エルフの隠れ里編

第20話 魔術師は、エルフの村に知己を訪ねる

「久々だな、この村も……」


 思い立ったが吉日とばかりに、ウィルは転移魔術を使用して、大陸の端にあるエルフの隠れ里の側までやってきていた。

 人どころか獣も辿り着けないのではと思わせる、深い深い森林の最奥。

 巨大な世界樹が屹立する一角に、その村は隠されている。


 魔術的な認識阻害の結界によるもので、術式そのものはウィルなら一目で理解できるものだが、世界樹——雲をも貫く規模の超巨大な樹木が生み出す、大量の魔力を術式の源として使っているので、その効果は強力の一言である。

 ウィルでさえ、事前にそこに結界があることを知らなければ見過ごしてしまうぐらいに。


「まあ、古代魔法王国時代にかけられた魔術だからな、知らないわけはないんだが」

「えっ、そうだったんですかー……?」


 例によって、お供に付いてきているシルフィが、ウィルの独り言に反応した。


「ああ。当時のエルフの王族の求めを受けて、時の魔導王が彼らの里を隠すための結界を張ったんだよ。エルフの間じゃ今でも語り継がれているが、古代魔法王国が突然に潰えた関係で、今の人間はそれを知らないみたいだな」

「へえー、そうだったんですか。古代魔法王国があったのは、私が生まれる前ですし、知らなくても当然ですかねー……」

「精霊神の女神様なら知っていると思うけどな。当時の人間には、神の存在感は薄かったが……いなかったわけじゃないだろうし」

「古代魔法王国時代の魔術師は基本的に神様を信じてなかったそうですからねー……。今だと、ジギーくんとかみたいに、国によっては魔術師でも普通に神様を信じている人もいますけどー……」

「まあ、神にすがらなければならないほど、人が弱くなかったということだな。初代魔王とやらが初めて出てきたのは……魔法王国時代が終わって七〇〇年ほど経過した、今から三〇〇年前のことだが……。もし、古代魔法王国時代に魔王が出ていても、ちょっとした自然災害のような扱いだったかもな」


 獣魔王バーセラーゼとの戦いを思い出して、ウィルは言った。

 魔王を名乗るだけあって、個体としての戦闘能力はかなりのものだったが——

 正直、あの程度の敵であれば、古代魔法王国時代の国軍と正面から戦うのは厳しいだろう。


「うーん……そんなものですかねー……」

「よし、そろそろ降りるぞ。ここからは徒歩でいく」

「あれ? このまま飛んでいかないんですか? ユセラ王国とは違って、姿を隠す必要はないですよね?」

 

 転移の後は、<飛行フライ>の魔術を使って距離を縮めていたのだが、隠れ里が見えるぐらいの距離になって、ウィルがそう言い出したことに、シルフィは首を傾げた。


「ここのエルフの隠れ里には、認識阻害以外にも幾つか結界術式が張られていてな。喧嘩を売りに来たわけじゃないんだから、航空戦力の早期警戒網に引っかかるのは避けたいんだ」


