかけは、それでも若干違和感があるのだが……最初に会ってから間もなく、マリエラはこの呼び方を使うようになっていたので、そこはもう諦めている。


「おかしいっすねえ、人間の言葉のリサーチは完璧だと思っていたっすけど。…………ま、その辺はこの際、どうでもいいっす」


 良いんかい。

 独特のマリエラの口調が少し改善されるかと期待したのだが、ウィルはその反応には落胆する。ついつい、ツッコミを入れたくなるが——


 ……まあ、それこそどうでもいいか。

 ともかく。ここに来た本題を切り出さなくては。


 そう思った、ちょうどその時、これから話そうとしていたことについて、先にマリエラが質問してきた。


「気になっていたんですけど、勇者リオはどうしたっすか? あと、アタシの不詳の妹も……ここにくるなら、一緒に連れてくるかと思ったっす」

「あー……それがだな」


 こちらを見つめてくるマリエラに、ウィルは端的に答えた。


「勇者パーティーは辞めたんだ、俺」

「ええっ? なんでまた」

「話せば事情は長くなるんだが……説明したほうがここに来た事情も分かりやすいから——」

「そんなのおっかしいっすよ!」


 ウィルは片眉を上げた。

 まだ事情は何一つ説明していないのに、不思議な反応だ。


「ウィルの旦那は、リオちゃんにベタ惚れだったじゃないっすか! いずれ、元の世界に戻ろうとするリオちゃんを引き止めて結婚するんだろうって——それがもっぱらの噂だったっすよ!」

「何を……誰がそんなことを言っている?」

「いや、アタシとマリオンっすけど」

「……噂、という規模じゃ無いな……っていうか、どうしてそう思ったんだ?」


 マリエラが言い出したことに、まず「はあ?」と呆れてしまったウィルだが、なぜ彼女がそう誤解したのかには興味を覚えた。冷静に聞く。

 だが。

 

「乙女の勘っす!」


 ……根拠にも論拠にも乏しい見解に、思わず目眩を感じそうになる。


「あのなあ……長命種であるエルフの感覚はよく分からんが、リオはまだ十三歳だぞ? 結婚も何も……そんなこと、考えるわけがないだろうが」

「愛に年齢は関係ないっす! 男と女が付き合うのに必要なのは愛だけっす! それ以外は些末っす!」

「頭痛がしてきた」


 ウィルは本気で頭を抱えた。

 確かに、リオはウィルにとって大切な存在である。古代魔法王国時代には家族と呼べる間柄の人間はいなかった。

 ウィルは、あくまでも兵器として——人間というより、実験道具のような扱いを受けてきた面がある。

 リオと出会って、他人との触れ合いを知ったと言ってもいい。

 だからといって——


「あのぉ、ちょっといいですかー……?」

「なんだ? シルフィまで変なことを言い出すつもりなら、やめてもらいたいが……」


 先に釘を刺すウィルに、シルフィはいいえと首を振った。

 そして尋ねてくる。


「勇者リオさんってー……、女の人、だったんですか?」


 ウィルはシルフィの顔をまじまじと見た。


「知らなかった……のか? いや、まあ確かに、時々リオは少年と勘違いされることはあるが……精霊神の配下であるシルフィが知らなかった……と?」

「え、ええ……別に神様はそういうの細かく教えてくれるわけじゃないですしー……そもそも私、ウィルさんの手加減修行の旅の共を仰せつかっただけで、勇者リオさんとは関係ないですしー……」


 言い訳がましいシルフィの言葉を聞いて、しかしウィルは納得した。

 出会った精霊神のことを思い返すに。

 ウィルの関係者である、勇者の細かいプロフィールがどうだ、とかそういう説明を前もってしそうにはない。


「……まあ、あの精霊神だからなあ」

「ええ、精霊神様ですからー……あ、いえ、この発言はオフレコでお願いしますー……」


 微妙な間が生じる。

 基本的な情報の欠損が、今さら発覚するなどして、場の空気が弛緩しかけていた。

 そこに。


「そういうことはどうでもいいんっすよ! それで! どうしてウィルの旦那は、リオさんを見捨てたっすか!」


 一人だけ高いテンションを維持していた、ちびっ子エルフがいた。


「見捨てたわけじゃないわ! まあ……とにかく、事情を説明するから、静かに聞いてくれ……」

 

 人聞きの悪い非難に、思わず声高に反応してしまったウィルは、後半はトーンを落として、それからようやく事情の説明に取りかかった。


 これまでの一連の流れを説明するのに、多少の時間がかかり……。


「それで、ここに来た本題なのだが……」


 背景を話し終わったウィルは、冒険のパーティーに参加して欲しい旨を切り出した。

 妹のマリオンが勇者パーティーに参加しているのに、姉のマリオンがこうして里に残っているのは、それなりの事情がある。

 村に来る前に立ち話をした、<龍>に関することだ。

 なので、ウィルは、マリエラがいきなり首を縦に振ってくれるとまでは思っていない。

 ここからが交渉の始まりだ——


「別にいいっすよ」


 ……と思っていたのだが。

 パーティーに参加して欲しい旨を切り出すと、マリエラは二つ返事で頷いたのだった。

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