 そう言いながら、ウィルは歩みを進める。

 いつものローブと杖で、人間が手入れしている森林のように道が開けていない、自然に近い森を歩くのには都合がよくない。

 エルフの支配下にある森で、魔術で道を勝手に作るのも礼を失している。

 そのため、十分ほどは退屈な道行きが続いた。


 と、ウィルは唐突に足を止める。


「——来たか。思っていたより遅かったな」


 その言葉の後。

 しばらくすると、かさかさと樹木を掻き分けながら、何かが近づいてくる気配がする。

 音が聞こえる前から接近する何かの存在を察知していたのは、ウィルだけではなく、風精霊で風に関する知覚が優れているシルフィもそうだったようだ。


「エルフ……? にしては、なんだかちょっと不思議な匂いがしますがー……?」

「いや、間違いない。もう少し経てば、違和感の原因も分かるはずだ」


 そしてまた、一定の時間が経過する。

 聞こえてきていた音が、徐々に「かさかさ」から「がさがさ」に変わっていった。

 そこまではシルフィも予想通りだったのだが、なぜかその後で、「がちゃがちゃ」とか「うぃーん」だとか「しゃこん」といった、珍妙なものが混じってくる。

 がしゃり。

 最後にひときわ大きく音を立てて、何者かが木陰の影から姿を現した。


「これはー……?」

「中身は、エルフだ」


 中身とウィルが口にするのも当然で、出てきたのは身の丈二メートルはあろうかという、巨躯の人物だった。

 というか、人物かどうかさえ、見た目では確信が持てないところがある。

 現れた存在は、全身が厳つい黒の甲冑鎧に包まれていて、素顔や素肌どころか、本来の体型すらまるで分からない。


 だが、中身がエルフ——少なくとも人類に分類される何かであることは、すぐに分かった。


「……事前に連絡して欲しいっすよ」


 面頬の下から漏れた声は、女性のものだったのだ。

 エルフ語ではなく、この大陸で一番多く使われている下位共通語ローコモンだったが、やはりと言うべきか、発音やアクセントにはエルフ語の訛りがある。


「隠れ里に手紙が送れればそうするがな。ここだと、敵意がないことを示すために、こうして姿を隠さずに近づくしかないだろう?」

「獣に手紙を持たせるとかそういう手段もあるじゃないっすか。いきなり転移で近づかれると、どうしても結界が警戒態勢になっちゃうんで。いやま、前回と比べれば、めちゃ穏当な訪問方法ですけどね……」

「む……あの距離でも警戒網に引っかかるのか。それはすまなかったな」


 ウィルが思っていたより、索敵の対象範囲が広かったらしい。

 やはり事前に魔術のジャミングを張っておけば……。


「なーんか、いけないこと考えてる顔っすね……。ま、それはいいとして。ところでそっちに浮かんでるのは精霊っすか?」

「えっ……私が見えるんですー……?」


 呼びかけられた、シルフィが目を丸くした。

 ウィルの知己のようではあるが、相手は謎の鎧を着込んだ何かである。

 思わず、警戒の色を覗かせるシルフィだったが、それを制したのはウィルだ。


「マリエラ。とりあえず、その強化外骨格を脱げ。自己紹介は顔を見せてやるもんだ」

「んふっふっー……っいやー、そんな、「脱げー」とか言われると困っちゃいますねぇ、そんなに、アタシのわがままボディを確認したいっすか?」

「……俺がかけ直してやった魔術、いつでも解除できるんだからな」


 ウィルが白い目を向けて言うと、マリエラと呼ばれた鎧は慌てた。

 がちゃんがちゃんと音を立てながら腕を否定するように振る。


「あっ、いやいやー、勘弁してくださいっす。この古代魔法王国時代の強化外骨格、めっちゃ気に入ってるんっすから。っていうか、これがないと<龍>とは戦えませんし……」

「<龍>の封印の魔術も更新しておいたから、お前の代で復活することはないはずだがな」

「あのー……話がなんかずれてきてませんー……?」


 自分を置いて、知らない単語を含むやりとりを交わし始めたウィルとマリエラに、シルフィはそうツッコミを入れた。


「あっ、これはすみませんっす。そーですね、ま、素直にここは肌を見せちゃいましょ。ちょっと待ってくださいねーっと」

「……まあなんだ、細かいことはあまり気にしなくてもいいぞ、シルフィ。色々事情があったんだ」


 マリエラに続いて、ウィルが適当に流す。

 と、鎧からパシュン、と空気が漏れる軽い音が響いた。


 続いて、ガションというやや重い音とともに、鎧の前面が大きく開く。胸から胴体の部分が上下に開いて、中が丸見えになったのだ。

 普通の鎧はこんなふうに開かないので、シルフィはちょっと驚いたが、それは驚きの始まりにすぎなかった。

 身長二メートルの鎧武者から姿を現したのは——


「ちーっす、マリエラでっす。以後、よろしくっすー」


 身長一三〇センチぐらいの、ちんまい金髪の女の子(に見えるエルフ)だったのである。

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